運輸総合研究所アセアン・インド地域事務所開設記念シンポジウム荒波にもまれるASEANの物流~タイを中心としたASEAN地域の物流の現状と課題への挑戦~(Part1)
- その他シンポジウム等
- 国際活動
- 物流・ロジスティックス
主催 | 一般財団法人運輸総合研究所アセアン・インド地域事務所 |
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後援 | タイ王国運輸省、在タイ日本国大使館、盤谷日本人商工会議所 |
日時 | 2022/6/15(水) |
会場・開催形式 | オンライン配信 (Zoomウェビナー) |
テーマ・ プログラム |
開会挨拶:宿利正史 運輸総合研究所会長 来賓挨拶:Saksayam CHIDCHOB タイ王国運輸大臣 来賓挨拶:梨田和也 タイ駐箚日本国特命全権大使 特別講演:地域の物流発展「タイにとっての課題と挑戦」 Chayatan PHROMSORN タイ王国運輸次官 講演:「国際物流におけるASEANの位置付け」 柴崎隆一 東京大学大学院レジリエンス工学研究センター准教授 講演:「タイにおける物流の諸課題への対応~タイ政府との対話の内容について~」 床並喜代志 盤谷日本人商工会議所運輸部会長 パネルディスカッション及び質疑応答: モデレーター: Chackrit DUANGPHASTRA チュラーロンコーン大学ビジネススクール准教授 パネリスト:Punya CHUPANIT タイ王国運輸省交通政策計画局長 Ruth BANOMYONG タマサート大学国際ビジネス・物流・交通学部長 Udorn KONGKAKATE タイ工業連盟物流・サプライチェーン小委員会委員長 柴崎隆一 東京大学大学院レジリエンス工学研究センター准教授 床並喜代志 盤谷日本人商工会議所運輸部会長 閉会挨拶:奥田哲也 運輸総合研究所アセアン・インド地域事務所長 |
開催概要
アセアン・インド地域事務所(AIRO)が2021年4月にタイ王国のバンコクに開設されたことを記念し、タイ王国運輸省、在タイ日本国大使館及び盤谷日本人商工会議所の後援並びに日タイ修好135周年記念事業の認定を得て、タイを中心としたASEAN地域の物流に関するオンライン・シンポジウムPart1(物流シンポジウムPart1)を開催した。 COVID-19の影響で世界経済が大きく変動し、サプライチェーンの停滞や生産拠点の変化、それらをつなぐ国際物流を巡る現状自体が大きく変化している。物流シンポジウムPart1では、変動の真っただ中にあるタイを中心とするASEANの物流について、政府関係者、学術関係者、実務関係者が一堂に会し、現状認識と解決すべき課題の共通理解を形成すべく、講演やパネルディスカッションによる議論を行った。 なお、物流シンポジウムPart1の議論を踏まえ、提示された課題をとりまとめ、解決策に関する研究調査を行い、その成果を披露する物流シンポジウムPart2の開催を検討している。プログラム
開会挨拶 | |
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来賓挨拶 | |
来賓挨拶 | |
特別講演 | |
講演 | |
講演 | |
パネルディスカッション及び質疑応答 | |
閉会挨拶 |
当日の結果
1.講演の部
(1)特別講演:「地域の物流発展『タイにとっての課題と挑戦』」
〇 Chayatan PHROMSORN タイ王国運輸次官
コロナ禍でオンラインショッピングに伴う配達サービスの増加など物流分野に新たなチャンスが訪れている。そのような変化に伴い、運輸省が所管する道路、鉄道、水上、航空の全ての分野において物流インフラの整備や連結性、効率性を向上する必要が生じており、新たな挑戦の機会となっている。タイは他の国と陸路と水路で結ばれており物流面で有利であるが、陸上輸送には①バンコクの交通渋滞、②交通事故、③高い輸送費用という課題を抱えている。
課題解決のため、タイ政府策定の20年国家戦略の下、運輸省も①効率的な輸送、②グリーンで安全な輸送、③複合一貫輸送を柱とする計画を策定している。
具体的には、公共交通機関の整備と利用促進、交通モード間の連結性の向上、道路輸送から鉄道輸送や水上輸送への転換、鉄道輸送を中心とした都市間輸送、都心を避けた物流拠点の整備、物流拠点を中心とした地域のトラック輸送網の構築などを、全国的に段階を追って進めているところである。このほか、高速鉄道の整備やASEAN近隣国との越境輸送に関する関係国と連携した高速道路と鉄道の一体的な整備に取り組んでおり、タイ南部においてアンダマン海とタイランド湾を鉄道、道路、パイプラインで結ぶランドブリッジ計画を研究中である。
このような取組がタイの物流利便性の向上につながり、ひいてはASEANにおける物流の発展にも貢献できると考えている。
(2)講演:「国際物流におけるASRANの位置づけ」
〇 柴崎隆一 東京大学大学院 工学系研究科
レジリエンス工学研究センター/技術経営戦略学専攻(TMI)准教授
物流の理解には世界経済の理解が不可欠であるが、現在の世界経済はヨーロッパ、北米、東アジアが中心であり、これらの地域を結ぶ物流が大きな割合を占めている。アジアの物流は、ASEAN地域や、インドを中心とする南アジアにおける成長が著しい。
2020年のコンテナ取扱量の世界ランキングでは、上海が1位、シンガポールが2位で、10位以内に中国の港湾が7つと中国が大きなシェアを誇っているが、ASEAN地域は東アジアとヨーロッパを結ぶ主要航路沿いに位置しているため、マレーシア、ベトナムの港湾が20位以内に入っている。
海運輸送の分野は船の大型化が進み、貨物1個当たりの輸送費は下がっているものの造船に多額の費用が必要になっており、結果としてグローバルな運航を行うコンテナ船社は大きく3つにグループ化されており、典型的な寡占市場となっている。
北米東海岸、ヨーロッパでも船舶の大型化の流れは顕著で、東南アジアでも船舶の大型化に対応した取組が行われており、船舶の大型化に対応できない港は使われなくなる。
このような背景の下、国際物流におけるASEAN地域のアドバンテージは、①中国やインドに隣接した有利な地理的位置、②基幹航路に沿った位置にあることによる大型船寄港の容易性、③人口と経済のポテンシャル、④多様性のある成長ステージや資源の4点になる。
一方、ASEAN地域の課題は、①加盟10か国に存在する国境と言語や文化の違いへの対応、②「陸のASEAN」と「海のASEAN」とのシームレスな一貫輸送の確保である。
(3)講演:「タイにおける物流の諸課題への対応『~タイ政府との対話の内容について~』」
〇 床並喜代志 盤谷日本人商工会議所(JCC) 運輸部会長(泰国川崎汽船株式会社代表取締役社長)
タイの物流分野の課題は交通渋滞、特にバンコクの慢性的な交通渋滞である。タイ政府も対策を講じているが解消できていない。レムチャバン港への道路は常に渋滞しており、船積みに間に合わない事態も生じている。また、スワンナプーム空港も貨物ターミナルの設備やスペースが手狭になっており、貨物を屋外で保管せざるを得ない状況も生じている。
運輸部会では、日タイ経済連携協定(JTEPA)の下、日系企業が抱えるビジネス上の課題について例年タイ政府に要望を行っている。2021年度はレムチャバン港とバンコク中心部間の交通渋滞解消に向けて鉄道輸送比率の増大やスワンナプーム空港の貨物ターミナルの全天候型への改修を要望した。
物流分野のその他の課題として、タイの商習慣の改善、道路や鉄道などのインフラ整備といったソフトとハードの両面あるが、JCCとして改善に向けた活動を続けていきたい。
2.パネルディスカッションの部
モデレーターのリードにより、各パネリストから講演や各自の知見に基づくコメントが示され、議論が行われた。その後、質疑応答を経て、モデレーターによるとりまとめが行われた。
◎パネリスト・コメント
〇 Punya CHUPANIT タイ王国運輸省交通計画政策局長
タイ運輸省は、講演で提起された運輸分野の課題は認識している。それらを踏まえた人流と物流に関するマスタープランを作成している。そのプランに基づき取組みを進めているが、鉄道整備や複線化などは時間がかかるものであり、すぐには成果が出ないのも事実である。
円滑な人流と物流の確保に取り組むに当たっては、①計画に基づくインフラ整備の実施、②道路や空港の適切な管理・運営の下で適切な品質のサービス提供のための体制整備、③課題解決に向けた官民コミュニケーションの確保の3点が重要だと考えている。
また、コロナ禍で人々の行動・生活が変わってきており、社会の行動変容に応じた施策を講じていく必要がある。
なお、JCCから要望されているレムチャバン港とバンコク中心部のアクセス改善もマスタープランに入っており、タイ国民と海外進出企業の双方のメリットとなるようスピーディに取り組んでまいりたい。
〇 Ruth BANOMYONG タマサート大学国際ビジネス・ 物流・交通学部長
物流における連結性は、①国内、②ASEAN域内、③グローバルの3区分に分けて考える必要がある。
①の国内の連結性については、インフラ整備を中心とするハード面での取組が進められているが、法制度や規制などソフト面の取組みも必要である、ASEAN地域ではインドネシアやフィリピンが国内の連結性に課題を抱えている。
②のASEAN域内の連結性については、陸の地域と海の地域の違いが存在するASEANにおいては最大の課題である。東アジア・アセアン経済研究センター(ERIA)が2004年にASEAN地域内のシームレスな物流・連結についてビジョンを作成しているので、参考にしてはどうか。
③のグローバルな連結性については、規制の重複や齟齬が大きな障害となっているため、ASEAN加盟国が規制関係を見直すべきである。
タイには20年国家計画やマスタープランがあり、ASEANレベルでも連結性に関する計画がある。しかし、計画と実施には大きなギャップがある。計画を立てることも重要だが、それをいかに実施するかということがとても重要である。
物事事業者は単なる貨物の運送者ではなく、付加価値サービスを提供し、物流を効率化することができる立場にある。物流事業者は、様々な関係者を巻き込んだ取り組みを進め、連結性の向上に積極的に取り組むべきである。
これまでの議論で官民コミュニケーションの重要性が強調されているが、そこに学界も加えるべきである。民間が主体的に取り組み、公的機関がその民間をサポートするとともに、学界が研究を通じて官民双方に処方箋を提示するといった取組が重要である。
〇 Udorn KONGKAKATE タイ工業連盟(FTI)物流・サプライチェーン小委員会委員長(SCG Co. Ltd., New Growth Platforms Business Director 兼 SCG Logistics Co. Ltd., B2B2C Business Director)
鉄道の複線化は非常に重要な投資である。タイ国内の物流では鉄道の利用率が約20%と低く、水路の利用率が約80%である。こうした現状の背景を調査し、今後の計画に生かす必要がある。
タイ工業連盟は、①鉄道、道路、水路の輸送のシームレス化、②運輸に関する規則や法令、③政府機関の物流の所管あり方の3点をテーマとする研究調査を行っている。①は、鉄道、道路、水路の相互接続が分断されている問題をどのように解決するのかという点、②は、規制に重点が置かれている法令を支援重視に改善できないかという点、③は、多くの政府機関が関与しており、物流を一貫して所管する政府機関が存在しない課題をどうするかという点である。
ルット教授指摘の物流の付加価値サービス提供に関しては、インフラの増強だけでなく、商品管理、コスト低減、素早い出荷などの様々な面でイノベーションが必要である。また、ハンドリング、安全性、定時性などの課題もある。タイが物流分野で世界標準に達するには、国内の標準化やサプライチェーン能力を向上させ、近隣国やヨーロッパとのゲートウェイとなって連結性を持つ必要がある。現在のタイは人材や技術が不足しているので、米国、日本、中国の著名大学の協力により「物流アカデミー」を創設したいと考えている。
〇 柴崎隆一 東京大学大学院工学系研究科レジリエンス工学研究センター/技術経営戦略学専攻(TMI)准教授
ASEANが北米と中東・欧州との間に位置することから、ASEAN加盟国の港の立ち位置については中継港となることが考えられる。シンガポールとマレーシアは中継港に向いていると思う。ホーチミン港も貨物取扱量が急速に増えてきており、いずれは中継のハブになるであろう。ハブ港となるには地理的条件と適切な戦略が重要である。ホーチミン港は基幹航路に面していて有利であるが、タイの港は地理的に基幹航路から若干離れているため、異なる戦略を取らなければならない。
国際物流において、タイはASEAN域内で非常に重要な位置を占めている。陸上と海上の輸送をつなぐ一貫輸送のハブ、あるいはASEAN域内のハブという点がタイの港の役割だとみられる。そうしたタイの港の役割を活かせるよう、他の輸送モードを含む複合一貫輸送システムを改善していくべきである。
また、シームレスな国際物流ネットワークを実現するためには、インフラ、ソフト、法規制、人材などがあると思う。インフラやソフトは徐々に良くなると思うが、最後まで残る課題は、法規制や制度ではないか。
〇 床並喜代志 盤谷日本人商工会議所 運輸部会長(泰国川崎汽船株式会社代表取締役社長)
現在生じている国際物流ネットワークの混乱の背景、混乱が長引いている理由、それらを踏まえた今後の動向についてコメントしたい。
まず、この30年ばかり船の大型化、ターミナルや港湾設備の整備、鉄道・トラック・倉庫の拡充など、自転車操業的に続けてきたが、コロナ禍により、その前提である労働力の維持や確保ができなくなってしまい大混乱が起きている。
コロナ禍でいったん貨物が少なくなった後に、巣ごもり需要に対応する家電、玩具などに牽引される形でコンテナの荷動きが急増した。しかし、コロナ禍のため港湾が機能できず、需要はあるものの供給が減少してコンテナ不足に陥った。このため、毎週定期的に寄港していたコンテナ船がなかなか港に入れずに、貨物が運べないことが常態化してしまっており、混乱が長引いている。
今後の動向については、コロナの動向と表裏一体の関係にある。世界最大の上海港が2カ月間ロックダウンするなど、一進一退を繰り返している。いつまで混乱が続くかを予測するのは難しいが、今年度には一定の終息を迎えるのではないかと期待している。もっとも、米国西海岸の港湾の産業組合の労使協定が2022年6月末に切れることでストライキが行われるなどすれば、国際物流が回復する足かせとなりうるのではないかと懸念している。
◎ 質疑応答
Q1:ロシアとウクライナの紛争がサプライチェーンにどのような影響をもたらすか。
A1(Udorn KONGKAKATE):紛争の影響がサプライチェーンに波及すると見ている。
大きく変動している現況に柔軟に対応する必要があり、これまでの考えを大きく変える必要があるが、それが可能な範囲は地域のサプライチェーンに限られるであろう。
もう一つの影響は、エネルギーコストの上昇である。タイ政府も対策は打ち出しているが、エネルギー高が進み続ける場合はタイ政府もサポートしきれず、エネルギーコスト高がそのまま反映された価格になるだろう。
民間企業は、フリートなど資産の共有を進め、代替エネルギーを探さなければならない。輸送分野でも電動化、EVの導入検討が必要である。これまでのように利益の最大化を追求するのではなく、変化に対応する柔軟性が重視されるようになるだろう。
Q2:地方空港がその他の輸送モードと連結されていない課題をどのように解決するのか。
A2(Pnaya CHUPANIT):タイ運輸省は地方空港の整備を進めており、旅客・貨物の輸送を最適化したいと考えている。航空とその他の輸送モードとの連結に関しては、空港への鉄道乗入れには整備に時間がかかることから、短期的には空港と近隣都市とをトラックなどで結ぶフィーダーシステムで対応したい。その上で、長期的な視点で輸送モード間のシームレスな連携に対応していきたい。
◎モデレーターによる総括
〇 Chackrit DUANGPHASTRA チュラーロンコーン大学ビジネススクール准教授
有意義な講演や様々な有益なコメントが提示された。それらを自分なりにまとめると、ASEANの物流分野においては、DX化の必要性、都市部における渋滞などの輸送に関する課題、海上輸送や内陸輸送への対応、交通事故対策と安全の確保、付加価値サービスへの対応などを課題として挙げることができると思う。
これらの解決には物流環境の大幅な変化に伴う柔軟な対応や連携が必要である。モデレーターとしては、それらの課題を整理し、解決に向けた研究調査をJTTRI-AIROが行い、その成果をもとに課題の解決策などについて、物流シンポジウムPart2 の場において議論することを期待している。
(1)特別講演:「地域の物流発展『タイにとっての課題と挑戦』」
〇 Chayatan PHROMSORN タイ王国運輸次官
コロナ禍でオンラインショッピングに伴う配達サービスの増加など物流分野に新たなチャンスが訪れている。そのような変化に伴い、運輸省が所管する道路、鉄道、水上、航空の全ての分野において物流インフラの整備や連結性、効率性を向上する必要が生じており、新たな挑戦の機会となっている。タイは他の国と陸路と水路で結ばれており物流面で有利であるが、陸上輸送には①バンコクの交通渋滞、②交通事故、③高い輸送費用という課題を抱えている。
課題解決のため、タイ政府策定の20年国家戦略の下、運輸省も①効率的な輸送、②グリーンで安全な輸送、③複合一貫輸送を柱とする計画を策定している。
具体的には、公共交通機関の整備と利用促進、交通モード間の連結性の向上、道路輸送から鉄道輸送や水上輸送への転換、鉄道輸送を中心とした都市間輸送、都心を避けた物流拠点の整備、物流拠点を中心とした地域のトラック輸送網の構築などを、全国的に段階を追って進めているところである。このほか、高速鉄道の整備やASEAN近隣国との越境輸送に関する関係国と連携した高速道路と鉄道の一体的な整備に取り組んでおり、タイ南部においてアンダマン海とタイランド湾を鉄道、道路、パイプラインで結ぶランドブリッジ計画を研究中である。
このような取組がタイの物流利便性の向上につながり、ひいてはASEANにおける物流の発展にも貢献できると考えている。
(2)講演:「国際物流におけるASRANの位置づけ」
〇 柴崎隆一 東京大学大学院 工学系研究科
レジリエンス工学研究センター/技術経営戦略学専攻(TMI)准教授
物流の理解には世界経済の理解が不可欠であるが、現在の世界経済はヨーロッパ、北米、東アジアが中心であり、これらの地域を結ぶ物流が大きな割合を占めている。アジアの物流は、ASEAN地域や、インドを中心とする南アジアにおける成長が著しい。
2020年のコンテナ取扱量の世界ランキングでは、上海が1位、シンガポールが2位で、10位以内に中国の港湾が7つと中国が大きなシェアを誇っているが、ASEAN地域は東アジアとヨーロッパを結ぶ主要航路沿いに位置しているため、マレーシア、ベトナムの港湾が20位以内に入っている。
海運輸送の分野は船の大型化が進み、貨物1個当たりの輸送費は下がっているものの造船に多額の費用が必要になっており、結果としてグローバルな運航を行うコンテナ船社は大きく3つにグループ化されており、典型的な寡占市場となっている。
北米東海岸、ヨーロッパでも船舶の大型化の流れは顕著で、東南アジアでも船舶の大型化に対応した取組が行われており、船舶の大型化に対応できない港は使われなくなる。
このような背景の下、国際物流におけるASEAN地域のアドバンテージは、①中国やインドに隣接した有利な地理的位置、②基幹航路に沿った位置にあることによる大型船寄港の容易性、③人口と経済のポテンシャル、④多様性のある成長ステージや資源の4点になる。
一方、ASEAN地域の課題は、①加盟10か国に存在する国境と言語や文化の違いへの対応、②「陸のASEAN」と「海のASEAN」とのシームレスな一貫輸送の確保である。
(3)講演:「タイにおける物流の諸課題への対応『~タイ政府との対話の内容について~』」
〇 床並喜代志 盤谷日本人商工会議所(JCC) 運輸部会長(泰国川崎汽船株式会社代表取締役社長)
タイの物流分野の課題は交通渋滞、特にバンコクの慢性的な交通渋滞である。タイ政府も対策を講じているが解消できていない。レムチャバン港への道路は常に渋滞しており、船積みに間に合わない事態も生じている。また、スワンナプーム空港も貨物ターミナルの設備やスペースが手狭になっており、貨物を屋外で保管せざるを得ない状況も生じている。
運輸部会では、日タイ経済連携協定(JTEPA)の下、日系企業が抱えるビジネス上の課題について例年タイ政府に要望を行っている。2021年度はレムチャバン港とバンコク中心部間の交通渋滞解消に向けて鉄道輸送比率の増大やスワンナプーム空港の貨物ターミナルの全天候型への改修を要望した。
物流分野のその他の課題として、タイの商習慣の改善、道路や鉄道などのインフラ整備といったソフトとハードの両面あるが、JCCとして改善に向けた活動を続けていきたい。
2.パネルディスカッションの部
モデレーターのリードにより、各パネリストから講演や各自の知見に基づくコメントが示され、議論が行われた。その後、質疑応答を経て、モデレーターによるとりまとめが行われた。
◎パネリスト・コメント
〇 Punya CHUPANIT タイ王国運輸省交通計画政策局長
タイ運輸省は、講演で提起された運輸分野の課題は認識している。それらを踏まえた人流と物流に関するマスタープランを作成している。そのプランに基づき取組みを進めているが、鉄道整備や複線化などは時間がかかるものであり、すぐには成果が出ないのも事実である。
円滑な人流と物流の確保に取り組むに当たっては、①計画に基づくインフラ整備の実施、②道路や空港の適切な管理・運営の下で適切な品質のサービス提供のための体制整備、③課題解決に向けた官民コミュニケーションの確保の3点が重要だと考えている。
また、コロナ禍で人々の行動・生活が変わってきており、社会の行動変容に応じた施策を講じていく必要がある。
なお、JCCから要望されているレムチャバン港とバンコク中心部のアクセス改善もマスタープランに入っており、タイ国民と海外進出企業の双方のメリットとなるようスピーディに取り組んでまいりたい。
〇 Ruth BANOMYONG タマサート大学国際ビジネス・ 物流・交通学部長
物流における連結性は、①国内、②ASEAN域内、③グローバルの3区分に分けて考える必要がある。
①の国内の連結性については、インフラ整備を中心とするハード面での取組が進められているが、法制度や規制などソフト面の取組みも必要である、ASEAN地域ではインドネシアやフィリピンが国内の連結性に課題を抱えている。
②のASEAN域内の連結性については、陸の地域と海の地域の違いが存在するASEANにおいては最大の課題である。東アジア・アセアン経済研究センター(ERIA)が2004年にASEAN地域内のシームレスな物流・連結についてビジョンを作成しているので、参考にしてはどうか。
③のグローバルな連結性については、規制の重複や齟齬が大きな障害となっているため、ASEAN加盟国が規制関係を見直すべきである。
タイには20年国家計画やマスタープランがあり、ASEANレベルでも連結性に関する計画がある。しかし、計画と実施には大きなギャップがある。計画を立てることも重要だが、それをいかに実施するかということがとても重要である。
物事事業者は単なる貨物の運送者ではなく、付加価値サービスを提供し、物流を効率化することができる立場にある。物流事業者は、様々な関係者を巻き込んだ取り組みを進め、連結性の向上に積極的に取り組むべきである。
これまでの議論で官民コミュニケーションの重要性が強調されているが、そこに学界も加えるべきである。民間が主体的に取り組み、公的機関がその民間をサポートするとともに、学界が研究を通じて官民双方に処方箋を提示するといった取組が重要である。
〇 Udorn KONGKAKATE タイ工業連盟(FTI)物流・サプライチェーン小委員会委員長(SCG Co. Ltd., New Growth Platforms Business Director 兼 SCG Logistics Co. Ltd., B2B2C Business Director)
鉄道の複線化は非常に重要な投資である。タイ国内の物流では鉄道の利用率が約20%と低く、水路の利用率が約80%である。こうした現状の背景を調査し、今後の計画に生かす必要がある。
タイ工業連盟は、①鉄道、道路、水路の輸送のシームレス化、②運輸に関する規則や法令、③政府機関の物流の所管あり方の3点をテーマとする研究調査を行っている。①は、鉄道、道路、水路の相互接続が分断されている問題をどのように解決するのかという点、②は、規制に重点が置かれている法令を支援重視に改善できないかという点、③は、多くの政府機関が関与しており、物流を一貫して所管する政府機関が存在しない課題をどうするかという点である。
ルット教授指摘の物流の付加価値サービス提供に関しては、インフラの増強だけでなく、商品管理、コスト低減、素早い出荷などの様々な面でイノベーションが必要である。また、ハンドリング、安全性、定時性などの課題もある。タイが物流分野で世界標準に達するには、国内の標準化やサプライチェーン能力を向上させ、近隣国やヨーロッパとのゲートウェイとなって連結性を持つ必要がある。現在のタイは人材や技術が不足しているので、米国、日本、中国の著名大学の協力により「物流アカデミー」を創設したいと考えている。
〇 柴崎隆一 東京大学大学院工学系研究科レジリエンス工学研究センター/技術経営戦略学専攻(TMI)准教授
ASEANが北米と中東・欧州との間に位置することから、ASEAN加盟国の港の立ち位置については中継港となることが考えられる。シンガポールとマレーシアは中継港に向いていると思う。ホーチミン港も貨物取扱量が急速に増えてきており、いずれは中継のハブになるであろう。ハブ港となるには地理的条件と適切な戦略が重要である。ホーチミン港は基幹航路に面していて有利であるが、タイの港は地理的に基幹航路から若干離れているため、異なる戦略を取らなければならない。
国際物流において、タイはASEAN域内で非常に重要な位置を占めている。陸上と海上の輸送をつなぐ一貫輸送のハブ、あるいはASEAN域内のハブという点がタイの港の役割だとみられる。そうしたタイの港の役割を活かせるよう、他の輸送モードを含む複合一貫輸送システムを改善していくべきである。
また、シームレスな国際物流ネットワークを実現するためには、インフラ、ソフト、法規制、人材などがあると思う。インフラやソフトは徐々に良くなると思うが、最後まで残る課題は、法規制や制度ではないか。
〇 床並喜代志 盤谷日本人商工会議所 運輸部会長(泰国川崎汽船株式会社代表取締役社長)
現在生じている国際物流ネットワークの混乱の背景、混乱が長引いている理由、それらを踏まえた今後の動向についてコメントしたい。
まず、この30年ばかり船の大型化、ターミナルや港湾設備の整備、鉄道・トラック・倉庫の拡充など、自転車操業的に続けてきたが、コロナ禍により、その前提である労働力の維持や確保ができなくなってしまい大混乱が起きている。
コロナ禍でいったん貨物が少なくなった後に、巣ごもり需要に対応する家電、玩具などに牽引される形でコンテナの荷動きが急増した。しかし、コロナ禍のため港湾が機能できず、需要はあるものの供給が減少してコンテナ不足に陥った。このため、毎週定期的に寄港していたコンテナ船がなかなか港に入れずに、貨物が運べないことが常態化してしまっており、混乱が長引いている。
今後の動向については、コロナの動向と表裏一体の関係にある。世界最大の上海港が2カ月間ロックダウンするなど、一進一退を繰り返している。いつまで混乱が続くかを予測するのは難しいが、今年度には一定の終息を迎えるのではないかと期待している。もっとも、米国西海岸の港湾の産業組合の労使協定が2022年6月末に切れることでストライキが行われるなどすれば、国際物流が回復する足かせとなりうるのではないかと懸念している。
◎ 質疑応答
Q1:ロシアとウクライナの紛争がサプライチェーンにどのような影響をもたらすか。
A1(Udorn KONGKAKATE):紛争の影響がサプライチェーンに波及すると見ている。
大きく変動している現況に柔軟に対応する必要があり、これまでの考えを大きく変える必要があるが、それが可能な範囲は地域のサプライチェーンに限られるであろう。
もう一つの影響は、エネルギーコストの上昇である。タイ政府も対策は打ち出しているが、エネルギー高が進み続ける場合はタイ政府もサポートしきれず、エネルギーコスト高がそのまま反映された価格になるだろう。
民間企業は、フリートなど資産の共有を進め、代替エネルギーを探さなければならない。輸送分野でも電動化、EVの導入検討が必要である。これまでのように利益の最大化を追求するのではなく、変化に対応する柔軟性が重視されるようになるだろう。
Q2:地方空港がその他の輸送モードと連結されていない課題をどのように解決するのか。
A2(Pnaya CHUPANIT):タイ運輸省は地方空港の整備を進めており、旅客・貨物の輸送を最適化したいと考えている。航空とその他の輸送モードとの連結に関しては、空港への鉄道乗入れには整備に時間がかかることから、短期的には空港と近隣都市とをトラックなどで結ぶフィーダーシステムで対応したい。その上で、長期的な視点で輸送モード間のシームレスな連携に対応していきたい。
◎モデレーターによる総括
〇 Chackrit DUANGPHASTRA チュラーロンコーン大学ビジネススクール准教授
有意義な講演や様々な有益なコメントが提示された。それらを自分なりにまとめると、ASEANの物流分野においては、DX化の必要性、都市部における渋滞などの輸送に関する課題、海上輸送や内陸輸送への対応、交通事故対策と安全の確保、付加価値サービスへの対応などを課題として挙げることができると思う。
これらの解決には物流環境の大幅な変化に伴う柔軟な対応や連携が必要である。モデレーターとしては、それらの課題を整理し、解決に向けた研究調査をJTTRI-AIROが行い、その成果をもとに課題の解決策などについて、物流シンポジウムPart2 の場において議論することを期待している。