第3回JTTRIグローバルセミナー
「欧州の鉄道政策が向かう未来とは?」
~日本と欧州の鉄道政策を比較しつつ~

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  • 国際活動
  • 鉄道・TOD

Supported by 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION

日時 2024/1/22(月)14:00~17:00
会場・開催形式 運輸総合研究所2階会議室 及び オンライン配信(日英同時通訳)
テーマ・
プログラム
【開会挨拶】 宿利 正史 運輸総合研究所会長
【来賓挨拶】 田中 由紀 国土交通省国際統括官
【基調講演】 Roderick A SMITH Imperial College London 名誉教授
       「鉄道の状況と現在の政策:英国、EU及び日本との比較」
【パネルディスカッション】
 Roderick A SMITH Imperial College London 名誉教授
 宇都宮浄人 関西大学経済学部 教授
 加藤 浩徳 東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻 教授 [モデレーター兼]
 會田 和彦 東日本旅客鉄道株式会社国際事業本部海外鉄道事業部門 マネージャー
 我妻 浩二 株式会社日立製作所 理事
       鉄道ビジネスユニットChief Technology Officer-Vehicles
       兼 日立レールSTS USA社 ボード ディレクター
(質疑・総括)
 モデレーター 加藤 浩徳 東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻 教授
【閉会挨拶】 藤﨑 耕一 運輸総合研究所 主席研究員・研究統括

開催概要

 英国の前交通省首席科学顧問、元機械技術者協会会長で、インペリアルカレッジ・ロンドン未来鉄道研究センター長のスミス名誉教授(鉄道工学)から、「鉄道の状況と現在の政策:英国、EU及び日本との比較」と題して、コロナパンデミックから影響を受けた移動行動の変化及び脱炭素化政策を実施していく中で、欧州の鉄道政策が今後どのような方向に展開していくかについて、基調講演をしていただいた。この中では、英国High-Speed 2の進捗、英国民営化モデルの弱点、最近設置された大英鉄道(Great British Railways)を通じた改革とその更なる見直し、また、欧州横断交通網計画(鉄道)についても触れていただいた。
 その後、経済学及び交通工学の各分野における学識並びに英国における近年の鉄道プロジェクトに関わる実務の両方から、海外の動向にも接する第一級の専門家の参加も得て、日欧の比較も意識しながら、ディスカッションを行った。

主なSDGs関連項目

プログラム

開会挨拶
宿利 正史 運輸総合研究所会長

宿利 正史 運輸総合研究所会長

開会挨拶
来賓挨拶
田中 由紀 国土交通省国際統括官

田中 由紀 国土交通省国際統括官

来賓挨拶
基調講演
Roderick A SMITH Imperial College London 名誉教授<br>「鉄道の状況と現在の政策:英国、EU及び日本との比較」

Roderick A SMITH Imperial College London 名誉教授
「鉄道の状況と現在の政策:英国、EU及び日本との比較」

講演資料
参考文献一覧

講演者略歴

パネルディスカッション


<パネリスト>
Roderick A SMITH Imperial College London 名誉教授




宇都宮浄人 関西大学経済学部 教授

講演者略歴
プレゼン資料



加藤 浩徳 東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻 教授 [モデレーター兼]

講演者略歴
プレゼン資料



會田 和彦 東日本旅客鉄道株式会社国際事業本部海外鉄道事業部門 マネージャー

講演者略歴
プレゼン資料



我妻 浩二 株式会社日立製作所 理事
      鉄道ビジネスユニットChief Technology Officer-Vehicles
      兼 日立レールSTS USA社 ボード ディレクター

講演者略歴
閉会挨拶
藤﨑 耕一 運輸総合研究所 主席研究員・研究統括

藤﨑 耕一 運輸総合研究所 主席研究員・研究統括

閉会挨拶

当日の結果

■基調講演
Roderick A SMITH Imperial College London 名誉教授
「鉄道の状況と現在の政策:英国、EU及び日本との比較」

 特にイギリス、そしてEUにおける鉄道政策について、日本と比較しながら考えたい。鉄道が直面する課題はインフラの保全費用であるが、鉄道の歴史の中で政治的統制を考えることが重要で、多くの国において未解決である。
 1830年に開通したリバプール・マンチェスター間の鉄道は、世界で最初の都市間鉄道で、輸送量や移動の時間と距離の可能性などで、社会生活にも大きな変化をもたらした。アメリカでは、バルティモア・オハイオ間で1830年頃からスタートし、日本でも1872年に新橋・横浜間の鉄道が開通した。当初、イギリスやアメリカでは、鉄道に対する政府の介入、関心は非常に希薄で、民間によって整備され、全体的なプランはなくレッセフェール(放任主義)だった。フランス、ドイツでは、政府が最初から鉄道を理解しており、イタリアは部分的に鉄道システムを統一していた。しかし、諸政府はまもなく軍事上戦略的に鉄道が重要であることを認識し、大きな関心を持つようになった。
 19世紀末から第1次世界大戦まで、西ヨーロッパでは様々な鉄道が導入され、快適な移動手段とされていたが、第1世界大戦で破壊され、多くの修繕が必要になり、特に20年代、30年代の大恐慌に収益が減っていった。イギリスでは、120の小さな企業が4つの大手民間企業(グレート・ウェスタン鉄道(GWR)、ロンドン・ミッドランド・アンド・スコティッシュ鉄道(LMS)、ロンドン・アンド・ノース・イースタン鉄道(LNER)、サザン鉄道(SR))に垂直的に統合された。ロンドン、スコットランド間の長距離を走る鉄道は非常に高速で、時速203キロという1938年の記録は今でも変わっていない。その間に日本も鉄道技術を高め、南満州鉄道は、2mの車輪があるパシナ型蒸気機関車で、まさに日本の蒸気機関の横綱と呼ばれていた。
 第二次世界大戦が勃発し、アメリカを除いて鉄道システムが大きく破壊された。イギリスの鉄道は、戦争が終わったときには壊滅的な状況にあり、イギリス国鉄(BR)へ統一され、一つの垂直型の鉄道が全国をカバーするという形態となった。
 私は戦後間もない1947年に生まれ、蒸気機関車の補修をする祖父を手伝った思い出があるが、残念なことに60年代、70年代に大幅な廃線が行われた。背景には「ビーチングレポート」があり、3000マイル相当の廃線が求められ、鉄道の収益性を高める合理化が図られた。一方で道路交通網の整備が進み、どこからでも快適に速く移動できる自動車こそ未来の交通ということが、政策的な流れにもなっていた。
 道路が混雑し、環境に関する懸念も出てくると、このまま道路網整備を進めていいのかという話になり、この頃に欧州横断特急(TEE)という列車が出てくる。西ヨーロッパ主導で、特にフランスで充実し、日本における1964年の新幹線開業よりもかなり後の1981年にはTGVという高速鉄道も開通した。地図の上では統合されていたが、各国は自分たちの伝統、やり方を大事にしていた。
 ヨーロッパの統合という観点で、シェンゲン協定と相俟って、EU2004年の東欧諸国の加盟により、西ヨーロッパで収まっていた労働の自由な移動がヨーロッパ全般にわたるようになり、EUの組織としても27か国45000万人と世界人口の6%を占めるようになった。それでも、旅客輸送量が多いのはフランス、ドイツ、EUから抜けたイギリスが700億~1000億旅客人キロ程度で、それ以外の加盟国では大した輸送量はなく、日本の4500億旅客人キロにとても届かない。
 1952年以降のイギリスにおける交通分担率を見ると、自動車の所有が急増し1970年頃に落ち着いたが、シェアとしては圧倒的な大きさを持っている。鉄道は20%弱であったところがさらに下がって今は10%ほどである。ただし、全ての輸送機関を合わせたこの旅客輸送量はどんどん大きくなっている。
 さて、イギリス国鉄は、1993年に民営化される5年前の1988年に、大都市間長距離列車の「インターシティ」、ロンドンへの通勤需要を満たす「ネットワークサウスイースト」、郊外をカバーする「リージョナルレイルウエイズ」の3社に再編された。リージョナルレイルウエイズは旅客数が少なく、収支が合わなかったが、政治家は、人々の生活の質を担保するために必要で、社会的な意義があると主張した。3社は垂直統合された構造で一定程度成功したが、80年代後半から90年代の初めに民営化の波がやってきた。インフラは「レールトラック」が保有し、車両は「ローリングストックリーシングカンパニーズ(ROSCOs)」が保有し、実際の運行をしている会社は、レールトラックから軌道を借り、ROSCOsから車両を借りて、サービスを提供するという非常に複雑な民営化であったため、垂直統合がなく、様々な調整が必要となった。民営化以降、旅客数は大幅に増えたが、道路の混雑、駐車場がないなどの自動車への不満の結果と考える。運賃は一部地域でインフレ率を超えて高騰し、また、時刻表通りの運行への信頼が揺らいだ。また、金融界出身の経営幹部は、実際に運行している人たちの給与と比べて20倍、30倍の給与をもらっており、労使関係が悪い。ストが続いていることによってさらに鉄道に対する信頼が失墜し、事業者から見ると収益性が上がらず、リスクは政府に回っている。政府からの助成金はイギリス国鉄時代から上がっており、民営化は成功とは言えず、鉄道の収益性は悪化した。今後の政策に影響するだろう。安全性は、民営化直後に大事故があったが、良くなっており、ヨーロッパの中では最も安全な鉄道の一つである。英国の鉄道システムにおいて、仏蘭独の国家的鉄道会社が参加し、日本の事業者も一部参加した。
 ヨーロッパの中では、各国のシステムはまだ強く、越境統合化は極めてゆっくりしている。EUは、鉄道市場に競争を導入して改善を試みたが、他の交通モードとの競争があり、EUによる強力な自由化により、航空のほうが安くて速いということで、逆効果になっている。安い運賃の航空により、鉄道と航空の旅客人キロにおける伸びの差が広がった。高速鉄道の線路を2030年までに倍増させるEUの政策は、利用者を増やすという目標の方が良いのではないか。利用者を増やさないと経済性は大きな問題になる。
 野心的な欧州横断交通網(TEN-T)プログラムは、以前のTEEを欧州大陸に拡張する発想のものである。
 イギリスのHS2は、高速鉄道をロンドンからイングランドの北部、そしてゆくゆくはスコットランドにという構想で、ようやく2020年に着工されたが、202310月までにバーミンガムより北側の第二期工事については計画がすべて中止された。ロンドン・バーミンガム間では、トンネル部分が約40%で、反対者は環境上の問題を示唆し、地面の掘削とカバーはグリーンな建設方法が採られたが、大量のコンクリートを使用しているため、計算上、その建設によるカーボンフットプリントは、日本の東海道新幹線並みの利用が将来ある場合にのみ帳消しになる。計画中止に追い込まれた理由には、ロンドン・バーミンガム間の1マイル当たり整備コストが欧州の他の鉄道整備プロジェクトに比べて、高インフレもあり格段に高くなったことと、支持を高めようという努力がなく、必要性に関する明確なビジョンがなかったことがある。
 未来を予測することは非常に難しい。自動化、脱炭素化(グリーンエネルギー発電、バッテリー、水素など)、新技術(データ分析、AIなど)、顧客のためのサービス強化、欧州にとって特に重要な列車管理システムの調査、といった鉄道のトレンドの全ては、サービス改善、効率性向上、顧客経験の改善、低コスト化、容量拡大に結び付くべきであり、鉄道をより魅力あるものに変換するべきである。真空チューブ鉄道構想は将来あまり重要ではないと私は予測する。
 鉄道を再統合するというGreat British Railway改革は、次の総選挙まで延期されたので、再び政治的介入を受ける。
 日本企業がマレーシア・シンガポール高速鉄道プロジェクトから撤退した報道、日本資本が英国の鉄道資産を売却する見込みという報道は残念だった。富士通ITソフトウエアと郵便局の問題のスキャンダルが報じられたが、日英間の関係に悪影響が及ばないことを祈願する。
 ヨーロッパでは、経済強国の苦戦、政治的不確実性、移民の問題が刺激するナショナリズムと保護主義の台頭等によって、様々な不安が増えており、EUのリーダーシップで敏感に対応することが必要である。交通政策は、よく考えられているものの、理想主義的、非現実的なものが多い。誰がお金を出すのかが大きな問題である。政治的に鉄道をコントロールできるかが、依然として重要である。鉄道において、大事なのは人との関わりであり、テクノロジーや管理システムはあれど、あくまで中心は人間だというのが、私の信条である。

■パネルディスカッション
 Roderick A SMITH Imperial College London 名誉教授
 宇都宮浄人 関西大学経済学部 教授
 加藤 浩徳 東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻 教授 [モデレーター兼]
 會田 和彦 東日本旅客鉄道株式会社国際事業本部海外鉄道事業部門 マネージャー
 我妻 浩二 株式会社日立製作所 理事
       鉄道ビジネスユニットChief Technology Officer-Vehicles
       兼 日立レールSTS USA社 ボード ディレクター
(質疑・総括)
 モデレーター 加藤 浩徳 東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻 教授

【第1ラウンド】
基調講演に対して各パネリストからのコメント

(宇都宮教授)
 日本の交通手段分担率では鉄道の比率が高い。この背景には、歴史的に鉄道を単なる都心への移動手段としてではなく、買い物や不動産、レジャーなど鉄道の有する外部経済効果を内部化するというビジネスモデルがあり、大都市圏ではこれが成立したという経緯がある。しかし、人口40万人未満の地方中心都市では、鉄道の分担率は2%であり、オーストリアの人口10万人以上の地方中核都市と比べてもかなり低い状況である。日本では、地方圏ではサービスを良くするのではなく、コストカットによりサービスを悪くなり、これによりさらに鉄道が使われなくなるという悪循環となっている。
 ヨーロッパでは公共サービス義務(Public Service Obligation)が定められており、政府が交通事業者に公共サービス義務を課し、これを契約として実行するような仕組みを確立している。ヨーロッパではコロナ禍でも路線の維持のために政府が補助金を出していたが、日本ではそれすら出なかったというところに差があると考える。
 また、オーストリアでは気候(Klima)チケットという公共交通が格安で年間乗り放題になるサブスクリプションサービスを開始し、利用者を増やす方向への運賃政策を進めている。イギリスでもGreen Industrial Revolutionの中で、地方都市圏の鉄道を拡大することなどの鉄道重視策を打ち出している。これに対し、日本では、そうした政策は見当たらない。富山県の城端線-氷見線の再構築計画の中で初めて「公共サービスとして自治体が投資する」ということが明記されたところであり、遅れている状況である。

(加藤教授)
 スミス教授の講演にもあったが、HS2が中止になった原因の1つとして急激なインフレが挙げられる。スミス教授と同じImperial College Londonの研究チームによって最近発表された論文では,都市交通の収支構造について国際比較が行なわれており、インフレが起こった場合、鉄道の運営費などコストが上がる一方で、鉄道事業者は鉄道が公共サービスであることから、合意が得られず運賃を上げられない状況になり、運営費に対する収入のカバー率が低下することが報告されていた。過去にイギリスでは、1970年代にオイルショックによりインフレになったことがあり、その頃にも運営費のカバー率が下がってしまったため、補助金が導入されたことがある。しかし、結局のところは運賃を上げることで対応したようである。ロンドンの地下鉄ではこのような解決策が取られたものの、まだ運営が始まっていないHS2では運賃を上げることができず、インフレによってやむなく中止が判断されたとも捉えられる。
 スミス教授の講演では、政治的な意思や将来的なビジョンが政府にないことでHS2の中止の判断がされたとのことであったが、運賃を変更することもある種の政治の意思であろう。物価が高騰している中で、鉄道側がどういう対応をするべきなのか、また、運賃を柔軟に変える仕組みについては、こういった話から日本が学べることかもしれない。

(會田様)
 JR東日本では経営ビジョンの中に、国際事業のビジョンとして「国際事業のビジネスモデルを確立し、アジアを中心により豊かなライフスタイルを提供する」ことを掲げている。このターゲットに向けて、鉄道事業を中心としたモビリティ事業と駅ナカ・駅周辺事業といった生活ソリューション事業を両輪として、その二つの事業を組み合わせてシナジーを生み出すことを目指しながら、国際事業を展開している。
 具体的には、アジアを中心に海外事業を展開しており、今回のテーマの欧州においては、現状はまだビジネス醸成のステージである。UIC(国際鉄道連合)やUITP(国際公共交通連合)などの国際機関に加盟して、会議や研究会、専門家会議への参加することや、欧州の鉄道事業者(フランス国鉄、ドイツ鉄道など)との定期的なミーティングや人事交流などを行うことで、JR東日本グループのプレゼンスの向上、情報収集・提供を行っている。
 また、英国の鉄道事業に関して言えば、2017年~2021年にWest Midlands Trainsの鉄道フランチャイズ事業に参画していた。コロナによりフランチャイズ契約が成り立たなくなったことで事業参画を一旦終了したものの、英国では鉄道改革の最中とのことで、今後もまたチャンスがあれば真剣に事業参画を考えていきたい。

(我妻様)
 欧州ではインフラのメンテナンスコストの増加が非常に大きな課題となっており、日立としても様々な取組みによりコスト低減に貢献しようとしている。
 日立では現在、イギリスでの売り上げが前年度で約1300億円、286編成の運行のサポートおよびメンテナンスを事業として行っている。これはイギリスのほぼすべてのインターシティ路線に車両を供給して、そのサービス・メンテナンスを請け負っているという状況である。日立の車両に関しては、コスト低減のためにすべての車両をクラウドに接続するデジタル化、オンライン化を目指している。カメラの映像を使ったインフラの状態監視のビジネスや、毎月のソフトウェアアップデートにより新しい機能を提供するサービスにより、インフラの問題解決による車両への負担低減や車両の問題解決によるインフラへの負担低減を図り、メンテナンスコスト低減に役立てようとしている。また、イギリスの場合は、事故が起こった際の映像を記録するためにすべての車両にカメラが搭載されているため、その映像をAIで解析することにより、インフラの弱点情報を提供するサービスも開始している。このような既存のデータを使った新しいコスト低減のアイディアを、イギリスだけでなくヨーロッパ全体のお客さまに対して提供しようと進めている。

(スミス教授)
 まず重要なのは、イギリスの鉄道と日本の鉄道の違いを理解することである。イギリスの鉄道は近代化されておらず、車両の状態や軌道の質などという点で日本に比べて大きく劣っている。そのため、鉄道システムを維持するには、かなりの量の保全が必要でコストもかかる。さらに、環境への取組みとして、鉄道のモーダルシェアを2倍にする目標があるが、今のインフラでは実現不可能なことから、新たに鉄道インフラを整備する必要がある。こういったコストを考えるにあたっては「鉄道は何のために存在するのか」「誰がお金を出すのか」ということを話し合うべきである。これはHS2の中止に関しても同じことが言える。
 また、どのように旅客を満足させるのかを考えることも重要である。鉄道の環境に優しいという特徴を活かすためには旅客を増やすことが必要であるが、その際に、鉄道を利用するインセンティブにもなるため、運賃は非常に重要な要素である。また、鉄道に対する信頼も重要であるが、イギリスの鉄道は遅れや運休が日常化して、ひどい状況になっている。今後のスムーズな運営、スムーズなサービスに向けては日本の経験豊かな事業者の助けが必要であるが、そのためにまずは、イギリスの鉄道の状況が日本と全く違うということを理解していただきたい。

【第2ラウンド】
論点①:日本、英国を含む欧州が相互に学べるポイントは何か?

(宇都宮教授)
 欧州では、2013年に「Sustainable Urban Mobility PlanSUMP)」という計画指針を打ち出し、2020年に『Sustainable and smart mobility strategy』という戦略を発表した。イギリスのマンチェスターでは、SUMPで、2040年までに鉄道も含む公共交通と自転車・徒歩の交通分担率を50%に上げるという目標を立てている。マンチェスターはメトロリンクというライトレールシステムをイギリス国鉄時代からの鉄道線を利用する形で広げ、利用者が増えている。持続可能な社会にするという目標は、欧州全体で進んでいるが、昨今の日本は持続可能な「鉄道事業」に焦点が当たっている。そうではなく、環境面、社会的公正という面も含め、持続可能な社会の一つの手段として、公共交通があり鉄道がある。日本の人口の半分以上を占める地方部が、公共交通の運営に苦しんでおり、欧州から学ぶべきことはあるのではないか。

(加藤教授)
 最近、鉄道の災害対策に関心のあるという、ヨーロッパの博士学生が私の研究室に来ることが増えている。彼らが日本の鉄道事業者にインタビューして驚くのが、ヨーロッパでは基本的に温暖化問題の一環として捉えられているのに対して、日本ではあくまでも防災の一部としてとらえられていることである。問題のフレームが違うと対応策のアプローチもおのずと異なる。また、日本では防災対策が各鉄道事業者内で暗黙知となっているが、ヨーロッパの学生たちは、日本の鉄道事業者の対策を整理したうえでDX化などにより誰でも使える形にしたいという発想をしている。日本の鉄道事業者が個別に努力していることや経験をうまくまとめると、全く異なる文脈で海外展開にも使えるかもしれない。

(スミス教授)
 第一に垂直統合ということを主張したい。人、財源の継続性も大事である。人という観点では、日本ではあまり転職をしないので、会社がそれだけ人にお金をかけてトレーニングする。イギリスでも昔は行っていたがなくなった。主要な路線を5年かけて電化するという計画がなくなると、関わっていた人たちはスキルやトレーニングの継続性が失われ、車両の交換においても、連続して常に作業ができるようにしなければ、スキルを保つことができない。「継続性」は、資金、電化、車両においても大変重要である。
 レジリエンスについての言及があったが、地方では単線の鉄道、低い橋、堤防が多く、異常気象によって壊れた設備を修繕するのも大変で、一方で乗客がおらず乗客1キロあたりのコストは非常に大きく、地方路線を廃線する理由にもなる。
 都市間はインフラの弱さが非常に大きい。ポイントの故障、軌道に亀裂、架線が弱くなるなどの問題がある。日立のようにシステムを使って事前に検知し、保全費を下げられるならば、それは日本から学びたい。いつも思うのは、誇りを持って鉄道の仕事に携わる人こそ日本の名誉で、学びたいと思っている。

論点②:今後、日本企業が英国を含む欧州の鉄道市場に更に参入するには何か必要か?

(會田様)
 一点目は、相手側の事情、ルール、状況、社会を理解することである。UKレールの入札時、事業者、国、自治体がそれぞれ細分化され構造が複雑であると感じた。例えば、列車が遅延した際、一時的には遅延した列車の会社がお客様に補填をするが、その後、列車会社、インフラ、ネットワークレールの三者で遅延の原因を検討、交渉するという非常に時間と労力のかかることをしている。自社の技術やソリューションが優れていると思って入ろうとしても、相手の事情を理解せずに進んでしまうと、相手にどんなメリットがあるかを提示できず、中々入り込むことができない。
 二点目は、欧州の鉄道事業者も日本と同様なことで悩んでいるといったニーズを知ることである。自動運転、水素燃料電池車導入、チケッティング、顧客サービス、車両や機能のメンテナンス分野のデジタライゼーションの展開、環境の取り組みなどの質問をよく受け、意見交換を行った経験がある。

(我妻様)
 一つ目が、ヨーロッパの社会構成上、ファイナンシャルドリブンであるため、信頼性もしくはテクノロジーといった強みをビジネスモデルに変換して説明することである。例えば、メンテナンスも請け負っているメーカーに対して、信頼性を高めると、政府に支払うペナルティというコストが低減することを示すといったことである。
 二つ目は人である。営業力が非常に重要で、いかに現地の営業の人を頑張ってもらうようにするか。現地化すると同時に現地人にトップになってもらい、頑張るほど昇格していくというルートを作る。パフォーマンスのいい人は他に移るのではなくて、昇進できる期待値を持って残ってくれるという循環ができるかが非常に重要である。

(スミス教授)
 鉄道の利用を増やすためには、本来はファイナンスより顧客満足度を重視しなければならない。鉄道事業を分断してしまったことが問題で、多様な人たちが鉄道から利益を取ろうとおり、全体としても収益性がなくなっている。一つの組織であればそういった問題はなく、鉄道とは何を提供するものなのかという視点を持てる。
 ところで、HS2のフェーズ1は今建設中で、ユーストンに伸ばすかという話が出ているが、新大阪や新横浜などの新駅を中心地ではないところに作ったことによって、そこで開発が進んだという日本の経験に学べる教訓がある。

(宇都宮教授)
 日本は、今後人口が減少していく過程において、まちづくりとしては、コンパクト・プラス・ネットワークという方向性にあり、かつての新幹線の「新○○駅」という形での開発が生かせるかどうかは別である。イギリスの場合は、これからも移民も含めて人口が増えているということであれば、可能性があるのかもしれない。

(我妻様)
 カスタマーサティスファクションという点では、一つは定時性である。イギリスの鉄道事業の信頼性は、5分以上の遅延件数を指標にしているが、日立が395型ジャベリンを営業に入れた2009年から一気に上がっている。新規参入者が信頼性を出すと、既存のメーカーはそれに追従せざるを得ないからである。
 もう一つはプライバシー空間がどれぐらいあるのか。日本の新幹線が非常に快適だと言われる理由の一つで、シートピッチが広く足を組んだり伸ばせたりするスペースは、お客様を増やす大きなポイントになっている。

(宇都宮教授)
 先ほど、新駅による郊外開発のTODについてははややネガティブな話をしてしまったが、鉄道の特性を生かした駅ナカの商業ビジネス等の知恵は、ヨーロッパで活かされたいるケースがある。駅における鉄道関連事業の拡大は、利用者にとって使いやすい明るい駅につながると思う。

【質疑応答】
Q1.
香港は世界中で鉄道のオペレーションを展開しているが、学ぶ点はあるか。

A1.
・香港の地下鉄は、運賃も安く、綺麗で信頼性が高い。重要なのは、人口密度がそれをサポートできているか。香港は人口密度が高い。鉄道の収益性を見る際に1日あたり4000人という基準があるが、イギリスの鉄道の3分の2はこの基準を満たしておらず、重大な問題である。鉄道は社会的便益があって必要であるが、では誰がお金を出すのか。(スミス教授)
・社会的便益を考慮する場合、受益者が社会全体であるとすると、利用者だけでなく社会全体で支える。その場合に強調したいのは、今年度に利用しなくても、将来利用するかもしれないオプションバリューも含めた価値も社会全体で支える仕組みが必要ではないかということである。ヨーロッパ諸国はそういったことを考え、取り組んでいる印象がある。(宇都宮教授)

Q2.
鉄道の空港アクセスに関する上下分離において、インフラ所有者とオペレーターの関係は、経済的取引というよりは、フランチャイズやコーポレーションといった共同関係で認識すべきと考えるが、見解を伺いたい。

A2.
・空港アクセスは特殊なケースだと思う。日本ではインフラの所有者と運行者が異なるのは、その方が旅客の利便性があるためか、利益を高めるためにやっているのか。例えば、ヒースローエクスプレスでパディントン駅まで列車を出したのは利益のためである。それは、空港事業者の側で、何のために鉄道があるのかということに繋がっていると思う。(スミス教授)
・金銭的な利益関係だけで、関係者間の協力が成り立つわけではないというご指摘だったと思う。(加藤教授)

Q3.
赤字の上下分離であっても、上が全ての責任を持つことを堅持すべきか、イギリスのGBRのように一体的なインフラのプロフェッショナルが投資し、国土の在来線の責任を持つ体制の方が適当か。

A3.
簡単にお答えできる質問ではないが、確かに、インフラの保全整備は鉄道のコストにおいて大きく、地方路線で収益性を出して運行するのは本当に大変だと思う。結局は政治的にその各地域で意思決定すべきことかもしれない。話は逸れるが、駅は電車が止まるということ以外に、店、医療機関、図書館などみんなが集まる場所になれば、鉄道ももっと盛り上がるということだと思う。(スミス教授)

Q4.
日立製作所では、イギリス以外で似たようなことを考えられているか(ドイツ、フランス、スペイン、アメリカ、その他など)。

A4.
鉄道車両を使ってインフラのモニタリングするビジネスという観点では、その他のヨーロッパで、ドイツ、フランスでも考えている。路線に走る車両がたくさんあるということは、その路線の軌道のコンディションモニタリングをリアルタイムにでき、お客さんの強い要求もあり益々進んでいくと思う。ワシントンD.C.、オンタリオ、日本でも同様で、車両を使うという意味では、車両を納めている他のメーカーも同じことができるのではないか。(我妻様)

Q5.
GBRの政策について、どのくらい実施の見通しがあるか。

A5.
おそらく政権交代があることからGBRがどうなるのかはわからないが、優先順位は低いだろうと思う。ただ、財政状況を考えると、鉄道への補助金ないし投資はかつてないほど高くなっており、他にもお金を使うところがあるので、鉄道への補助金を減らす方法や、効果的に鉄道を運営して顧客中心にする方法を考えるだろう。(スミス教授)

【総括】
(加藤教授)
 スミス教授から、「鉄道はそもそも何のためにあるのか」という非常に本質的な問いかけをいただいた。鉄道に対する信頼、鉄道の重要性に対する理解を、政治も含めて広く得ない限り、そして強い意志を持たなければ、今後、環境にやさしい鉄道を維持、発展させることが、イギリスやヨーロッパはもとより、日本でもできなくなる恐れがある。異なる国の間でお互いに良い点、悪い点を学びつつ、類似した問題に対して協力しながら取り組んでいくことの有用性が、今回のパネルディスカッションやスミス教授のご講演から学べたのではないか。

                                                                     以上