ASEANにおけるエアライン戦略の分析
第154回運輸政策コロキウム アセアン・インド地域レポート

  • 運輸政策コロキウム
  • 航空・空港

Supported by 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION

日時 2023/3/14(火)13:00~15:00
会場・開催形式 運輸総合研究所2階会議室 (及びオンライン開催(Zoomウェビナー))
テーマ・
プログラム
1.講演およびコメント
 発表者:山下幸男 運輸総合研究所アセアン・インド地域事務所(AIRO) 主任研究員 / 次長
 コメンテーター:花岡伸也 東京工業大学環境・社会理工学院融合理工学系 教授
2.ディスカッション
 コーディネーター:山内弘隆 運輸総合研究所 所長


※当日のプログラム

開催概要

 ASEANの経済成長は著しく、日本との経済的な関係性は高まる一方であり、その航空市場は、日本の航空関係者にとっては注視すべき対象である。ASEANの航空市場は、2000年代初頭にAirAsia等のLow Cost Carrier(以下、LCC)が参入して以来、LCCのエアライン戦略の影響を受けてきた。
 そこで、本コロキウムでは、最近のASEANにおける航空需要の回復状況を日本との比較を通じて示した上で、ASEANのLCCについて、Full Service Carrierとの競合を通じた年代の違いに伴う提供サービスの変化を指摘しつつ、エアラインの戦略を考察する。また、その考察を通じ、コロナ禍を踏まえた今後のASEANと日本の航空市場に対する取組みの手がかりを提供する。

プログラム

開会挨拶
奥田哲也<br>運輸総合研究所アセアン・インド地域事務所長

奥田哲也
運輸総合研究所アセアン・インド地域事務所長


開会挨拶
講演およびコメント

〔発表者〕
山下幸男 運輸総合研究所アセアン・インド地域事務所(AIRO) 主任研究員 / 次長

講演者略歴
講演資料

〔コメンテーター〕
花岡伸也 東京工業大学環境・社会理工学院融合理工学系 教授

講演者略歴
講演資料
ディスカッション

〔コーディネーター〕
山内弘隆 運輸総合研究所 所長

当日の結果

1.発表の概要

(1) コロナ禍までのアセアンの主なエアラインの変遷とその戦略
  不十分ながら2000年頃までに航空自由化や規制緩和の環境が整えられたアセアンでは、2000年代初頭にLCCが台頭してくる。その際の環境は欧州の航空に関する第3パッケージの環境とは異なり、第7の自由を得るため他国に関連会社を保有したり、セカンダリー空港に代えたLCC専用ターミナルがクアラルンプール空港に設けられたりした状況がみられた。LCC専用ターミナルは同時期にチャンギ空港にも整備されたがその後閉鎖され、その後アセアンにおいて大きな広がりをみせていない。セカンダリー空港の利用も現在のドンムアン空港がLCC専用空港のようになっているが、スワンナプーム空港不備の結果によるものである。
 アセアンエアラインの変遷をみると2000年初頭にLCCが台頭するのに対し、FSCも早い時期からLCCをグループ内に包摂する戦略をとっており、2022年現在、多くのナショナル・フラッグ・キャリアがLCC を包摂している。ちなみに、アセアンの動きに対し、日本は10年程度遅れた2012年がLCC元年と言われている。
 コロナ禍前までのアセアンのエアライン変遷の中でFSCのグループ会社とLCCのグループ会社の主な戦略をみてみると、近年の共通戦略として、① グループ体制の効率化と再編(ネットワーク戦略を含む)、② 付帯収入の増大、③ 非航空系連携事業を含む新たな事業への進出が挙げられる。
 ① は一部のFSCでは赤字体質からの脱却を追求する一方、黒字体質のFSCやLCCでは効率的なポートフォリオ戦略を追求しての戦略である。しかし、FSCによるLCCの関連会社化やその後の統合などの状況をみるとFSCはLCCの扱いに苦慮しているように見える。また、LCCにおいても短中路線と中長路線の扱いが議論となっている。
 ② は、収益を航空旅客収入のみに頼ることなく、付帯収入の増大による収益確保の視点が重視されていることが伺える。
 その延長の戦略として最近 ③の非航空系連携事業を含む新たな事業への進出戦略が掲げられており、特にLCCにおいて明確である。このことについて、某アセアンLCCへのヒアリングで理由を確認したところ、長年の航空旅客運送によって膨大な顧客データを保有でき、その活用策として非航空系ビジネスへの進出が自然の流れとなっているとのことであった。その戦略はあたかもコロナ禍による航空需要の減少への対策に見えなくもないが、実態としてはコロナ禍を想定したものではなく、2018年頃から顕著になってきており、航空旅客収入のみに頼るのではなくそれ以外の収入の道が必要とのビジネスの必然性から非航空系のビジネスへの参入が新たな動きとして始まっている。
 なお、アセアンのLCCは、タイでは国内市場の7割強、国際市場で約半分のシェアを占めている。日本のLCCが一割程度のシェアに過ぎないことを考えれば、アセアンの航空市場は日本に比べLCCの利用が大幅に進んでいる。
(2)コロナ禍後のアセアンの主なエアラインの回復状況と将来の方向性
 アジア太平洋地区のコロナ禍後の航空市場の回復は、世界の中で大幅に遅れている。その理由は、需要サイドではアジア太平洋地区の巨大な航空市場である中国のゼロコロナ政策が大きく影響している。2022年末にゼロコロナ政策が緩和され、中国の航空需要が戻ってくればアジア太平洋地区の航空市場の回復も進むと思われる。
 一方、アセアンの主なエアラインの公表データで旅客輸送実績を確認すると、国内旅客需要はFSCに回復の動きがみえないもののLCCには回復に強い動きがある。また、国際旅客需要はLCC、FSCともに回復の動きが弱く、特にFSCの回復は極めて弱いことが分かる。アセアンの国内・国際の航空市場が旺盛な潜在需要を有していることは、日々の見聞の中でも確認できている。潜在需要が大きいにも関わらず航空輸送実績が必ずしも回復していない状況を踏まえると、アセアンで回復が遅れている理由は需要サイドではなく、供給サイドにあるということになる。
 エアラインが路線を再開などする際は様々な準備が必要だが、アセアンのエアライン関係者によれば、とりわけ人材確保が大きな課題であるとしている。実際、アセアンの主なエアラインの職員数を確認すると、コロナ禍前の職員数の概ね3割程度を削減している。この点がエアラインの供給量の回復が急速には進まない一因である。また、航空運賃も国際線においては高止まりをしていることが指摘されており、マレーシアの事例をみるとデータ的にも国際線の運賃が2020年第2四半期から高騰し、それが継続している。したがって、航空運賃の高止まりも、アセアンの国際市場の回復遅れの一因となっている。

(3)まとめ
 以上をまとめると、アセアンのエアラインの変遷と戦略の分析から読み取れることは、① アセアンの主なエアラインではポートフォリオ戦略の一環としてFSCもLCCもクループ内のエアラインの再編やその検討を進めていること、② 航空旅客収入以外の付帯収入増大の追及や非航空ビジネスへの進出の動きが大きくなっていることである。また、コロナ禍からの回復の状況およびその後の回復の見込みに関する分析から推察されることとして、③ コロナ禍からの回復には人材の確保と供給量が課題となっているということである。
 また、日本との関係では、④ 日本はアセアンの動きにある程度の遅れをもって同様な動きが生じているので、私見ながらアセアンのLCCの状況をみると日本も将来的にはLCCのシェアが広がるのではないかとみる。その場合、アセアンでは既に旅客の受容が進んでいるオンライン・アプリなどの日本社会での受容がキーになると思う。

Ⅱ 花岡教授コメントの概要
 発表は、近年のアセアンの航空事情とエアラインの変遷が各種データに基づき丁寧にまとめられている。中でもエアアジア戦略の情報は独自性が際立っている。次のステップとして,データ集計だけでなく、統計的手法等を伴った戦略効果や政策インパクトなどを分析するとより充実した研究になる。
 発表を補足するとアセアンLCCの特徴は、中間所得層のニーズとの一致、短距離路線の設定が容易な地域サイズ、AirAsia CEOのTony Fernandes氏の卓越した経営ビジョン、地域連合と域内航空自由化政策の連動をあげることができる。アセアン連動の話はアセアン経済共同体との結びつきが強く、欧州と異なり第5の自由までしか認められていないことから自国以外にLCC合弁会社を設けている点がアセアンLCCの特徴の一つである。
 併せて東京工業大学の杉下助教との共同研究として最近行ったアセアン地域の中心性分析の簡易分析結果を紹介する。媒介中心性は航空ネットワーク上のハブ空港としての優位性(その可能性)を示すと解釈でき、その結果、バンコクは1都市2空港(BKK、DMK)のため相対的に低数値(重複路線がそれほど多くない可能性)であり、スカルノハッタ(CGK)とマニラ(MNL)は国際と国内ネットワークの乗継空港として優位性が、また、チャンギ(SIN)は東アジアのネットワークが相対的に弱いといったことが分かる。

Ⅲ ディスカッションの概要
花岡教授;エアアジアが新たなビジネスに取り組むことになった理由をもう少し聞きたい。
山下主任研究員:新たなビジネスに取り組む理由について多少強引な仮説を設けてヒアリングを行ったところ、結論としては、航空事業を行う上で得られた(顧客情報などの)様々なデータの活用というビジネス上の自然な展開との回答であった。同社は2008年に航空機燃料高騰に対するリスクヘッジ策を講じたが、その後の急激な航空機燃料下落に伴いヘッジ策が裏目に出て大きな負債を被った。その際に付属収入が負債のカバーに貢献したことから航空旅客収入以外の付帯収入の重要性がそこから認識され始めた。近年ではその延長として蓄積データを活用した新たなビジネスへの進出が自然の流れとして生じたものとのことであった。

山内所長:日本のエアラインの課題は従来から航空輸送収入のみに頼ってきた一本足打法にあり、コロナ禍の影響で一段とそのような取り組みが重要となってきている。<br> 
 一方、花岡教授の説明を聞くと、新たなビジネス展開によってポートフォリオ戦略を展開するのと同様、ハブを複数化するとか路線展開することもポートフォリオ戦略の一環と理解できると思った。エアアジアなど複数の国に展開しているエアラインについて、どのように思っているか。
山下主任研究員: エアアジアなど複数の国で統一的なブランドで運航しているところに意味があり、新たなビジネスへの進出も統一的なブランドの下で展開している、そのような統一ブランド戦略に大きな魅力があると思う。
花岡教授: 山内所長の話を聞くまで路線展開がポートフォリオ戦略の一環との認識はなかったが、言われてみればそう捉えることもできる。統一ブランドでの運航については、国籍の色が無いエアラインと表現したところであるが、同社は誰でも飛べる(Now Everyone Can Fly)ことを標語に掲げ、更にどこからでも飛べるという戦略をとっており、様々な制約がある中で統一的なブランドを上手く使っているのではないか。

山内所長:20年ぐらい前に日中韓航空共同体の議論をしていたことがあるが、現在の政治情勢を考えると実現の可能性は厳しい。しかし、欧州には欧州の統一市場があり、東南アジアにはアセアンの統一市場がある中で、東アジアに位置する日本は、どのように対応すればよいと思うか。
花岡教授:航空市場は経済連合との結びつきが強い。日本の場合、地理的に近隣の東部・南部には海しかなく路線が設定できないので、東アジアとして考えるのではなく、APECなど大きな経済圏の中での航空市場を考える必要があるのではないか。

Ⅳ Q&A (主な質疑応答)の概要
Q:中長距離路線ではLCCの効果が出しにくいとされる中、短中距離のエアアジアと中長距離のエアアジアXとの関係をどのようにみればよいのか。
山下主任研究員:エアアジアとエアアジアXはシスターカンパニーであり、既に短中距離路線のエアアジアがバンコクやクアラルンプールをハブとして旅客を集め、中長距離路線を運航するエアアジアXがそれらの旅客を遠方に運んでいる。そのような運航を統一ブランドで行っているところに意味があると思う。
花岡教授:山下主任研究員の説明のとおりで、さらに急速に経済が発展している東南アジアの中長距離需要を取りこぼしたくないとの意識もあるので、エアアジアXは維持されるのではないか。

山内所長:ワシントン事務所が行っている米国の航空産業に関する定点観測の話題では、FSCとLCCが近年接近してきているというものである。一方、コロナ禍によって大きな環境の変化が生じた。そのような中でLCCのビジネスモデルも変化するのではないかと思われ、そのような視点で今後のエアラインビジネスをみていく必要があると思う。

Q:LCC専用ターミナルがアセアンで定着しなかった理由は何か。
山下主任研究員:空港当局としては空港処理能力の増大を求められているものの、整備財源が限られる中で収益の低いLCC専用ターミナルを別途整備するよりも、FSC、LCCが共に利用できるターミナルを整備することで対応したいとの考えに基づくものである。

Q:アセアンエアラインの脱炭素に関する状況はどうなっているか。
山下主任研究員:アセアンのエアラインは環境問題に関する取組を年次報告書などに掲げており、脱炭素の関係では燃焼効率の良い航空機の導入やSAFの導入などが強く打ち出されている。
山内所長:アセアンのエアラインは、例えば、脱炭素クレジットをアセアン域内で調達できるなど有利な立場で取り組むことができるのではないかと想像する。

Q:中心線分析を踏まえ、東南アジアの空港競争をどうみるか。中心性分析を東アジアに適用する予定はあるか。
花岡教授:東南アジアの主要ハブ空港の簡易分析を行ったが、地域の空港の特性を把握可能で拡張性があり、トランジット空港の優位性も分析できると考えている。東アジアも是非ともやってみたい。

Q:中心線分析で旅行目的などの航空旅客の特性を分析することは可能か。
花岡教授:中心性分析はネットワークの特性を解釈するものなので、旅客の特性を分析することは難しい。
山内所長:空港の持つ特性をあらかじめ特定した上で分析すれば、旅客特性の分析も可能かもしれないので、新たな論文の分析視点として検討してもらえば良いのではないか。

(以上)