東南・南アジアにおける高速鉄道の整備スキームに関する分析
- 運輸政策コロキウム
- 総合交通、幹線交通、都市交通
- 鉄道・TOD
第158回運輸政策コロキウム アセアン・インド地域レポート
日時 | 2024/1/15(月) |
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会場・開催形式 | 運輸総合研究所2階会議室 及び オンライン配信(Zoomウェビナー) |
開催回 | 第158回 |
テーマ・ プログラム |
【発表及びコメント】 発 表 者 : 南 裕輔 アセアン・インド地域事務所(AIRO) 研究員 コメンテーター: 柿崎 一郎 横浜市立大学国際教養学部 教授 【ディスカッション】 コーディネーター: 屋井 鉄雄 運輸総合研究所 所長 |
開催概要
2023年10月、東南・南アジア初の高速鉄道としてジャカルタ・バンドン高速鉄道が開業した。また、タイやインドでも高速鉄道の整備事業が進められており、ベトナムやマレーシア・シンガポール等においても高速鉄道の整備に関する検討が進められている。このように同地域では高速鉄道への関心が高まっている。それらのうち既に事業化されているものに着目すると、協力国との関係や整備スキームの観点でそれぞれの事業において特徴が浮かび上がってくる。
本コロキウムでは、東南・南アジアで事業化されている複数の高速鉄道事業について、計画の過程、資金調達手法、建設等、整備スキームの背景や実態を把握・比較し、それらの特徴や課題について発表し、今後の高速鉄道整備事業の検討に向けた議論を行った。
プログラム
開会挨拶 |
奥田哲也 運輸総合研究所専務理事 |
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発表 | |
コメント | |
ディスカッション |
コーディネーター: |
当日の結果
アセアン・インド地域事務所の南研究員から、「東南・南アジアにおける高速鉄道の整備スキームに関する分析」というテーマで発表が行われた。発表概要は以下の通り。
1.はじめに(調査の背景・目的)
東南・南アジアにおける都市鉄道や都市間鉄道の整備事業では、複数の案件に日本が関与しているが、一方、高速鉄道は事業化されている案件が少なく、現時点で日本の関与はインドの案件のみである。
本調査では、東南・南アジアにおける高速鉄道事業の整備スキームの把握、及び、高速鉄道事業を計画するうえで参考となりうる特徴や課題の把握を目的とする。調査対象は、(1)バンコク・ノンカイ高速鉄道、(2)ムンバイ・アーメダバード間高速鉄道、(3)ジャカルタ・バンドン高速鉄道、(4)ラオス中国鉄道、(5)3空港連絡高速鉄道の5事業である。
2. 事業概要
事業の背景や目的と協力国との関係に着目すると、下表のように整理される。
3. 事業スキーム
事業への出資・融資とEPCの体制に着目すると、下表のように分類される。
4. 特徴的な取組や課題
本章では、貨物輸送の取扱い、用地取得、技術基準、駅周辺開発の観点から、参考となりうる特徴的な取組や課題を抽出して紹介する。
貨物輸送の取扱いについて、(1)バンコク・ノンカイ高速鉄道では、旅客と貨物の併用線は採用されず、旅客専用線として建設中である。(2)ムンバイ・アーメダバード間高速鉄道は旅客専用線として整備され、別に貨物専用線の整備が進められている。(4)ラオス中国鉄道は、旅客・貨物併用線として運営されている。
用地取得について、(4)ラオス中国鉄道以外の4事業は、事業主体が用地取得を行っているが、(4)ラオス中国鉄道については、ラオス政府や地方自治体が用地取得を行っている点が特徴的である。
技術基準について、日本が支援する(2) ムンバイ・アーメダバード間高速鉄道では実施国の現状やニーズを踏まえ、法制度や技術基準の制度化支援が実施されている。一方、中国が支援する(1) バンコク・ノンカイ高速鉄道、(3) ジャカルタ・バンドン高速鉄道、(4) ラオス中国鉄道では中国の技術基準が採用されており、制度化支援といった取組は確認できなかった。
駅周辺開発について、日本が支援する(2) ムンバイ・アーメダバード間高速鉄道では、建設の段階から駅周辺開発支援に取組む一方、中国が支援する(3) ジャカルタ・バンドン高速鉄道では試験運行の段階でフィーダー交通の整備が不十分な状況であり、駅周辺開発に対する姿勢が対照的となっている。
5. まとめ・考察
事業化の背景や経緯に着目した場合、(A)協力国との地理的な近接性が考慮される案件、(B)協力国の提案内容に基づき政府間で合意される案件、PPPのように(C)特定の協力国を設けずに事業化される案件に分類される。また、資金調達や設計・調達・建設(EPC)に着目した場合、(ア)公共事業方式の案件、(イ)両国の企業が共同出資し、主に協力国の企業がEPCを実施する案件、(ウ)官民連携(PPP)の案件に分類される。以上より、島国の日本が高速鉄道の海外展開の間口を広げるためには、多様な整備スキームで事業化される案件へ参入できるよう、戦略・制度・体制の構築が重要と考察される。
特徴的な取組や課題に着目した場合、日本が支援する案件では、設計段階における法制度や技術基準の制度化支援、建設段階における駅周辺開発支援のような取組が事業段階に応じて実施されていることが確認できた。一方、中国が支援する案件では、文献調査および関係者へのヒアリングの限りでは同様の取組は確認できなかった。以上より、日本と中国それぞれが支援する案件の差として、実施国の状況やニーズに応じた計画的・段階的なソフト支援の有無が挙げられる。高速鉄道に限らず、日本の鉄道分野の海外展開では多様なソフト支援が実施されており、それらの実績は今後の海外展開を推進するうえでセールスポイントとなり得ると考察される。
続いて、コメンテータである横浜市立大学国際教養学部の柿崎教授から、南研究員の発表へのコメントがあった。コメントの概要は以下の通り。
①バンコクの都市鉄道の建設・運営方式の変遷
・バンコクの都市鉄道は、1970年代から整備計画が浮上、1990年代に建設開始し、1999年末最初の 都市鉄道が開業、2010年代に入ってから整備が本格化した。現在の都市鉄道網は、8システム10線、総延長277㎞、1日平均約110万人が利用(2019年)している。
・普通鉄道、中速鉄道、新交通システム、モノレールといった多様なシステムがあり、また、バンコク都(BMA)、都市鉄道公団(MRTA)、タイ国鉄(SRT)といった多様な機関が管轄している。そのため、一元的な運営ができていないという問題を抱えることに繋がっている。
・建設・運営方式は、1980~1990年代は免許方式(100%民間、上下分離)、2000年代(タックシン政権)ではターンキー方式及び運行委託方式(バンコク都)、タックシン政権後はPPP総費用方式、2010年代はPPP純費用方式というように変遷してきた。全体として、国はお金を出さず、民間に任せてうまくいかないときにお金を出すという大きな流れで変遷してきた。
②東南アジアにおける高速・中速鉄道への期待
・ラオス中国鉄道は2021年に開業し、累積輸送量(貨物、旅客とも)は順調に増えてきている。
・ターナーレーンに内陸港(ドライポート)が整備され、タイのメートル軌の列車と中国の標準軌の列車の間でコンテナ積み替えが可能になった。また、昆明~バンコク間「直通」列車運行、モスクワ~バンコク間「直通」輸送の試験運行が行われており、タイ~中国間(或いはその先のヨーロッパに向けた)の新たな貨物輸送のルートとして、ラオス中国鉄道を捉える動きが高まっている。
・タイでは国際貨物輸送への期待が高まっており、高速鉄道計画が中速鉄道から高速鉄道へ変更されたことにより、貨物は在来線で輸送されることになった。ラオス中国鉄道との接続が実現すれば標準軌の貨物列車の直通運行を求める声が高まるのは不可避と考える。
・東南アジアでは、旅客輸送よりも貨物輸送が重視されているため、高速鉄道よりも中速鉄道の方が目的に適しており、旅客貨物共用の標準軌鉄道が現実的と考える。連結性、すなわち列車の直通が重要になるため、中国の鉄道システムを用いるのが現実的と考える
・日本の新幹線システム導入については、連結性を考慮する必要がない旅客専用線で可能性がある。したがって、東南アジアの大陸部では期待薄だが、フィリピンのような島嶼部では可能性があると考える。また、インドは日本の新幹線システムを使用しているので、高速鉄道網を拡充する場合には、連結性の観点から日本の新幹線システムが有望と考える。
その後のディスカッションのセッションでは、冒頭に柿崎教授から南研究員への質問について以下のとおり回答が行われた。
【柿崎教授】
今回の対象は東南・南アジアの5つの事例であったが、より広い視点でとらえた場合、これらの事例の普遍性もしくは独自性はどのような点に見られると考えられるか?
【南研究員】
より広い視点とは、地域的な視点や鉄道分類の視点と解釈して回答する。普遍性については、多様な整備スキーム、公共事業 vs 海外資本・民間資本活用の二極化、当初計画と比べ事業費は増嵩・工期は延伸する傾向がある点に見られると考える。独自性については、インドネシアやラオスでは、協力国が事業リスクを分担している点、都市鉄道等に比べ高速鉄道はより政治的要素の影響が大きいと考えられる点に見られると考える。
【柿崎教授】
鉄道整備・運営と駅周辺開発(土地開発)を組み合わせる方策は事業の採算性向上のためにも重要なポイントであると考えられるが、その際の課題はどのような点にあると考えられるか?
【南研究員】
全体の事業費が大きくなるため、単一の事業体が両方を実施する場合は資金の調達と回収のハードルが上がると考えられる。また、鉄道と駅周辺開発の双方の便益を最大化するには、事業工程の観点で計画的な整備・開発が必要であり(片方だけが先に開業しても最大の便益は得られない)、鉄道の整備、鉄道の運営、駅周辺開発のすべてを効率的・経済的にマネジメントできる事業体を構成できるかが課題と考える。
【柿崎教授】
今後日本が取り組むべき方向性としていくつかの点が指摘されているが、日本の強みはどのような点であると考えているか?
【南研究員】
日本の強みは、「ソフト支援」、「長期・低利での円借款」、「質の高いインフラ海外展開(例:タイの都市鉄道のうち、日系企業がメンテナンスを実施しているパープルラインは他路線に比べて輸送障害の発生割合が低い。)」、「安全性、ライフサイクルコスト」などがあると考える。
続いて、コーディネーターである運輸総合研究所の屋井所長、柿崎教授、南研究員の間でのディスカッションと、参加者からの質問への回答が行われた。概要は以下の通り。
【屋井所長】
①これから高速鉄道を更に進めていく際には、どのようなスキームがよいと考えるか。タイの都市鉄道でのスキームの歴史も踏まえて、アイデアがあれば教えて頂きたい。
②タイ~中国のネットワークについて、将来旅客は直通できるようになるが、貨物は将来も積み替えが必要であり直通できないと理解した。タイとしては貨物に力を入れていきたいとの話もあったが、旅客はネットワークで繋がり、貨物は繋がらないというのは願った方向と違うと感じたが、その点について解説をお願いしたい。
【柿崎教授】
①高速鉄道は、国鉄が主体性を持って整備を進めるのか、それ以外の事業主体が整備をするのかで変わると思う。例えば、マレーシア・シンガポール間の高速鉄道では、国鉄とは別の事業主体が運営するパターンであり、マレーシアとシンガポールの両政府は民間に任せている。高速鉄道の場合でも、民間の力に依存したもの、またはPPPでも官の関与を減らしたものもあり得ると思う。ただし、短距離の都市近郊のように規模が小さいものであれば民間100%でも可能と思うが、事業規模が大きい事業の場合には、官の関与を高めていく形を選択せざるを得ないと考える。
②現在は高速鉄道の規格で整備しており旅客専用線となっているが、元々は貨物列車も走行するよう計画していたこともあり、将来は大きな改修をすることもなく、貨物列車も直通できるようになると推測している。一方、旅客の直通については、現在昆明とビエンチャンの間で国際旅客列車が走っているが、中国及びラオスの国境の駅でそれぞれ1時間半停車して入出国等の手続きをしている状況であり、ラオス~タイ間の旅客が直通した場合でも利用者はあまり多くならないことが想定され、メインの輸送手段としてのフィージビリティはないと考えている。
【南研究員】
ドライポートでコンテナの積み替えをすることによって、ラオス側が手数料を徴収しており、収益化のポイントとして積み替えが使われているとヒアリングで聞いた。仮に高速鉄道で昆明からバンコクまで直通で貨物を輸送するようになった場合には、ラオスは通過するだけになるので、利権の確保という観点でも積み替えポイントを残しているという考え方もあると思う。
【屋井所長】(WEB視聴者からのご質問)
①インドでは日本から制度支援があったとの説明だが、在来線と連結しない新幹線基準とすると、中国基準の当てはめというラオス、タイ、インドネシアなどとどのように違うのか。インド化した具体的点などあれば教えて欲しい。
②特にインドネシアでは沿線開発が KCICの収益の一つであるかわりに新駅が市街地から遠くなっていると思うが、日本の TOD は収益の面で見るとどのようなアピールがあるか。
【南研究員】
①ラオス、タイ、インドネシアについては、中国の技術基準が使われており、制度化がないまま技術基準を使って路線が出来てしまうと、その後の事業も自然とその技術基準がベースとなってしまう。一方で、インドでは制度化した上で技術基準を採用しているので、インド政府の意向を踏まえた技術基準を採用できるというのが違いと考える。
②東南アジアでよくあるTODの計画では、駅前に建てた商業施設からの収益をメインとしている。(収益面という観点からは外れるかもしれないが)一方、日本のTODは商業施設やオフィスビルの整備に加えて、駅前広場の空間確保と言う点も重要な要素としており、それらの組み合わせが日本のアピールになると考える。
【柿崎教授】
沿線開発を考える時には、その土地の所有権の問題が出てくるが、事業者が土地の所有権を持っているのが一番良い。三空港連結鉄道の場合では、もともと国鉄の広大な用地があるので、事業者が開発して収益をあげて、鉄道の採算性を補ってもよいとなっている。自由に使える用地があるかないかがポイントとなると思う。タイは、鉄道建設の際にはかなり幅広く沿線の土地を鉄道用地として使用してよいことになっており、大規模な土地を占有してきた歴史がある。タイは在来線の土地を利用しており、出来るだけ用地買収をしないで整備する方向でやっているが、国によって事情は違うので、そのような点も検討する必要がある。
【屋井所長】(WEB視聴者からのご質問)
ベトナムの南北高速鉄道は、中国との連結はまだ問題となっておらず、日本にも可能性が残されていると考えてよいか。
【柿崎教授】
ベトナム側が旅客専用線としたいのか、貨物併用にしたいのかがポイントになると思う。現在は中国からハノイの近郊までは直通できているが、さらにホーチミンまで直通させたいのであれば、中速鉄道の方が望ましいと思う。一方、旅客専用線としたいのであれば、日本の可能性は残されているので、ベトナムがどちらを選択するかによると考える。
【屋井所長】(WEB視聴者からのご質問)
様々なプロジェクトが実施される中で連結性の重要性は大きくなるという認識でよいか。またその様な状況でERAの様な組織がない中で、連結性の程度や方向性を策定する主体はどのような組織が望ましいと考えられるか。
【柿崎教授】
連結性という言葉は、アセアンが積極的に使っている言葉で、シームレスな国境を目指し、アセアン域内の一体感を高めようというのが、アセアンのコネクティビティの柱になる。そういった点で、連結性が重要になっていくのは間違いないと思う。また、鉄道輸送の柱の一つが、国際貨物輸送となっているので、そういう意味でも連結性の重要度が高まっていくことは間違いない。
次に、どのように方向性を決めるかについては、アセアンの中で共通のコネクティビティのルールを策定していくという可能性はあると思う。コネクティビティを考慮する必要がない各国の都市鉄道はそれぞれ独自のシステムを導入しているが、高速鉄道はコネクティビティを重視する必要があるので、何らかの形でスタンダードを決めていく必要がある。
【屋井所長】
本発表において、5事業のスキームを纏めたのは一つの成果であるが、各国の計画体系や上位計画まで調査できれば更に良いと思う。例えば、インドでは最近ネットワーク計画の見直しや土地収用法の修正が行われたようだが、日本においても、全国新幹線鉄道整備法や土地収用法等の制度が、世界のスタンダードを考えた時に、どこまでアップデートされているか考えた方がよいと思う。
〈当日の様子〉ディスカッション
本研究成果は、当研究所の発行する機関誌「運輸政策研究」に「研究報告」として掲載しています。
東南・南アジアにおける高速鉄道の整備スキームに関する分析
1.はじめに(調査の背景・目的)
東南・南アジアにおける都市鉄道や都市間鉄道の整備事業では、複数の案件に日本が関与しているが、一方、高速鉄道は事業化されている案件が少なく、現時点で日本の関与はインドの案件のみである。
本調査では、東南・南アジアにおける高速鉄道事業の整備スキームの把握、及び、高速鉄道事業を計画するうえで参考となりうる特徴や課題の把握を目的とする。調査対象は、(1)バンコク・ノンカイ高速鉄道、(2)ムンバイ・アーメダバード間高速鉄道、(3)ジャカルタ・バンドン高速鉄道、(4)ラオス中国鉄道、(5)3空港連絡高速鉄道の5事業である。
2. 事業概要
事業の背景や目的と協力国との関係に着目すると、下表のように整理される。
3. 事業スキーム
事業への出資・融資とEPCの体制に着目すると、下表のように分類される。
4. 特徴的な取組や課題
本章では、貨物輸送の取扱い、用地取得、技術基準、駅周辺開発の観点から、参考となりうる特徴的な取組や課題を抽出して紹介する。
貨物輸送の取扱いについて、(1)バンコク・ノンカイ高速鉄道では、旅客と貨物の併用線は採用されず、旅客専用線として建設中である。(2)ムンバイ・アーメダバード間高速鉄道は旅客専用線として整備され、別に貨物専用線の整備が進められている。(4)ラオス中国鉄道は、旅客・貨物併用線として運営されている。
用地取得について、(4)ラオス中国鉄道以外の4事業は、事業主体が用地取得を行っているが、(4)ラオス中国鉄道については、ラオス政府や地方自治体が用地取得を行っている点が特徴的である。
技術基準について、日本が支援する(2) ムンバイ・アーメダバード間高速鉄道では実施国の現状やニーズを踏まえ、法制度や技術基準の制度化支援が実施されている。一方、中国が支援する(1) バンコク・ノンカイ高速鉄道、(3) ジャカルタ・バンドン高速鉄道、(4) ラオス中国鉄道では中国の技術基準が採用されており、制度化支援といった取組は確認できなかった。
駅周辺開発について、日本が支援する(2) ムンバイ・アーメダバード間高速鉄道では、建設の段階から駅周辺開発支援に取組む一方、中国が支援する(3) ジャカルタ・バンドン高速鉄道では試験運行の段階でフィーダー交通の整備が不十分な状況であり、駅周辺開発に対する姿勢が対照的となっている。
5. まとめ・考察
事業化の背景や経緯に着目した場合、(A)協力国との地理的な近接性が考慮される案件、(B)協力国の提案内容に基づき政府間で合意される案件、PPPのように(C)特定の協力国を設けずに事業化される案件に分類される。また、資金調達や設計・調達・建設(EPC)に着目した場合、(ア)公共事業方式の案件、(イ)両国の企業が共同出資し、主に協力国の企業がEPCを実施する案件、(ウ)官民連携(PPP)の案件に分類される。以上より、島国の日本が高速鉄道の海外展開の間口を広げるためには、多様な整備スキームで事業化される案件へ参入できるよう、戦略・制度・体制の構築が重要と考察される。
特徴的な取組や課題に着目した場合、日本が支援する案件では、設計段階における法制度や技術基準の制度化支援、建設段階における駅周辺開発支援のような取組が事業段階に応じて実施されていることが確認できた。一方、中国が支援する案件では、文献調査および関係者へのヒアリングの限りでは同様の取組は確認できなかった。以上より、日本と中国それぞれが支援する案件の差として、実施国の状況やニーズに応じた計画的・段階的なソフト支援の有無が挙げられる。高速鉄道に限らず、日本の鉄道分野の海外展開では多様なソフト支援が実施されており、それらの実績は今後の海外展開を推進するうえでセールスポイントとなり得ると考察される。
続いて、コメンテータである横浜市立大学国際教養学部の柿崎教授から、南研究員の発表へのコメントがあった。コメントの概要は以下の通り。
①バンコクの都市鉄道の建設・運営方式の変遷
・バンコクの都市鉄道は、1970年代から整備計画が浮上、1990年代に建設開始し、1999年末最初の 都市鉄道が開業、2010年代に入ってから整備が本格化した。現在の都市鉄道網は、8システム10線、総延長277㎞、1日平均約110万人が利用(2019年)している。
・普通鉄道、中速鉄道、新交通システム、モノレールといった多様なシステムがあり、また、バンコク都(BMA)、都市鉄道公団(MRTA)、タイ国鉄(SRT)といった多様な機関が管轄している。そのため、一元的な運営ができていないという問題を抱えることに繋がっている。
・建設・運営方式は、1980~1990年代は免許方式(100%民間、上下分離)、2000年代(タックシン政権)ではターンキー方式及び運行委託方式(バンコク都)、タックシン政権後はPPP総費用方式、2010年代はPPP純費用方式というように変遷してきた。全体として、国はお金を出さず、民間に任せてうまくいかないときにお金を出すという大きな流れで変遷してきた。
②東南アジアにおける高速・中速鉄道への期待
・ラオス中国鉄道は2021年に開業し、累積輸送量(貨物、旅客とも)は順調に増えてきている。
・ターナーレーンに内陸港(ドライポート)が整備され、タイのメートル軌の列車と中国の標準軌の列車の間でコンテナ積み替えが可能になった。また、昆明~バンコク間「直通」列車運行、モスクワ~バンコク間「直通」輸送の試験運行が行われており、タイ~中国間(或いはその先のヨーロッパに向けた)の新たな貨物輸送のルートとして、ラオス中国鉄道を捉える動きが高まっている。
・タイでは国際貨物輸送への期待が高まっており、高速鉄道計画が中速鉄道から高速鉄道へ変更されたことにより、貨物は在来線で輸送されることになった。ラオス中国鉄道との接続が実現すれば標準軌の貨物列車の直通運行を求める声が高まるのは不可避と考える。
・東南アジアでは、旅客輸送よりも貨物輸送が重視されているため、高速鉄道よりも中速鉄道の方が目的に適しており、旅客貨物共用の標準軌鉄道が現実的と考える。連結性、すなわち列車の直通が重要になるため、中国の鉄道システムを用いるのが現実的と考える
・日本の新幹線システム導入については、連結性を考慮する必要がない旅客専用線で可能性がある。したがって、東南アジアの大陸部では期待薄だが、フィリピンのような島嶼部では可能性があると考える。また、インドは日本の新幹線システムを使用しているので、高速鉄道網を拡充する場合には、連結性の観点から日本の新幹線システムが有望と考える。
その後のディスカッションのセッションでは、冒頭に柿崎教授から南研究員への質問について以下のとおり回答が行われた。
【柿崎教授】
今回の対象は東南・南アジアの5つの事例であったが、より広い視点でとらえた場合、これらの事例の普遍性もしくは独自性はどのような点に見られると考えられるか?
【南研究員】
より広い視点とは、地域的な視点や鉄道分類の視点と解釈して回答する。普遍性については、多様な整備スキーム、公共事業 vs 海外資本・民間資本活用の二極化、当初計画と比べ事業費は増嵩・工期は延伸する傾向がある点に見られると考える。独自性については、インドネシアやラオスでは、協力国が事業リスクを分担している点、都市鉄道等に比べ高速鉄道はより政治的要素の影響が大きいと考えられる点に見られると考える。
【柿崎教授】
鉄道整備・運営と駅周辺開発(土地開発)を組み合わせる方策は事業の採算性向上のためにも重要なポイントであると考えられるが、その際の課題はどのような点にあると考えられるか?
【南研究員】
全体の事業費が大きくなるため、単一の事業体が両方を実施する場合は資金の調達と回収のハードルが上がると考えられる。また、鉄道と駅周辺開発の双方の便益を最大化するには、事業工程の観点で計画的な整備・開発が必要であり(片方だけが先に開業しても最大の便益は得られない)、鉄道の整備、鉄道の運営、駅周辺開発のすべてを効率的・経済的にマネジメントできる事業体を構成できるかが課題と考える。
【柿崎教授】
今後日本が取り組むべき方向性としていくつかの点が指摘されているが、日本の強みはどのような点であると考えているか?
【南研究員】
日本の強みは、「ソフト支援」、「長期・低利での円借款」、「質の高いインフラ海外展開(例:タイの都市鉄道のうち、日系企業がメンテナンスを実施しているパープルラインは他路線に比べて輸送障害の発生割合が低い。)」、「安全性、ライフサイクルコスト」などがあると考える。
続いて、コーディネーターである運輸総合研究所の屋井所長、柿崎教授、南研究員の間でのディスカッションと、参加者からの質問への回答が行われた。概要は以下の通り。
【屋井所長】
①これから高速鉄道を更に進めていく際には、どのようなスキームがよいと考えるか。タイの都市鉄道でのスキームの歴史も踏まえて、アイデアがあれば教えて頂きたい。
②タイ~中国のネットワークについて、将来旅客は直通できるようになるが、貨物は将来も積み替えが必要であり直通できないと理解した。タイとしては貨物に力を入れていきたいとの話もあったが、旅客はネットワークで繋がり、貨物は繋がらないというのは願った方向と違うと感じたが、その点について解説をお願いしたい。
【柿崎教授】
①高速鉄道は、国鉄が主体性を持って整備を進めるのか、それ以外の事業主体が整備をするのかで変わると思う。例えば、マレーシア・シンガポール間の高速鉄道では、国鉄とは別の事業主体が運営するパターンであり、マレーシアとシンガポールの両政府は民間に任せている。高速鉄道の場合でも、民間の力に依存したもの、またはPPPでも官の関与を減らしたものもあり得ると思う。ただし、短距離の都市近郊のように規模が小さいものであれば民間100%でも可能と思うが、事業規模が大きい事業の場合には、官の関与を高めていく形を選択せざるを得ないと考える。
②現在は高速鉄道の規格で整備しており旅客専用線となっているが、元々は貨物列車も走行するよう計画していたこともあり、将来は大きな改修をすることもなく、貨物列車も直通できるようになると推測している。一方、旅客の直通については、現在昆明とビエンチャンの間で国際旅客列車が走っているが、中国及びラオスの国境の駅でそれぞれ1時間半停車して入出国等の手続きをしている状況であり、ラオス~タイ間の旅客が直通した場合でも利用者はあまり多くならないことが想定され、メインの輸送手段としてのフィージビリティはないと考えている。
【南研究員】
ドライポートでコンテナの積み替えをすることによって、ラオス側が手数料を徴収しており、収益化のポイントとして積み替えが使われているとヒアリングで聞いた。仮に高速鉄道で昆明からバンコクまで直通で貨物を輸送するようになった場合には、ラオスは通過するだけになるので、利権の確保という観点でも積み替えポイントを残しているという考え方もあると思う。
【屋井所長】(WEB視聴者からのご質問)
①インドでは日本から制度支援があったとの説明だが、在来線と連結しない新幹線基準とすると、中国基準の当てはめというラオス、タイ、インドネシアなどとどのように違うのか。インド化した具体的点などあれば教えて欲しい。
②特にインドネシアでは沿線開発が KCICの収益の一つであるかわりに新駅が市街地から遠くなっていると思うが、日本の TOD は収益の面で見るとどのようなアピールがあるか。
【南研究員】
①ラオス、タイ、インドネシアについては、中国の技術基準が使われており、制度化がないまま技術基準を使って路線が出来てしまうと、その後の事業も自然とその技術基準がベースとなってしまう。一方で、インドでは制度化した上で技術基準を採用しているので、インド政府の意向を踏まえた技術基準を採用できるというのが違いと考える。
②東南アジアでよくあるTODの計画では、駅前に建てた商業施設からの収益をメインとしている。(収益面という観点からは外れるかもしれないが)一方、日本のTODは商業施設やオフィスビルの整備に加えて、駅前広場の空間確保と言う点も重要な要素としており、それらの組み合わせが日本のアピールになると考える。
【柿崎教授】
沿線開発を考える時には、その土地の所有権の問題が出てくるが、事業者が土地の所有権を持っているのが一番良い。三空港連結鉄道の場合では、もともと国鉄の広大な用地があるので、事業者が開発して収益をあげて、鉄道の採算性を補ってもよいとなっている。自由に使える用地があるかないかがポイントとなると思う。タイは、鉄道建設の際にはかなり幅広く沿線の土地を鉄道用地として使用してよいことになっており、大規模な土地を占有してきた歴史がある。タイは在来線の土地を利用しており、出来るだけ用地買収をしないで整備する方向でやっているが、国によって事情は違うので、そのような点も検討する必要がある。
【屋井所長】(WEB視聴者からのご質問)
ベトナムの南北高速鉄道は、中国との連結はまだ問題となっておらず、日本にも可能性が残されていると考えてよいか。
【柿崎教授】
ベトナム側が旅客専用線としたいのか、貨物併用にしたいのかがポイントになると思う。現在は中国からハノイの近郊までは直通できているが、さらにホーチミンまで直通させたいのであれば、中速鉄道の方が望ましいと思う。一方、旅客専用線としたいのであれば、日本の可能性は残されているので、ベトナムがどちらを選択するかによると考える。
【屋井所長】(WEB視聴者からのご質問)
様々なプロジェクトが実施される中で連結性の重要性は大きくなるという認識でよいか。またその様な状況でERAの様な組織がない中で、連結性の程度や方向性を策定する主体はどのような組織が望ましいと考えられるか。
【柿崎教授】
連結性という言葉は、アセアンが積極的に使っている言葉で、シームレスな国境を目指し、アセアン域内の一体感を高めようというのが、アセアンのコネクティビティの柱になる。そういった点で、連結性が重要になっていくのは間違いないと思う。また、鉄道輸送の柱の一つが、国際貨物輸送となっているので、そういう意味でも連結性の重要度が高まっていくことは間違いない。
次に、どのように方向性を決めるかについては、アセアンの中で共通のコネクティビティのルールを策定していくという可能性はあると思う。コネクティビティを考慮する必要がない各国の都市鉄道はそれぞれ独自のシステムを導入しているが、高速鉄道はコネクティビティを重視する必要があるので、何らかの形でスタンダードを決めていく必要がある。
【屋井所長】
本発表において、5事業のスキームを纏めたのは一つの成果であるが、各国の計画体系や上位計画まで調査できれば更に良いと思う。例えば、インドでは最近ネットワーク計画の見直しや土地収用法の修正が行われたようだが、日本においても、全国新幹線鉄道整備法や土地収用法等の制度が、世界のスタンダードを考えた時に、どこまでアップデートされているか考えた方がよいと思う。
〈当日の様子〉ディスカッション