米国の都市鉄道に迫る“財政の崖”の現状と
その解決に向けた対応

  • 運輸政策コロキウム
  • 総合交通、幹線交通、都市交通
  • 鉄道・TOD

第159回運輸政策コロキウム ~ワシントン・レポートXIX~

Supported by 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION

日時 2024/3/29(金)10:00~12:00
会場・開催形式 運輸総合研究所2階会議室 ( 及び オンライン配信:Zoomウェビナー)
開催回 第159回
テーマ・
プログラム
【発表及びコメント】
 発 表 者   :  岡部 朗人 ワシントン国際問題研究所 研究員
 コメンテーター :  加藤 浩徳 東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻 教授 
                 運輸総合研究所 研究アドバイザー

【ディスカッション】
 コーディネーター:  屋井 鉄雄 運輸総合研究所 所長

開催概要

 パンデミック以降、米国の都市鉄道事業者は「財政の崖(Fiscal Cliff)」と呼ばれる深刻な運営資金不足に直面しており、その状況は現地の大手メディアにおいても鉄道業界の喫緊の課題として大きく取り上げられている。短期的には、州政府からの救済支援により運営を維持することが見込まれるが、一部の州政府では、救済支援の条件として、利用者増大やコスト削減に向けた検討や対策等を課すなど、都市鉄道事業者はより一層の経営改善に取り組むことが求められている。
 本コロキウムでは「財政の崖」に関する最新動向を報告したうえで、その中長期的な解決策の1つとして「民間との連携」に着目した。現在、米国の都市鉄道の多くは公的機関によって運行されているが、今後経営改善を進めるにあたって、民間の知見を活用することが一助となるのかどうか、米国特有の事情も踏まえ、その可能性や課題について言及した。



主なSDGs関連項目

プログラム

開会挨拶
奥田 哲也  運輸総合研究所専務理事<br>       ワシントン国際問題研究所長<br>       アセアン・インド地域事務所長

奥田 哲也  運輸総合研究所専務理事
       ワシントン国際問題研究所長
       アセアン・インド地域事務所長

開会挨拶
発表
岡部 朗人  ワシントン国際問題研究所 研究員

岡部 朗人  ワシントン国際問題研究所 研究員

講演者略歴
講演資料

コメント
加藤 浩徳  東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻 教授 <br>       運輸総合研究所 研究アドバイザー

加藤 浩徳  東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻 教授 
       運輸総合研究所 研究アドバイザー

講演者略歴
講演資料

ディスカッション
コーディネーター:<br>屋井 鉄雄  運輸総合研究所 所長

コーディネーター:
屋井 鉄雄  運輸総合研究所 所長

当日の結果

ワシントン国際問題研究所の岡部研究員から「米国の都市鉄道に迫る「財政の崖」の現状とその解決に向けた対応」というタイトルで発表が行われた。発表のポイントは次のとおり。

■はじめに
〇背景
・米国の都市鉄道事業者は、パンデミック以降、“財政の崖”と呼ばれる運営資金不足に陥っており、その深刻さは大手メディアでも取り上げられている。
・短期的には、州政府からの救済支援により運営を維持することが見込まれるが、一部の州では、その条件として、利用者数増やコスト削減に向けた対策等を義務付け始めており、都市鉄道事業者はより一層の経営改善に取り組むことが求められている。

〇問題意識
・日本や欧州では民間が運行主体となり、民間の創意工夫を活用しながら鉄道運行を進めているケースがあるが、今後米国でも、経営改善を進める一つの手段として、民間に運行を任せていくことが挙げられるのではないか。

〇リサーチクエスチョン
1. そもそも、米国の都市鉄道で民間が運行を担っているケースはあるのか。また、どのようなスキームが主流なのか。
2. 米国においても、民間が運行を担うことによって、都市鉄道の経営を改善した事例があるのか。また、どのように改善したのか。

■米国の都市鉄道の概要
・米国の都市鉄道は、主に環境対策や自動車を持てない経済的弱者層のための交通手段として期待されており、その多くは州政府が設立した公社等によって管理されている。
・運営は州政府等からの補助金に依存しているが、その財政支援方については、国民全体から広く支持されているわけではなく、共和党支持者を中心とした反対派と対立を続けてきた。

■“財政の崖”の現状
・事業者は“財政の崖”と呼ばれる深刻な運営資金不足に陥っている。
・州政府は追加の資金支援を行う一方、(主に補助金反対派に対する)説明責任も果たすため、事業者に利用者数増やコスト削減に向けた対策を義務付け始めた。
・このまま経営改善されない場合、補助金が減額され、都市鉄道サービスの規模が大幅に縮小される可能性もある。
・事業者は一層の経営改善に取り組んで結果を残す必要があり、重要な局面に立たされている。(=潮目の変化)

■都市鉄道の運行スキームに関する基礎情報(リサーチクエスチョン1に対応)
・都市鉄道が「公共事業」として強く位置付けられていることや労働者保護の観点もあり、全体の傾向として、公的機関が直接運行しているケースが多い。
・他方で、通勤鉄道を中心に民間が運行を担っているケースもあり、その多くは「運行委託」型、すなわち公的機関が責任・リスクを負うスキームが主流となっている。

■民間が運行を担うことによる経営改善(リサーチクエスチョン2に対応)
・民間の参入によって、運営資金不足を完全に解決することは難しいものの、北米市場でプレゼンスの高いKeolisの事例からは、彼らの強み(マーケティング・データ分析等)を活かした取組みを推進することで、経営指標を改善している事例が見られた。
・加えて、経営改善の成功には、資金面を中心とした公的機関の継続的なサポートや、民間に(新たな施策を打つ)インセンティブを与える等の工夫も重要ということが伺えた。

■まとめ
・米国の都市鉄道は“財政の崖”といわれる運絵資金不足に陥っており、これまで以上に経営改善を進める必要がある。
・今回の研究では、経営改善を進める一つの手段として、「民間による運行」に着目し、米国の都市鉄道の運行における民間の関与状況やその成果について調査した。
・結果、他国と鉄道の位置づけが異なる米国でも、民間の知見を活用し、一定程度ではあるが経営指標を改善した事例が見られた。
・米国特有の都市鉄道の位置づけや労働者保護の観点も踏まえると、今後、運行を民間に任せていく動きが急速に進む可能性は低いが、定量的な改善結果を出す一つの手段になると考えられる。
・パンデミック以降、米国の都市鉄道事業者を取り巻く環境は厳しくなっているが、この環境変化が、(補助金に依存しすぎない)サステナブルな事業運営を目指す契機となり、今後は、運行スキームの見直し等、より踏み込んだ議論がなされることを期待したい。

その後、東京大学大学院工学系研究科の加藤教授から発表に対するコメントがあり、主にコロナによる都市への影響や運営形態と運営パフォーマンスの関係について、既往研究を用いながら言及がなされた。

最後に視聴者からも質問を受け付け、質疑応答・議論を行った。概要は以下の通り。

【屋井所長】(視聴者からの質問)
米国の鉄道では旅客や鉄道従事員の死傷事故が発生しているが、それは安全投資、安全教育が疎かになっているのではないか。この状況に関し、バジェット側として言えることはあるか。

【岡部研究員】
安全に関しては米国全体での課題である。米国では日々の運営費と別に連邦政府が予算を付けており、連邦政府の安全確保に向けた動きが見受けられる。

【屋井所長】(視聴者からの質問)
日本の鉄道技術であれば、米国におけるサービス品質の問題を改善できると考えたが、オペレーターとして米国市場参入のチャンスはあるか。

【岡部研究員】
オペレーターとして市場参入のチャンスはある。しかし、通勤鉄道と一言で言ってもNYと日本の民鉄は路線範囲が大きく異なり、同じ用途とはいえ性質は異なる。サービス水準では参入の機会はあると考えるが、米国鉄道における規模・位置づけには留意する必要がある。

【屋井所長】(視聴者からの質問)
日本への知見で考えると米国の都市は日本の地方都市並みの人口、人口密度と考えられますが、日本の地方都市に活かせる知見は何かあるか。日本でも地方都市の公共交通は公的補助がなければ維持できないが財政の崖があるのは同様かと思う。

【岡部研究員】
米国に3年間住んで思うことは、米国の鉄道を取り巻く環境は日本の地方鉄道に近いと感じることである。日本でも鉄道の存続や補助金の投入について議論されているが、米国の補助金や鉄道への考え方は日本の地方都市鉄道に対し、示唆を与えられるのではないか。

【屋井所長】(視聴者からの質問)
加藤教授への質問になるが、サービスの質の向上についてはあまり研究が無いとのこと。どういったエビデンス(何を持ってサービスの質を測るか)が今後有用になると考えているか。

【加藤教授】
サービスの質をどう測るかは難しい課題である。岡部研究員の発表では、米国のお客様満足度の指標の一部として「駅・車内の治安」が記載されていた。しかし、治安は米国では重視される指標かもしれないが、現在の日本ではそもそも項目として挙げられない可能性さえある。サービスの質に含まれるべき項目は、その国の背景となっている文化や状況によって異なることが予想される。サービスの質に関する項目が国間や地域間で統一されれば、異なる都市間でサービスの質を比較することが可能になるのかもしれない。また、日本と米国とで直接サービスの質を比較可能になれば、日本の鉄道サービスの質の良さを客観的に米国側に示すことができるのではないか。

【屋井所長】(視聴者からの質問)
運行事業者による沿線開発や沿線価値向上に向けた直接的関与を通して、運賃収入の増加や関連事業収入増が見込めると思うが、米国ではどのように考えているか。運行委託の枠を超える民営化の議論は起こっているのか。

【岡部研究員】
駅周辺開発については、米国の都市鉄道の利用者数を抜本的に増やすためには駅周辺開発とセットで実施していくことが必須と考えている。米国が利用者数減に苦しんでいる本質的な要因はテレワークであると考える。単純に電車を利用する人を増やすのは難しく、駅ビルの開発を通して駅周辺の魅力を挙げ、駅に人を集めるためのインセンティブを作る必要がある。この点において、日本の民鉄がやってきたことが役に立つのではないか。なお、米国の一部の事業者は既に考えており、ワシントンメトロもTODに力を入れていきたいと公表している。しかし、その内容をみると、駐車場を無くしてアパートを建てる、といったこじんまりした印象を受ける。今以上に規模の大きな周辺開発を民間の力を活用しながら進めていくことが良いのではないか、と感じている。

【加藤教授】
テレワークがコロナを通じて普及したことが、鉄道利用者数の減少した原因の一つだが、一方で米国の都市鉄道を利用する人の多くは、中・低所得者層ではないか。仮に現在の主な鉄道利用者が中・低所得者層であるとすると、TODで駅周辺に魅力的な高付加価値のマンションを建てたとしても、彼らにとって魅力的なものかどうか。ワシントンDCにおいてもTODが進められているが、あまり順調ではないと聞いたことがある。鉄道の利用者層の特性がTODの開発に影響を与えている可能性があるか。岡部研究員に教えていただきたい。

【岡部研究員】
影響はあると考えている。先ほど、駐車場を無くしてアパートを建てるというワシントンメトロの例を述べたが、そのアパートの内容を見るとアフォータブルで低所得者層でも入居可能なアパートを建設しており、米国の鉄道利用者層とリンクしていると感じている。

【加藤教授】
商業施設はどうか。駅近に商業施設を建設することは低・中所得者層にとって魅力的なものか。

【岡部研究員】
低所得者層に限って言えば、魅力的とは言い切れない。中所得者層までいれると十分魅力的と言えるのではないか。理由としては、バージニア州にはいくつか商業施設があるがいずれも混雑している状況が見受けられるからである。

【屋井所長】
TODの議論は重要である。サンディエゴのLRTは建設当初、駅周辺に活気がなく治安も良くなかったが、TOD型で再開発し、駅の上にコンドミニアムや駅周辺に住宅を建てた結果、治安や駅周辺の環境が良くなった。

【屋井所長】
米国の都市鉄道がおかれている状況を踏まえ、如何に対応していくかは重要であるが、特殊な事情があることを外してはいけない。米国では各都市圏が交通の将来計画や長期計画を持つ法制度が古くから定着している。
その制度は過去に高速道路の整備を進めた結果、都心部が分断されてしまい、交通弱者の移動が困難となったことから、交通手段確保のために公共交通を整備すること等を背景に強化されてきた。地域の将来や鉄道、バス等の各交通モードの在り方、土地利用等について計画されているものであり、現在は2040年、2050年を見据え、鉄軌道の整備計画や運営計画も含んでいる。それらを知ったうえでビジネスを検討することが大事であろう。

(以上)