研究報告会 2023年度冬(第54回)
- 研究報告会
- 鉄道・TOD
- 物流・ロジスティックス
日時 | 2024/1/29(月)13:30~16:50 |
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会場・開催形式 | 運輸総合研究所2階会議室 (及びオンライン開催(Zoomウェビナー)) |
開催回 | 第54回 |
テーマ・ プログラム |
報告1「観光資源としての鉄道の存在意義 ―観光資源化へ向けた取組みと効果―」 武藤 雅威 運輸総合研究所 主任研究員 コメンテーター 西藤 真一 桃山学院大学 経営学部経営学科 教授 討論・質疑応答 報告2「コンテナターミナルにおける海と陸の情報連携 ―東南アジアでのデジタル活用事例を踏まえ―」 大森 孝生 運輸総合研究所 特任研究員 コメンテーター: 石黒 一彦 神戸大学大学院 海事科学研究科 准教授 討論・質疑応答 (討論・質疑応答)モデレーター 屋井 鉄雄 運輸総合研究所 所長 |
開催概要
主なSDGs関連項目報告1
報告2
プログラム
開会挨拶 | |
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報告1 | |
コメント | |
回答 |
西藤先生のコメントに対する回答 |
報告2 | |
コメント | |
回答 |
石黒先生のコメントに対する回答
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モデレーター・閉会挨拶 |
屋井 鉄雄 運輸総合研究所 所長 |
当日の結果
【報告1】
観光資源としての鉄道の存在意義 ―観光資源化へ向けた取組みと効果―
報 告:武藤雅威 MUTO, Masai 一般財団法人運輸総合研究所 主任研究員
コメンテーター:西藤真一 SAITO, Shinichi 桃山学院大学経営学部経営学科 教授
〇研究の概要
1.背景と目的
日本には営業路線,廃止路線を問わず,鉄道車両(レストラン列車,動態・静態保存等),インフラ(歴史的・技術的価値のある土木構造物,廃線跡等),駅(動物駅長,秘境駅等),沿線風景(撮影スポット等)にまつわる鉄道観光資源が数多く存在する.いわゆるメジャーな鉄道観光資源である観光列車以外の,秘境駅や廃線跡等のマイナーな鉄道観光資源により,オールドファン等の潜在的な観光需要を掘り起こすことが地域活性化策の一案とも考えられる.本研究ではマイナーな鉄道観光資源に焦点を当て,“資源化により地域の活性化が図られるのか(どのように図るのか)?”,“自治体や地域はどのように観光資源として活用すべきか?”を考察して,これらの鉄道観光資源としての存在意義を改めて評価し,地域の鉄道ならびに地域社会の活性化に向けた有益な情報を提供することを目的とする.
2.鉄道観光資源化に向けた取り組み事例
秘境駅,撮影スポット,鉄道遺構の鉄道観光資源化に積極的に取り組んでいる自治体や地元の関連団体の方々に対するヒアリング調査を実施した.
1)秘境駅~JR小幌駅
JR室蘭本線の小幌駅(図1)は,三方が山に囲まれた狭い平地に小さなホームがあるだけの駅で,周囲に民家はなく,鉄道以外のアクセスが極めて困難な場所に立地する.地元の豊浦町がこの観光資源化を進めてきた.鉄道書籍「秘境駅へ行こう!」で同駅が取り上げられた一方で,2015年には利用実績が乏しくコスト削減のため,JR北海道から町へ駅廃止の意向が伝えられた.そこで町長の決断で,町で駅を保存する意思を固めた.JRが示した年間の必要維持費は百数十万円だが,町へのふるさと納税「小幌駅存続応援基金」で集めた基金でその保存・管理財源の全額を確保している.町は現地にトイレを設置,ホームに鉄板を敷く等の整備事業を実施した.日常管理として清掃や除草等の軽作業をシルバー人材活用センターへ委託,多客期には警備員を配置,冬季には除雪を行っており,これらは地元の雇用対策としての効果がある.ホーム上の監視カメラでAIを活用したシステムにより来訪者数を自動カウントしており,鉄道マニアのみならず家族連れやアジアからの訪日客等,年間3千人ほどの来訪者がある.“人口3千5百人程度のこの町に,年間3千人も訪れる貴重な観光資源”との思いのもと,町では精力的に保存・誘客活動を行っている.
(図1)JR小幌駅
2)撮影スポット~JR只見線只見川第一橋梁
図2は第一只見川橋梁を俯瞰できるビューポイントから撮影した写真である.この撮影スポットへの道は元々,電力会社の鉄塔点検用通路であったが,地元の三島町が遊歩道として整備,階段や柵,ベンチ,本数の少ない只見線の通過時刻を示した案内板を現地に設置した.コロナ禍初期までは,只見線撮影の目的で台湾等からこの撮影スポットへ多くの訪日客が詰めかけた.台北駅で「雪景色を走る只見線列車」の巨大懸垂幕が掲げられて評判となり,台湾からのブロガーの招聘やSNSで情報を発信・拡散させたことが大きな効果となった.地元は来訪者に伴う地域活性化を図るべく,その環境整備とPR活動を精力的に行っている.
(図2)第一只見川橋梁を渡る只見線列車
3)鉄道遺構~広浜鉄道今福未成線
広浜鉄道今福未成線は広島と浜田を結ぶ都市間鉄道として着工後,二度の工事中断(戦中,国鉄末期)で営業線に至らず未成線となり,トンネルや橋梁等の遺構が残存している. 地元の浜田市では知る人ぞ知る存在であったが,2008年に今福線のコンクリートアーチ橋群(図3)が土木学会の選奨土木遺産に認定されて,地域の宝と認識された.その後,市長も関心を抱き,2015年には「広浜鉄道今福線を活かすシンポジウム」を開催し,今福線を活かす連絡協議会(支援団体)を設立,今日まで継続的な活動を行っている.主なトンネルや橋梁は市の普通財産(特定の行政目的に用いられるものでない財産)であり,予算をとった維持・管理をしていない.市から連絡協議会へ管理活動のために年間数十万円の補助金を交付している.PR活動として,ガイドの会結成,旅行会社によるツアー企画,ロケ地誘致,地元小学生に対する勉強会を実施している.このように地元の方々が主体となり,限られた予算内で施設保全や安全対策等の環境整備,観光案内の活動を精力的に行っている.
(図3)今福線コンクリートアーチ橋
3.鉄道観光資源化から観光PR活動展開への過程
マイナーな鉄道観光資源の資源化から観光PR活動展開へ至る過程を図4に示す.発掘のきっかけとしては地元提案型もあるが,鉄道書籍への掲載を含めてその価値を見出す鉄道ファンの力が大きい.映画ロケやアニメ聖地化等により名所となる事例もある.マイナーな鉄道観光資源の秘めた価値に地元は気づきにくく,外部の人から評価され発掘されることが多い.観光資源化に向けては地元住民の協力や首長の賛同が要件で,それから資源化整備へと進む.PR活動として観光協会等が主導してHP掲載やイベント開催等が行われる.また日常管理として除草,樹木伐採,獣害対策,多客期警備等が施される.特に鉄道遺構では年々と朽ちていく姿も観光資源とみなし,現物のままで来訪者に見てもらうという資源保存の考え方が一般的である.財源としては,自治体の一般財源の投入もあるが,鉄道遺構のような普通財産には保全費用を支出しにくい.ふるさと納税の使い道の選択肢にあげれば大きな収入効果がある.ガバメントクラウドファンディングで廃線跡でのトロッコ列車の運営費を確保した例がある.グッズ販売は一般のファンを増やす効果がある.
(図4)観光資源化から観光PR活動展開へ至る過程
4.まとめ
本研究では,鉄道施設・風景・遺構等に対して,観光資源としての存在意義を見出して,地域活性化につなげているベストプラクティスを把握した.観光客来訪に伴う直接的な効果以外にも地域活性化につながる副次的な効果も大きく,雇用・活動機会の創出(シルバー人材活用やボランティア活動)があり,学校教育では郷土史の教材として扱われ,ソーシャルキャピタルとして地域コミュニケーションや郷土愛の形成,まちの知名度アップにつながっている.自治体が主導するも,地域住民参加型の取り組みで活性化が図られていることが明らかとなった.鉄道観光資源としての活用法については,資源化に際しては歴史や経緯等のストーリー性を持たせ,来訪者に「自分なりの楽しみ方」を見出させる観光資源づくりに努めることが肝要と考える.SNSでの口コミや「映える」映像・画像を用いたPRが有効で,メジャーな観光資源にはない独自の魅力をいかに広く伝えるかが課題と考える.
〇研究報告へのコメントと回答
【コメント】本研究は,インフラの観光資源に注目している点,観光資源としての有用性を検討している点,観光資源化のプロセス/ステークホルダーの関係を調べている点に意義がある.「マイナーな観光資源」をどのように価値づけるか?今後の研究に向けた視点としての知見を問いたい.
【回答】まさにこれからの研究課題であるが,観光が地域にもたらす効果として,観光客来訪に伴う経済効果の他に,雇用の創出,地域まちづくりが進むこと,地域ブランディング,交流の拡大等があるものと考えている.メジャーな観光資源ほどではないものの,その地域にとっては大きく,かけがえのないものと評価できるほどの効果を生み出すことがある.このようなマイナーな鉄道観光資源の価値を見出す研究を深度化させていきたい.
<報告1の様子>
【報告2】
コンテナターミナルにおける海と陸の情報連携 ―東南アジアでのデジタル活用事例を踏まえ―
報 告:大森孝生 OMORI, Takao 一般財団法人運輸総合研究所 特任研究員
コメンテーター:石黒和彦 ISHIGURO,Kazuhiko 神戸大学大学院海事科学研究科 准教授
〇研究の概要
1.背景と目的
港湾運営においては、海と陸の輸送手段を効率良く繋ぐことが社会命題であり、貿易を支える競争力の源泉である.しかしながら、国際船舶に提供する海側の荷役業務には統一基準がある一方、トラック輸送や物流インフラとの連携など陸側業務は、地域個別の仕組みとなっている.
海外10数拠点での港湾運営経験も踏まえ、本研究では海外コンテナターミナルでのデジタル活用事例を評価しつつ、同施策を推進する運営組織の位置づけに着目、データ活用による効率化を推進する原動力となっている事例を共有する.
陸側のトラック属性データを解析することにより荷主の利便性を高め、ターミナル資産の効率的な活用に資する施策は大手グローバル港湾オペレータでも模索中であり、具体的なデータの活用方法を提言する.
2.海外コンテナターミナルでの陸側情報の活用事例
コンテナターミナルは海側・陸側の異なる輸送手段を物理的につなぎ、輸出入プロセスに係る情報の結節点.コンテナの通過点が貿易決済のトリガーとなり、所有権が移転される重要なポイントでもある.海側と陸側のデータ格差について整理すると下記の通り.
ターミナルの運営コスト削減に向けて、海(岸壁)側の効率化施策やKPIはほぼ明確になっている一方、下記陸側情報の活用による経費削減や資産の効率活用は、発展途上である.
(1) 長期滞留貨物の滞留日数や理由を分析し、荷主と連携して貨物の追い出しを図り、ヤードの有効活用=投資額削減、時期の調整
(2) トラック入構から始まる構内作業のプロセスに対しては、ゲート予約によって作業量の予測や標準化
(3) 降ろし取りの発生要因を解析、支援策の構築により入出構トラックの空車率を削減、結果、混雑緩和、CO2排出低減 など.
アジア国際玄関港でも、陸側トラック情報の活用が始まっている.例えば、インドネシアでは、タンジュン・プリオク地区に出入りする22,000台のトラックID及び所属企業のデータベースがターミナル側に開示.全ターミナルの入構プロセスにトラックIDがデジタル情報として活用され、QRコードによるゲート無人化、支払センターのペーパーレス化が実行済.2023年1月には内陸デポ発着、大手トラック企業貨物を対象に、ゲート予約システムの実証が行われた.「降ろし取り」促進によるトラック台数削減、渋滞・環境負荷減を狙うターミナルもある.インドネシアに限らず、海外の発展途上にある港湾では、貨物数量の伸びに物流インフラのキャパが追いついていない為、貨物の滞留時間短縮が大命題.滞留時間を短くする為、保管料タリフ値上げが実行されているターミナルもある。
インドでは、第三セクターにより、コンテナの陸側情報を提供する有料サービスが2016年から開始された.現在、28の国際ターミナルで手作業によりコンテナにRFIDを取り付け、読取場所は内陸デポ、鉄道ゲート、高速料金所など500か所以上. 各ポイントでコンテナ通過情報を蓄積、港湾地域、各ターミナル、内陸デポのコンテナ滞留時間、輸送モード別数量が公表され、荷主の輸送ルート選択に寄与し、ターミナルのパフォーマンス改善を促すきっかけになっている。
3.海外コンテナターミナルの収入源と運営組織の特徴
ターミナルが主体的にデジタル活用による荷主利便性の向上、業務効率化を推進する要因のひとつとして、収入源に関する運営組織の特徴があげられる.日本のターミナル運営者の収入源は、ほぼ船会社からである一方、海外の一部ターミナルでは、ヤード作業・保管料を荷主・フォワーダーから直接収受する構造となっており、大きく二つに分類される.
グループA:1960年代から国際コンテナ化が始まった北米及び日本、物流の需給地が内陸部に存在することによりコンテナ鉄道輸送が主流である国(例:中国)
グループB:1980年代以降、ターミナル民営化の過程で、現地資本の船会社代理店や大手ターミナルオペレータが、ヤード側保管・作業料を荷主やフォワーダーから直接収受する仕組みを構築してきたアセアン(例:シンガポール、ベトナム、タイ、マレーシア、インドネシア)、アフリカ(例:アルジェリア)、中東(例:サウジアラビア)、中南米(例:メキシコ)、欧州(例:イタリア)やインド各国の一部コンテナターミナル
インドネシア国営港湾公社(Pelindo)は、国内100か所以上の港湾・ターミナルを運営、多様な収入源をより強固にし、荷主の利便性を高めるため2021年10月に4つの地域現法を統一、機能別グループへと再編。国営企業省傘下ながら収益企業としての位置づけを明確にし、統合後の総資産約1兆円、税後損益約360億円(2022年度)-対前年比23%増。 統合効果の創出に向けて、
•会計・業務システムを統合、港湾運営に係るKPIを統一し、各ターミナルの効率的な運営事例を共有、港湾地区での貨物滞留時間を徹底的に短縮
•港湾を支えるインフラ(高速道路・物流団地・関連サービス)への投資・運営
•インドネシア全体を見据えた最適なハブ&スポークをデザインし、荷役機器を再配分・最適配置
•デジタル化推進組織の統合と基盤づくりを推進し、データのシングルインプットを進め、人材育成と拠点間でのノウハウ共有、を推進中。
4.ユーザーの利便性を高めるための施策
米国ロスアンゼルス港は日本と同様各ターミナルのオペレータが異なり、収入源をほぼ船会社に求めるターミナル群.コロナ禍では、労働力不足による港湾機能の低下、沖合での滞船増により貨物が滞留. 物量(需要)と施設・インフラ(供給)のギャップがデータで把握しきれなかったことから、2017年に運用を始めたPort Optimizerの機能を強化・拡大.船会社、ターミナル、鉄道・トラック事業者から荷主の利便性向上や港湾内資産の活性化に資するデータを入手・解析し、公開. 荷主・フォワーダーは、港湾全体の稼働状況、トラック滞留時間、翌々週までの数量予測を参考に、貨物の引取スケジュールを調整できる.
5.コンテナターミナルの資産を効率よく活用するために
海外での港湾運営経験と本研究を踏まえ、データ活用を促す組織設計・人的リソースとして、荷主やフォワーダーとの直接の取引関係により顧客ニーズを把握すること、コンテナの中身に興味を持つ人材や業務効率化・情報連携を進めるIT人材の育成、ターミナル毎のオペレーションKPIを比較し、ベストプラクティスを共有していくこと、があげられる。所属構成員のデジタル活用への意識を高め、気づきを促す効果も大きい.
日本では、2021年より国土交通省主導により、CONPAS及びCyberPortの導入が進んでいる.
海側データ(本船停泊時間、取扱コンテナ本数)だけでなく、上記共通の情報基盤からも得られる陸側データ(コンテナ滞留時間、トラック入出構時間、貨物・コンテナ種類、内陸コンテナ輸送パターン及びPSカードデータ)活用により、次のような解析と効果が期待できる。
(1)輸出入コンテナ数量,滞留時間,コンテナ引取トラック実績の推移・関連性分析→将来予測への活用
(2)「降ろし取り」推進による入出構車両数削減,CO2排出低減,ゲート予約による作業平準化
(3)コンテナターミナル毎に異なる実入り・空コンテナの搬出入手順や時間を評価→標準化への第一歩
6.まとめ
荷主・フォワーダーとの直接の取引がある海外のターミナルでは、顧客ニーズが把握しやすい.また、収益事業としての位置づけが明確な運営事業体も多く、作業効率化やコスト削減に向けた施策が常に実行されている.
海側データに加え、陸側データを解析することで、既存の資産を効率よく活用する施策の定量評価が可能となり、荷主の利便性及び港湾の生産性向上に資するものと考える.
〇研究報告へのコメントと回答
【コメント】
日本のコンテナターミナルにおける陸側情報活用は、始まったばかりである.
港湾の効率化とサプライチェーン全体の効率化をいかに両立していくべきか.
【回答】
荷主に対する利便性向上と港湾の運営・投資コストの最適化をバランスよく進めるには、個別ターミナル、港全体、地域全体での物流マクロデータの把握とデータ解析がカギとなる。コンテナターミナル又はトラック事業者の方々に負荷のかからないデータ蓄積を通じ、 「商品の販売動向を見据え、輸送日数の差や、主要物流インフラでの貨物の滞留度合いも勘案し、輸送モードを選択する」という、荷主のニーズに応えていく必要あり.
港湾は異なる輸送手段の結節点.荷主の利便性向上と港湾資産の効率化を達成に向けて、直接・間接のデータを取得・解析できる重要なポイントであり,サプライチェーン効率化に資するインフラである.
<報告2の様子>
本研究成果は、当研究所の発行する機関誌「運輸政策研究」に「研究報告」として掲載しています。
観光資源としての鉄道の存在意義 ―観光資源化へ向けた取組みと効果―
コンテナターミナルにおける海と陸の情報連携 ―東南アジアでのデジタル活用事例を踏まえ―
観光資源としての鉄道の存在意義 ―観光資源化へ向けた取組みと効果―
報 告:武藤雅威 MUTO, Masai 一般財団法人運輸総合研究所 主任研究員
コメンテーター:西藤真一 SAITO, Shinichi 桃山学院大学経営学部経営学科 教授
〇研究の概要
1.背景と目的
日本には営業路線,廃止路線を問わず,鉄道車両(レストラン列車,動態・静態保存等),インフラ(歴史的・技術的価値のある土木構造物,廃線跡等),駅(動物駅長,秘境駅等),沿線風景(撮影スポット等)にまつわる鉄道観光資源が数多く存在する.いわゆるメジャーな鉄道観光資源である観光列車以外の,秘境駅や廃線跡等のマイナーな鉄道観光資源により,オールドファン等の潜在的な観光需要を掘り起こすことが地域活性化策の一案とも考えられる.本研究ではマイナーな鉄道観光資源に焦点を当て,“資源化により地域の活性化が図られるのか(どのように図るのか)?”,“自治体や地域はどのように観光資源として活用すべきか?”を考察して,これらの鉄道観光資源としての存在意義を改めて評価し,地域の鉄道ならびに地域社会の活性化に向けた有益な情報を提供することを目的とする.
2.鉄道観光資源化に向けた取り組み事例
秘境駅,撮影スポット,鉄道遺構の鉄道観光資源化に積極的に取り組んでいる自治体や地元の関連団体の方々に対するヒアリング調査を実施した.
1)秘境駅~JR小幌駅
JR室蘭本線の小幌駅(図1)は,三方が山に囲まれた狭い平地に小さなホームがあるだけの駅で,周囲に民家はなく,鉄道以外のアクセスが極めて困難な場所に立地する.地元の豊浦町がこの観光資源化を進めてきた.鉄道書籍「秘境駅へ行こう!」で同駅が取り上げられた一方で,2015年には利用実績が乏しくコスト削減のため,JR北海道から町へ駅廃止の意向が伝えられた.そこで町長の決断で,町で駅を保存する意思を固めた.JRが示した年間の必要維持費は百数十万円だが,町へのふるさと納税「小幌駅存続応援基金」で集めた基金でその保存・管理財源の全額を確保している.町は現地にトイレを設置,ホームに鉄板を敷く等の整備事業を実施した.日常管理として清掃や除草等の軽作業をシルバー人材活用センターへ委託,多客期には警備員を配置,冬季には除雪を行っており,これらは地元の雇用対策としての効果がある.ホーム上の監視カメラでAIを活用したシステムにより来訪者数を自動カウントしており,鉄道マニアのみならず家族連れやアジアからの訪日客等,年間3千人ほどの来訪者がある.“人口3千5百人程度のこの町に,年間3千人も訪れる貴重な観光資源”との思いのもと,町では精力的に保存・誘客活動を行っている.
(図1)JR小幌駅
2)撮影スポット~JR只見線只見川第一橋梁
図2は第一只見川橋梁を俯瞰できるビューポイントから撮影した写真である.この撮影スポットへの道は元々,電力会社の鉄塔点検用通路であったが,地元の三島町が遊歩道として整備,階段や柵,ベンチ,本数の少ない只見線の通過時刻を示した案内板を現地に設置した.コロナ禍初期までは,只見線撮影の目的で台湾等からこの撮影スポットへ多くの訪日客が詰めかけた.台北駅で「雪景色を走る只見線列車」の巨大懸垂幕が掲げられて評判となり,台湾からのブロガーの招聘やSNSで情報を発信・拡散させたことが大きな効果となった.地元は来訪者に伴う地域活性化を図るべく,その環境整備とPR活動を精力的に行っている.
(図2)第一只見川橋梁を渡る只見線列車
3)鉄道遺構~広浜鉄道今福未成線
広浜鉄道今福未成線は広島と浜田を結ぶ都市間鉄道として着工後,二度の工事中断(戦中,国鉄末期)で営業線に至らず未成線となり,トンネルや橋梁等の遺構が残存している. 地元の浜田市では知る人ぞ知る存在であったが,2008年に今福線のコンクリートアーチ橋群(図3)が土木学会の選奨土木遺産に認定されて,地域の宝と認識された.その後,市長も関心を抱き,2015年には「広浜鉄道今福線を活かすシンポジウム」を開催し,今福線を活かす連絡協議会(支援団体)を設立,今日まで継続的な活動を行っている.主なトンネルや橋梁は市の普通財産(特定の行政目的に用いられるものでない財産)であり,予算をとった維持・管理をしていない.市から連絡協議会へ管理活動のために年間数十万円の補助金を交付している.PR活動として,ガイドの会結成,旅行会社によるツアー企画,ロケ地誘致,地元小学生に対する勉強会を実施している.このように地元の方々が主体となり,限られた予算内で施設保全や安全対策等の環境整備,観光案内の活動を精力的に行っている.
(図3)今福線コンクリートアーチ橋
3.鉄道観光資源化から観光PR活動展開への過程
マイナーな鉄道観光資源の資源化から観光PR活動展開へ至る過程を図4に示す.発掘のきっかけとしては地元提案型もあるが,鉄道書籍への掲載を含めてその価値を見出す鉄道ファンの力が大きい.映画ロケやアニメ聖地化等により名所となる事例もある.マイナーな鉄道観光資源の秘めた価値に地元は気づきにくく,外部の人から評価され発掘されることが多い.観光資源化に向けては地元住民の協力や首長の賛同が要件で,それから資源化整備へと進む.PR活動として観光協会等が主導してHP掲載やイベント開催等が行われる.また日常管理として除草,樹木伐採,獣害対策,多客期警備等が施される.特に鉄道遺構では年々と朽ちていく姿も観光資源とみなし,現物のままで来訪者に見てもらうという資源保存の考え方が一般的である.財源としては,自治体の一般財源の投入もあるが,鉄道遺構のような普通財産には保全費用を支出しにくい.ふるさと納税の使い道の選択肢にあげれば大きな収入効果がある.ガバメントクラウドファンディングで廃線跡でのトロッコ列車の運営費を確保した例がある.グッズ販売は一般のファンを増やす効果がある.
(図4)観光資源化から観光PR活動展開へ至る過程
4.まとめ
本研究では,鉄道施設・風景・遺構等に対して,観光資源としての存在意義を見出して,地域活性化につなげているベストプラクティスを把握した.観光客来訪に伴う直接的な効果以外にも地域活性化につながる副次的な効果も大きく,雇用・活動機会の創出(シルバー人材活用やボランティア活動)があり,学校教育では郷土史の教材として扱われ,ソーシャルキャピタルとして地域コミュニケーションや郷土愛の形成,まちの知名度アップにつながっている.自治体が主導するも,地域住民参加型の取り組みで活性化が図られていることが明らかとなった.鉄道観光資源としての活用法については,資源化に際しては歴史や経緯等のストーリー性を持たせ,来訪者に「自分なりの楽しみ方」を見出させる観光資源づくりに努めることが肝要と考える.SNSでの口コミや「映える」映像・画像を用いたPRが有効で,メジャーな観光資源にはない独自の魅力をいかに広く伝えるかが課題と考える.
〇研究報告へのコメントと回答
【コメント】本研究は,インフラの観光資源に注目している点,観光資源としての有用性を検討している点,観光資源化のプロセス/ステークホルダーの関係を調べている点に意義がある.「マイナーな観光資源」をどのように価値づけるか?今後の研究に向けた視点としての知見を問いたい.
【回答】まさにこれからの研究課題であるが,観光が地域にもたらす効果として,観光客来訪に伴う経済効果の他に,雇用の創出,地域まちづくりが進むこと,地域ブランディング,交流の拡大等があるものと考えている.メジャーな観光資源ほどではないものの,その地域にとっては大きく,かけがえのないものと評価できるほどの効果を生み出すことがある.このようなマイナーな鉄道観光資源の価値を見出す研究を深度化させていきたい.
<報告1の様子>
【報告2】
コンテナターミナルにおける海と陸の情報連携 ―東南アジアでのデジタル活用事例を踏まえ―
報 告:大森孝生 OMORI, Takao 一般財団法人運輸総合研究所 特任研究員
コメンテーター:石黒和彦 ISHIGURO,Kazuhiko 神戸大学大学院海事科学研究科 准教授
〇研究の概要
1.背景と目的
港湾運営においては、海と陸の輸送手段を効率良く繋ぐことが社会命題であり、貿易を支える競争力の源泉である.しかしながら、国際船舶に提供する海側の荷役業務には統一基準がある一方、トラック輸送や物流インフラとの連携など陸側業務は、地域個別の仕組みとなっている.
海外10数拠点での港湾運営経験も踏まえ、本研究では海外コンテナターミナルでのデジタル活用事例を評価しつつ、同施策を推進する運営組織の位置づけに着目、データ活用による効率化を推進する原動力となっている事例を共有する.
陸側のトラック属性データを解析することにより荷主の利便性を高め、ターミナル資産の効率的な活用に資する施策は大手グローバル港湾オペレータでも模索中であり、具体的なデータの活用方法を提言する.
2.海外コンテナターミナルでの陸側情報の活用事例
コンテナターミナルは海側・陸側の異なる輸送手段を物理的につなぎ、輸出入プロセスに係る情報の結節点.コンテナの通過点が貿易決済のトリガーとなり、所有権が移転される重要なポイントでもある.海側と陸側のデータ格差について整理すると下記の通り.
ターミナルの運営コスト削減に向けて、海(岸壁)側の効率化施策やKPIはほぼ明確になっている一方、下記陸側情報の活用による経費削減や資産の効率活用は、発展途上である.
(1) 長期滞留貨物の滞留日数や理由を分析し、荷主と連携して貨物の追い出しを図り、ヤードの有効活用=投資額削減、時期の調整
(2) トラック入構から始まる構内作業のプロセスに対しては、ゲート予約によって作業量の予測や標準化
(3) 降ろし取りの発生要因を解析、支援策の構築により入出構トラックの空車率を削減、結果、混雑緩和、CO2排出低減 など.
アジア国際玄関港でも、陸側トラック情報の活用が始まっている.例えば、インドネシアでは、タンジュン・プリオク地区に出入りする22,000台のトラックID及び所属企業のデータベースがターミナル側に開示.全ターミナルの入構プロセスにトラックIDがデジタル情報として活用され、QRコードによるゲート無人化、支払センターのペーパーレス化が実行済.2023年1月には内陸デポ発着、大手トラック企業貨物を対象に、ゲート予約システムの実証が行われた.「降ろし取り」促進によるトラック台数削減、渋滞・環境負荷減を狙うターミナルもある.インドネシアに限らず、海外の発展途上にある港湾では、貨物数量の伸びに物流インフラのキャパが追いついていない為、貨物の滞留時間短縮が大命題.滞留時間を短くする為、保管料タリフ値上げが実行されているターミナルもある。
インドでは、第三セクターにより、コンテナの陸側情報を提供する有料サービスが2016年から開始された.現在、28の国際ターミナルで手作業によりコンテナにRFIDを取り付け、読取場所は内陸デポ、鉄道ゲート、高速料金所など500か所以上. 各ポイントでコンテナ通過情報を蓄積、港湾地域、各ターミナル、内陸デポのコンテナ滞留時間、輸送モード別数量が公表され、荷主の輸送ルート選択に寄与し、ターミナルのパフォーマンス改善を促すきっかけになっている。
3.海外コンテナターミナルの収入源と運営組織の特徴
ターミナルが主体的にデジタル活用による荷主利便性の向上、業務効率化を推進する要因のひとつとして、収入源に関する運営組織の特徴があげられる.日本のターミナル運営者の収入源は、ほぼ船会社からである一方、海外の一部ターミナルでは、ヤード作業・保管料を荷主・フォワーダーから直接収受する構造となっており、大きく二つに分類される.
グループA:1960年代から国際コンテナ化が始まった北米及び日本、物流の需給地が内陸部に存在することによりコンテナ鉄道輸送が主流である国(例:中国)
グループB:1980年代以降、ターミナル民営化の過程で、現地資本の船会社代理店や大手ターミナルオペレータが、ヤード側保管・作業料を荷主やフォワーダーから直接収受する仕組みを構築してきたアセアン(例:シンガポール、ベトナム、タイ、マレーシア、インドネシア)、アフリカ(例:アルジェリア)、中東(例:サウジアラビア)、中南米(例:メキシコ)、欧州(例:イタリア)やインド各国の一部コンテナターミナル
インドネシア国営港湾公社(Pelindo)は、国内100か所以上の港湾・ターミナルを運営、多様な収入源をより強固にし、荷主の利便性を高めるため2021年10月に4つの地域現法を統一、機能別グループへと再編。国営企業省傘下ながら収益企業としての位置づけを明確にし、統合後の総資産約1兆円、税後損益約360億円(2022年度)-対前年比23%増。 統合効果の創出に向けて、
•会計・業務システムを統合、港湾運営に係るKPIを統一し、各ターミナルの効率的な運営事例を共有、港湾地区での貨物滞留時間を徹底的に短縮
•港湾を支えるインフラ(高速道路・物流団地・関連サービス)への投資・運営
•インドネシア全体を見据えた最適なハブ&スポークをデザインし、荷役機器を再配分・最適配置
•デジタル化推進組織の統合と基盤づくりを推進し、データのシングルインプットを進め、人材育成と拠点間でのノウハウ共有、を推進中。
4.ユーザーの利便性を高めるための施策
米国ロスアンゼルス港は日本と同様各ターミナルのオペレータが異なり、収入源をほぼ船会社に求めるターミナル群.コロナ禍では、労働力不足による港湾機能の低下、沖合での滞船増により貨物が滞留. 物量(需要)と施設・インフラ(供給)のギャップがデータで把握しきれなかったことから、2017年に運用を始めたPort Optimizerの機能を強化・拡大.船会社、ターミナル、鉄道・トラック事業者から荷主の利便性向上や港湾内資産の活性化に資するデータを入手・解析し、公開. 荷主・フォワーダーは、港湾全体の稼働状況、トラック滞留時間、翌々週までの数量予測を参考に、貨物の引取スケジュールを調整できる.
5.コンテナターミナルの資産を効率よく活用するために
海外での港湾運営経験と本研究を踏まえ、データ活用を促す組織設計・人的リソースとして、荷主やフォワーダーとの直接の取引関係により顧客ニーズを把握すること、コンテナの中身に興味を持つ人材や業務効率化・情報連携を進めるIT人材の育成、ターミナル毎のオペレーションKPIを比較し、ベストプラクティスを共有していくこと、があげられる。所属構成員のデジタル活用への意識を高め、気づきを促す効果も大きい.
日本では、2021年より国土交通省主導により、CONPAS及びCyberPortの導入が進んでいる.
海側データ(本船停泊時間、取扱コンテナ本数)だけでなく、上記共通の情報基盤からも得られる陸側データ(コンテナ滞留時間、トラック入出構時間、貨物・コンテナ種類、内陸コンテナ輸送パターン及びPSカードデータ)活用により、次のような解析と効果が期待できる。
(1)輸出入コンテナ数量,滞留時間,コンテナ引取トラック実績の推移・関連性分析→将来予測への活用
(2)「降ろし取り」推進による入出構車両数削減,CO2排出低減,ゲート予約による作業平準化
(3)コンテナターミナル毎に異なる実入り・空コンテナの搬出入手順や時間を評価→標準化への第一歩
6.まとめ
荷主・フォワーダーとの直接の取引がある海外のターミナルでは、顧客ニーズが把握しやすい.また、収益事業としての位置づけが明確な運営事業体も多く、作業効率化やコスト削減に向けた施策が常に実行されている.
海側データに加え、陸側データを解析することで、既存の資産を効率よく活用する施策の定量評価が可能となり、荷主の利便性及び港湾の生産性向上に資するものと考える.
〇研究報告へのコメントと回答
【コメント】
日本のコンテナターミナルにおける陸側情報活用は、始まったばかりである.
港湾の効率化とサプライチェーン全体の効率化をいかに両立していくべきか.
【回答】
荷主に対する利便性向上と港湾の運営・投資コストの最適化をバランスよく進めるには、個別ターミナル、港全体、地域全体での物流マクロデータの把握とデータ解析がカギとなる。コンテナターミナル又はトラック事業者の方々に負荷のかからないデータ蓄積を通じ、 「商品の販売動向を見据え、輸送日数の差や、主要物流インフラでの貨物の滞留度合いも勘案し、輸送モードを選択する」という、荷主のニーズに応えていく必要あり.
港湾は異なる輸送手段の結節点.荷主の利便性向上と港湾資産の効率化を達成に向けて、直接・間接のデータを取得・解析できる重要なポイントであり,サプライチェーン効率化に資するインフラである.
<報告2の様子>