JTTRI-AIRO 物流シンポジウム Part2
タイにおける効率的な物流の構築を目指して
- その他シンポジウム等
- 物流・ロジスティックス
主催 | 一般財団法人運輸総合研究所アセアン・インド地域事務所(JTTRI-AIRO) |
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日時 | 2023/6/15(木) |
会場・開催形式 |
会 場:タイ・バンコク オークラ・プレステージ・バンコク 開催方法:対面及びオンライン配信 |
テーマ・ プログラム |
【開会挨拶】 宿利 正史 運輸総合研究所 会長 【来賓挨拶】 パンヤ―シューパーニッチ タイ王国運輸省交通政策計画局長 大場 雄一 在タイ日本国大使館 臨時代理大使 【研究報告】 澤田 孝秋 JTTRI-AIRO 主任研究員 坂井 啓一 JTTRI-AIRO 研究員 【基調講演】 シラドル シリタラ マヒドン大学(CLARE)准教授 ソムシリ シェウワッタナグン マヒドン大学(CRARE)講師 森 隆行 流通科学大学 名誉教授 【パネルディスカッション及び質疑応答】 <モデレーター> チャックリット デゥアンパットラー チュラーロンコーン大学 ビジネススクール准教授 <パネリスト> パンヤ―シューパーニッチ タイ王国運輸省交通政策計画局長 パーヌマ シーシュッ タイ商工会議所 物流サプライチェーン委員会顧問 柴崎 隆一 東京大学大学院工学系研究科 レジリエンス工学研究センター准教授 和氣 総一朗 JR貨物 執行役員(鉄道ロジスティクス本部副本部長・営業部長) 床並 喜代志 盤谷日本人商工会議所運輸部会長 【閉会挨拶】 奥田 哲也 JTTRI-AIRO 所長 |
開催概要
JTTRI-AIROでは、 2022年6月開催の物流シンポジウムにおいて提起されたタイの物流課題について、日タイ両国の産官学の有識者からなる検討委員会を設置して、調査研究を進めてまいりました。本シンポジウムでは、内陸輸送の効率化と輸送モード間の結節性の向上、ICTの活用、物流関係者間の協力の充実・強化等の観点から、課題解決に向けた研究成果の発表を行うとともに、有識者との議論を通じ、タイにおける効率的な物流の構築等に向けた改善策、さらには周辺諸国及び日本との間の物流ネットワーク強化の戦略を探りました。当日のプログラム
プログラム
開会挨拶 | |
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来賓挨拶 | |
研究報告 | |
基調講演 | |
パネルディスカッション及び質疑応答 | |
閉会挨拶 |
奥田 哲也 JTTRI-AIRO 所長
講演者略歴 |
当日の結果
<開催の趣旨>
ASEAN の中心に位置するタイと日本との関係は、自由で開かれたインド太平洋の実現という観点から極めて重要であり、開会挨拶で宿利会長が述べた通り、両国における効率的で、かつ、強靭で安定的な物流の実現は、両国の経済・社会の発展と経済安全保障の観点から喫緊の課題になっている。 JTTRI-AIROでは、2022年6月開催の物流シンポジウムPart1において提起されたタイの物流課題について、日タイ両国の産官学の有識者からなる検討委員会を設置して、調査研究を進めてきた。本シンポジウムでは、内陸輸送の効率化と輸送モード間の結節性の向上、ICT の活用、物流関係者間の協力の充実・強化等の観点から、課題解決に向けた研究成果の発表を行うとともに、有識者との議論を通じ、タイにおける効率的な物流の構築等に向けた改善策、さらには周辺諸国及び日本との間の物流ネットワーク強化の戦略を探った。
<当日の結果>
■来賓挨拶
Punya CHUPANIT タイ王国運輸省 交通政策計画局長
タイと日本は長い間、様々な面で強い関係を築いてきた。特に環境に配慮した物流、港湾、鉄道、都市、交通情報技術、交通安全、またビジネス分野への数々の投資やインフラ整備を通じてタイの経済発展の推進に貢献している。これらのプロジェクトはすべて、タイだけでなくASEAN地域の輸送能力の競争力向上の促進に資するものである。
タイ運輸省は、運輸業界の繋がりを実現させる活動である ASEAN Connectivity 2025やシームレスな繋がりを実現するための開発の促進など、マスタープランに基づいて地域間の安定した繋がりに重点を置いた新たな投資を促進させるための支援を提供している。陸上・海上・航空のあらゆる分野において、国内及び国家間の両方で効率的な繋がりを生み出すため様々なプロジェクトが進行している。
さらに、タイと日本の間の経済関係を強化し、更なる信頼関係を構築することは、運輸省における重要なマイルストーンであり、そのために策定したのが東部経済回廊(EEC)を含む生産拠点地域を結ぶ複線鉄道と高速道路網の整備であるマスタープラン「MR-Map」である。こうした計画や日本とASEAN との緊密な協力により、ASEAN 地域は他国からの貿易や投資を拡大することができると確信している。
大場 雄一 在タイ日本国大使館 臨時代理大使
我々の日々の生活や企業の生産活動は、必要な物資が、必要な場所に、必要とされるタイミングで輸送されることで維持されている。このため、物流は、経済の安定的な成長や安定した国民生活に無くてはならない重要な社会インフラであるといえる。
一方、タイにおいて、慢性的な交通渋滞や頻発する交通事故、大気汚染など、物流に関連した様々な社会課題に直面している。
この原因の一つとして、物流の約9割がトラック輸送によって担われている一方で、鉄道輸送や水上輸送が占める割合が低いことが挙げられている。
物流を巡る課題解決に当たっては、ハード、ソフト両面での取組みが必要になる。このため、日タイ両国の取組みにおいても、「質の高いインフラ」の整備が重要なテーマとなっている。具体的には、(1)昨年11月、日タイ両国の今後5か年の経済分野での協力の方向性を定めた「日タイ戦略的経済連携5か年計画」に両国外相が署名を行った。この中で、「質の高いインフラを整備することで、タイ国内及びタイと近隣諸国との経済回廊の連結性を高めるため、両国間で様々なインフラプロジェクトに関し密接に連携する」ことが明記されている。(2)また、内陸部が広いタイにおいては、特に鉄道輸送の強化が重要となる。この点に関連して、昨年12月、日タイ両国の運輸担当大臣が、鉄道分野の協力覚書に署名した。今後、この覚書に基づき、両国間で物流に関わる諸問題の解決に向けた取り組みが進むことも期待している。
■研究報告
「タイの効率的な物流に向けて(Aiming for Advanced Logistics in Thailand)」
澤田 孝秋 JTTRI-AIRO 主任研究員/ 次長
坂井 啓一 JTTRI-AIRO 研究員
昨年6月の物流シンポジウムPart1で提示された課題を3つの分野に分類し検討を行った。
(1)内陸輸送の効率化とモード間の結節性の向上
①鉄道輸送の促進
タイにおける鉄道輸送のコストの特徴として、列車の遅延による保管費用等の発生が挙げられるが、複線化により列車交換や遅延リスクを抑えることができる。またタイ中心部のバンコクに列車が集中するため混雑による遅延リスクが大きいが、既存路線の活用等により迂回路線を形成することで混雑を回避し、鉄道輸送の定時性を上げることができる。さらに年間を通して需要が変動しにくい貨物についてモーダルシフトを推進していくことも重要である。
②貨物の集貨システムの改善
タイの鉄道貨物においては、多くの場合荷主が輸送オペレーターと直接契約し輸送を行っているが、フォワーダーが介在することで複数荷主の貨物の積み合わせ等の効率的な貨物列車の編成が可能となり、小口の荷主にとっても利用しやすい仕組みとなる。
③インランドコンテナデポ(ICD)の機能向上と郊外や地方部におけるICD の整備
貨物の混載や流通加工を行うための機能を付加していくことや、内陸部への貨物輸送能力向上のため輸配送拠点としてのICDを地方都市や物流の結節ポイントに当たる場所に整備していくことが重要である。
(2)ICTの活用
各物流事業者におけるICTの活用が進む一方で、単独社では解決が難しかった物流課題を解決するためのICTプラットフォームの構築が必要である。ただし、開発コストや初期投資が高いこと、情報連携と秘匿がトレードオフであることが課題であり、国が投資して管理することや、物流の中心となる役割を担う者が情報集約を行うことが求められる。またこれにより得られた情報を統計として利活用できる仕組みを作ることも重要である。
(3)物流関係者間の協力の充実及び強化
輸配送における関係者間の連携として、a)物流事業者と荷主による混載輸送、b)物流事業者同士による共同輸配送、c)物流事業者と物流以外の事業者による貨物輸送の三つのパターンが考えられる。a)、b)は積載量の増加やトラックの輸送回数の削減により輸送コストを抑えることができる。c)は地方部等の輸送手段の維持が必要な地域において小ロットの貨物輸送を行うための取組の案として考えられる。また人材育成として、企業努力(自助)では不十分であり、物流業界全体としての人材育成(共助)や、そうした取組への国の支援(公助)が重要である。
以上を踏まえ、三つのテーマに関するタイの物流分野の課題に係る解決策について以下のとおり提言する。
〇内陸輸送の効率化と輸送モード間の結節性向上
・鉄道の複線化や適切なメンテナンス、鉄道駅や港湾における荷役機械の整備など、引き続きのインフラ整備
・鉄道の幹線輸送における貨物の集荷方式の見直し
・バンコクやEEC 周辺部の既存のICD の拡張や機能向上に加え、地方部におけるICDの整備
〇物流分野へのICT の利活用
・港湾や倉庫などの物流ハブにおける複数の物流関係者を結ぶ情報プラットフォームの構築と拡張
・それにより蓄積したビッグデータの統計への活用
〇物流関係者間の連携強化
・政府や物流関係団体の支援による混載や共同輸配送のシステムの構築と、それらについての荷主への理解促進
・政府の支援による物流事業者及び物流関係団体における人材育成の協力
■基調講演
(1)「The Situation of Railway Transportation in Thailand and its Prospective Role in Future Inland Transportation」
Siradol SIRIDHARA Mahidol 大学CLARE 准教授
タイの鉄道輸送システムに関する政策は二つある。
①国家経済社会発展計画
昨年、国家経済社会開発評議会において発表された計画であり、周辺地域の貿易と投資の玄関口としてタイを物流活動の重要な戦略拠点とすることを目指している。タイは周辺地域の中心に位置しており、内陸輸送という観点から見ると、貿易、投資、国際輸送活動が多く、これを活かし経済を発展させようというものである。この中で鉄道は、長距離・重量輸送においてコストが低く、CO2排出量も少ないため、将来の重要な役割を担うものとして政府は鉄道輸送の割合を高めることに注力している。旅客と貨物の両活動をより効率的にするために鉄道網を全国に拡大する方針である。また、国内の地域交通に加えて中国やラオス、ベトナム、マレーシアといった周辺の多くの国と繋ぐことも目指している。一方でコンテナヤードやドライポートの施設面での開発が不十分などといった課題もある。
②輸送開発戦略
2037年までの20年間の開発計画であり、このうち鉄道輸送システムに関する内容は主に二つある。まず、陸送やクロスボーダー輸送を増やすことで鉄道輸送の割合を現在の約1.4% から 10% に引き上げるということ。次に、包括的なネットワークとしての新しい鉄道路線や複線化等のプロジェクトの推進である。併せて、運輸部門における温室効果ガス排出削減も政府の最終目的の一つであり、EV 等の技術導入も促進している。これらを踏まえた鉄道システムへの投資が増えれば、鉄道産業が成長し、鉄道関連の設備についての近隣諸国への市場拡大や一部を自社生産することも目指しているところである。
一方で、これらの計画にはいくつか課題がある。まず、鉄道輸送の割合が低く、トラック輸送の割合が非常に高いことである。鉄道輸送の割合を10% にするという目標を達成するためには、政府と民間の多くの部門が協力してこれを推進する必要がある。また、 GDP 当たりの物流コストが約13~14% と高いことも懸念される。ネットワークの拡充や施設の建設などにより物流コストを削減する必要がある。
Somsiri SIEWWUTTANAGUL Mahidol 大学CLARE 講師
政府によるマスタープランにおける高速鉄道整備の進捗状況としては、フェーズ1:2021年に完了する予定であったが一部遅延が発生、フェーズ2:バンコクの外周部の鉄道網の整備、最終段階:南部や東部地域との接続、となっている。77ある県のうち鉄道が通る県は現在は49県であるが、全て計画通りに整備されれば61県に拡大する。
こうした計画の中で特筆すべきトピックとしては、まずインフラの強度の向上及び鉄道の高速化による物資輸送能力の向上である。高速鉄道の整備についても順次調整を進めている。またタイとラオスで軌間が異なるため、ビエンチャン物流拠点内にゲージを変更する設備を設置した。更に、近年マスタープランに沿って急速に公共交通機関が発展しており、今年はYellow LineとPink Lineが開通すると予想されている。IC の活用としてはTrain tracking と Freight management systemが挙げられ、貨物の輸送と高速鉄道の制御を行うことでトラックステーションの建設や公共交通機関の周辺開発を促進している。
(2)「Measures to improve logistics efficiency in Thailand」
森 隆行 流通科学大学名誉教授
タイの物流の特徴と課題は大きく三つある。まず、GDP に対する物流コストが13.8% と、日本やアメリカ、ヨーロッパと比較し高いこと。次に、物流コストのうち保管費用が非常に高いことである。具体的なデータはないが、これまでの経験や調査の中で、バンコクに物流が集中していることが原因なのではないかと考えられる。三つ目に、国内輸送のトラックに対する依存が約90% 近くと非常に高いことである。日本においてはトン数ベースではトラックが90% を超えるが、距離を考慮すると鉄道や海運が長距離輸送の主軸になっている一方で、タイにおいてはトンキロベースでもトラックが90% を超えており、長距離も含めてトラックが貨物輸送の中心となっている。タイは地理的に見ても海上輸送や河川輸送に大きくは期待できず、また将来的なトラックドライバー不足やCO2削減といった環境対応も踏まえ、鉄道へのモーダルシフトが必要である。
これらの課題を解消するためには、まず鉄道施設を充実させることが必要である。ソフト面においては、ICTの利活用を進めるべきである。現状、個別の企業が別々のやり方をしているので、例えば同じ業界で一つのプラットフォームやシステムを利用するなどの標準化を行うことで共同物流が可能となる。これは環境問題やドライバー不足という課題にも対応するものである。ただし、共同物流については独占禁止法に注意する必要があり、そういった面でも法整備をはじめとする政府の後押しが必要である。
また、物流拠点の分散化も重要である。タイ全体の半分以上の商業マーケットがバンコクに集中しており、これによりリードタイムが非常に長くなってしまう。地方都市でもバンコクから品物を届けなければならないため、在庫をたくさん持つ必要があり、そのために保管費が高くなる。物流拠点を分散化することで物流全体のコスト削減に繋がる。
もう一つ付け加えると、現在タイでは物流に関するデータが整備されていないため正確な分析をすることができない。そのため政府や民間企業を問わず、統計データをしっかり整えていただければ、物流に係る正確な現状分析とそれに対する対策の検討を行うことができるので是非お願いしたい。
■パネルディスカッション
テーマ「タイの物流の効率性向上」と「タイの物流の強みと弱み」
モデレーターのリードにより、講演内容をもとに「タイの物流の 効率性向上」と「タイの物流の強みと弱み」に関する政府、学識経験者、民間事業者それぞれの立場からのパネリストのコメントが示され、タイの物流の現状及び課題に関する意見交換及び議論が行われた。
◎パネリスト・コメント
テーマ:「タイの物流の効率性向上」
Punya CHUPANIT タイ王国運輸省 交通政策計画局長
タイの輸送方法は確実に道路輸送から鉄道輸送へと切り替わってきており、現在運輸省が急いで対応しているのが複線化である。これは管理面でもメリットが多く、納期遵守率も上がるため、定時性の確保は全ての物流関係者にとってとても重要である。複線化以外にも、道路から鉄道へ貨物を載せ替えるエリアの整備が必要であり、すでに計画を進めているところである。また正確に貨物の積載状況を把握できるシステムなど、ITを活用することで利便性の向上が見込まれる。
また、列車の運行本数を増やすことも重要である。現在抱えている問題として、タイ国鉄自体の条件によって運行できる列車に制限がかかっている点があるが、既存の線路にはまだ十分なキャパシティがある。そこで将来的には、運輸省の整備した線路を使用して民間企業に列車の運行を担ってもらうことを検討しており、これにより運行の効率を最大限に上げることができると考えている。
柴崎 隆一 東京大学大学院工学系研究科 レジリエンス工学研究センター 准教授
タイの国土は南北に細長く、北半分は内陸地域となっているため、鉄道が整備されていないと物流上のハンディキャップが非常に大きくなってしまう。日本やベトナムも細長い国土をもつが、海岸線が長く海運でのシェアがかなりある。一方でタイの場合は、世界的にみてもあまり同様の形状の国土をもつ国がなく、見本となる事例がないため、この国の特徴を十分に踏まえて政策を立てていく必要がある。
また日本の協力としては、タイ政府に働きかけて政策を実現していくことや、民間の人材育成システムの導入による協力、統計の整備方法や、統計調査や研究のノウハウの伝達等といった草の根交流のようなことはできるのではないか。
Bhanumas Srisukh タイ商工会議所 物流サプライチェーン委員会 顧問
タイの鉄道はオペレーションや線路の敷設、管理の全てをタイ国鉄が行っているため、競争があまり発生しない。多数の民間オペレーターを携わらせて競争を生み出すことができれば、輸送効率が上がることでコストが下がり、貨物量も更に増えると考えられる。また、法律等の規制も大きく変え、その上で公正で断固とした執行を行う必要がある。
床並 喜代志 盤谷日本人商工会議所 運輸部会長
船会社としての観点からは、レムチャバン港とラッカバンICD間の鉄道輸送における利益率を上げたいところであるが、ある程度まとまった貨物量がないと鉄道輸送には切り替えられず、トラックでの輸送となってしまうのが実状。船会社とフォワーダーの連携をもっと強めることで鉄道輸送が伸びていくのではないか。また、鉄道から港の施設に荷役を行う部分のキャパシティがまだ足りていない。将来的には環境対策という観点からも鉄道へのシフトをしっかり進めていくべき。
和氣 総一朗 JR貨物 執行役員
当社として鉄道貨物輸送を拡大していくにあたり取り組んでいたことは、鉄道輸送の認知度を上げること。そのためにはPR活動を行うことに加え、鉄道を利用することによるメリットを利用者に理解いただくことが重要である。例えば、鉄道を利用した場合はCO2排出量がトラックと比較し11分の1程度であることや、26両の貨車を連結することでトラック65台分の荷物を一度に運ぶことができるといったこと、また鉄道へのモーダルシフトを行うと国土交通省からエコレールマークを取得することができるため環境に優しい輸送手段であるということがインセンティブとなる。
JR貨物の駅構内には倉庫を用意しており、到着した荷物をそのまま保管してお客様のところまで届けるというサービスができるが、倉庫が駅から離れていると積み替え作業が発生してしまう。このような貨物駅の高度利用を行うことで輸送の効率化を図ることもできる。タイにおいても同様の取り組みが可能ではないか。
テーマ:「タイの物流の強みと弱み」
Punya CHUPANIT タイ王国運輸省 交通政策計画局長
運輸省は鉄道輸送の改善のための組織を新たに二つ設立した。一つ目は「鉄道省」で、規制を担うレギュレーターとして機能している。彼らがサービス基準、検査基準を設定し、高水準且つ高質なサービスを提供する。もう一つは、「鉄道研究所」で、鉄道セクターの人材育成のサポートや新しい技術の探索等を行う。まだ立ち上げたばかりであるが、これにより鉄道輸送の効率が大幅に上がると考えている。
タイの物流の強みは、ASEAN10ヵ国との結節性である。タイは道路、鉄道、そして航空輸送の中心地であり、タイに輸送すればそこからASEAN各地に最短距離で輸送することができる。
またASEAN諸国への旅客のほとんどはスワンナプーム空港を経由している。IATAによると、今後10年以内にタイへの訪問者数は年間2億人となる見込みであるが、現在のスワンナプーム空港の処理容量は年間最大4500万人であるため、他の空港の整備を進めているところである。
レムチャバン港やマープタープット港などの大港湾は現在利用率がほぼ100% となっており、より多くの貨物受入れのためレムチャバン港の拡張やランドブリッジの整備プロジェクトを進めているところである。
一方タイ物流の弱みとしては、規制やシステムなどのソフト面における課題が挙げられる。現在National single window の取り組みを進めており、これにより物流の利便性をあげることができる。また、タイを経由してラオスやベトナム、ミャンマーなどに輸送される貨物は、依然としてタイの法律が円滑な輸送の障害となっている。これらの課題が解消されれば、タイがこの地域のハブとなり近隣諸国との貨物輸送の効率が向上することが期待される。
柴崎 隆一 東京大学大学院工学系研究科 レジリエンス工学研究センター 准教授
レムチャバン港とラッカバンICD間の鉄道輸送量は非常に多く、これほどの輸送量をもつ鉄道は世界でも例に見ないほどである。タイにはこのような鉄道を整備したという経験があるため、更なる拡大についても自信を持ってやってほしい。ある程度鉄道が整備されてトラック輸送に対する競争力が出てくると、多少コストが高くても環境意識の高い荷主などが率先して鉄道輸送を利用するということもありうる。
また、ASEAN 諸国との結節性はタイの強みである。周辺国との貨物輸送が増えれば、国内の輸送量と合わせて、よりボリュームメリットが生じてくる。ラッカバンICDは空港とも近く、航空貨物も受け入れることで相乗効果も発揮できる。
Bhanumas Srisukh タイ商工会議所 物流サプライチェーン委員会 顧問
タイの道路はASEAN諸国の中で最も長く、車線数も多いため、道路輸送においてタイは安全でネットワークも広い。
鉄道に関してはカンボジアやラオスとの結節から利便性は高いものの、輸送モードをいかに切り替えるかが課題である。拠点の一つであるバーンパーチー駅から港はさほど遠くなく、鉄道で港まで直接つなげることができればトラック輸送の量を大幅に減らすことができる。
また、中国、カンボジア、ラオス、ミャンマー等の近隣諸国へのゲートウェイを有していることも強みである。これらゲートウェイ機能の効率を高めることで、各地への輸送に要する時間が短縮され、物流コストも下がる。
さらに、タイには多くの日本の会社があるが、同様にカンボジアやラオスなどにタイ企業が会社を設立して協力体制を築き上げれば、より緊密な連携をとれるようになる。
床並 喜代志 盤谷日本人商工会議所 運輸部会長
物流というものは、結局は人が住んでいるがゆえに物を欲し、横に動くということである。マクロ的にみるとアジアは人口が多く大きなポテンシャルを持っている。その観点からみると、タイは海に面し且つASEAN 諸国のほぼ中心にあるため、近隣のカンボジアやラオス、ベトナム、中国への陸上の物流網が構築されれば、非常に大きな存在価値を持つ。その中で鉄道輸送を伸ばすためには、現在のタイにおける鉄道輸送の状況を考慮すると何らかの競争原理が必要なのではないか。
和氣 総一朗 JR貨物 執行役員
多くの日本の企業がタイで工場等を設置しているように、タイの強みは企業がとても進出しやすい場所であるということ。周辺国との結節性が高いため利便性があり、これほどのロケーションを活かさない手はない。
一方、物流の各フェーズでそれぞれの関係者との調整が発生する現在の仕組みでは利用者にとって利便性が低く、仕組みの改定が必要なのではないか。
日本における好事例として、ビールメーカーの共同輸送を紹介したい。主要なビール会社4社において札幌から釧路へ輸送する際、従来それぞれの会社がトラックを調達し輸送していたところ、JR貨物のコンテナに各社の荷物を行き先ごとに積み分け、常にまとめて混載をして輸送している。前提として、本州から消費地である札幌に荷物が届くものの北海道から出ていく荷物は釧路や帯広、旭川から輸送されるため、札幌からその周辺地域まではJR貨物も空のコンテナを輸送していたという固有の物流事情があるが、そこをうまく利用した形である。タイにおいても、このような物流の効率化や共同輸送という事例を取り入れることができるのではないか。
◎質疑応答
●質問①
鉄道輸送への切り替えに関して現実的な問題や障害は何か。
Punya CHUPANIT タイ王国運輸省 交通政策計画局長
既存の単線では、逆方向の列車の通過の待ち時間により生じた遅延が貨物の納期遅れの問題に発展してしまうため、複線化が重要課題である。また、鉄道輸送において競争環境を生み出すための他のオペレーターの参入が必要であり、制度面での対応が求められている。
●質問②
競争を生み出すためにタイ国鉄の民営化や政府が認定する民間企業のみ参入可能とするなどの可能性はあるのか。
Punya CHUPANIT タイ王国運輸省 交通政策計画局長
将来的には複数のオペレーターが必要となるが、政府がサービスを提供し続ける必要がある場面が多々あるため、タイ国鉄も継続してオペレーターとなる。ただし民間企業に参入してもらい競争を生み出すというのは政府も求めているところであり、対応方策として、列車を購入し運行する体力のある民間企業がその運営を問題なく継続できるように法規制の見直しの検討を進めているところである。
●質問③
タイ国鉄が所有している線路を利用した民間企業の運行モデルについて、その実現の可能性はどの程度か。
Punya CHUPANIT タイ王国運輸省 交通政策計画局長
民間企業を参入させ列車の運行を担ってもらうことで競争を促し、サービスの効率を上げるというのが今の運輸省の考えである。そのために支障となる法律の改正に向けて検討しているところで、併せてビジネスモデルの分析や適切な運営方法についても検討を進める必要がある。
◎モデレーターの総括
Chackrit DUANGPRASTRA Chulalongkorn 大学ビジネススクール 准教授
本日の議論より、各関係者それぞれが持ち帰り検討すべき項目として、12点まとめた。
①既存の各種インフラを最大限に活用すること
②輸送サービスにおけるビジネスモデルの改革
③法律・規制の見直しと競争と自由の確保
④コストの最適化
⑤環境への配慮の促進
⑥マーケティングの改善
⑦ NSWをはじめとする政府・企業相互間のシステム構築
⑧インフラの改善
⑨近隣国とのWin-Winの関係の構築や協定の締結
⑩各地ゲートウェイの効率の向上
⑪物流サービス提供者の効率性の向上
⑫共同輸配送の構築とそのために必要なデータ収集
本開催概要は主催者の責任でまとめています。
ASEAN の中心に位置するタイと日本との関係は、自由で開かれたインド太平洋の実現という観点から極めて重要であり、開会挨拶で宿利会長が述べた通り、両国における効率的で、かつ、強靭で安定的な物流の実現は、両国の経済・社会の発展と経済安全保障の観点から喫緊の課題になっている。 JTTRI-AIROでは、2022年6月開催の物流シンポジウムPart1において提起されたタイの物流課題について、日タイ両国の産官学の有識者からなる検討委員会を設置して、調査研究を進めてきた。本シンポジウムでは、内陸輸送の効率化と輸送モード間の結節性の向上、ICT の活用、物流関係者間の協力の充実・強化等の観点から、課題解決に向けた研究成果の発表を行うとともに、有識者との議論を通じ、タイにおける効率的な物流の構築等に向けた改善策、さらには周辺諸国及び日本との間の物流ネットワーク強化の戦略を探った。
<当日の結果>
■来賓挨拶
Punya CHUPANIT タイ王国運輸省 交通政策計画局長
タイと日本は長い間、様々な面で強い関係を築いてきた。特に環境に配慮した物流、港湾、鉄道、都市、交通情報技術、交通安全、またビジネス分野への数々の投資やインフラ整備を通じてタイの経済発展の推進に貢献している。これらのプロジェクトはすべて、タイだけでなくASEAN地域の輸送能力の競争力向上の促進に資するものである。
タイ運輸省は、運輸業界の繋がりを実現させる活動である ASEAN Connectivity 2025やシームレスな繋がりを実現するための開発の促進など、マスタープランに基づいて地域間の安定した繋がりに重点を置いた新たな投資を促進させるための支援を提供している。陸上・海上・航空のあらゆる分野において、国内及び国家間の両方で効率的な繋がりを生み出すため様々なプロジェクトが進行している。
さらに、タイと日本の間の経済関係を強化し、更なる信頼関係を構築することは、運輸省における重要なマイルストーンであり、そのために策定したのが東部経済回廊(EEC)を含む生産拠点地域を結ぶ複線鉄道と高速道路網の整備であるマスタープラン「MR-Map」である。こうした計画や日本とASEAN との緊密な協力により、ASEAN 地域は他国からの貿易や投資を拡大することができると確信している。
大場 雄一 在タイ日本国大使館 臨時代理大使
我々の日々の生活や企業の生産活動は、必要な物資が、必要な場所に、必要とされるタイミングで輸送されることで維持されている。このため、物流は、経済の安定的な成長や安定した国民生活に無くてはならない重要な社会インフラであるといえる。
一方、タイにおいて、慢性的な交通渋滞や頻発する交通事故、大気汚染など、物流に関連した様々な社会課題に直面している。
この原因の一つとして、物流の約9割がトラック輸送によって担われている一方で、鉄道輸送や水上輸送が占める割合が低いことが挙げられている。
物流を巡る課題解決に当たっては、ハード、ソフト両面での取組みが必要になる。このため、日タイ両国の取組みにおいても、「質の高いインフラ」の整備が重要なテーマとなっている。具体的には、(1)昨年11月、日タイ両国の今後5か年の経済分野での協力の方向性を定めた「日タイ戦略的経済連携5か年計画」に両国外相が署名を行った。この中で、「質の高いインフラを整備することで、タイ国内及びタイと近隣諸国との経済回廊の連結性を高めるため、両国間で様々なインフラプロジェクトに関し密接に連携する」ことが明記されている。(2)また、内陸部が広いタイにおいては、特に鉄道輸送の強化が重要となる。この点に関連して、昨年12月、日タイ両国の運輸担当大臣が、鉄道分野の協力覚書に署名した。今後、この覚書に基づき、両国間で物流に関わる諸問題の解決に向けた取り組みが進むことも期待している。
■研究報告
「タイの効率的な物流に向けて(Aiming for Advanced Logistics in Thailand)」
澤田 孝秋 JTTRI-AIRO 主任研究員/ 次長
坂井 啓一 JTTRI-AIRO 研究員
昨年6月の物流シンポジウムPart1で提示された課題を3つの分野に分類し検討を行った。
(1)内陸輸送の効率化とモード間の結節性の向上
①鉄道輸送の促進
タイにおける鉄道輸送のコストの特徴として、列車の遅延による保管費用等の発生が挙げられるが、複線化により列車交換や遅延リスクを抑えることができる。またタイ中心部のバンコクに列車が集中するため混雑による遅延リスクが大きいが、既存路線の活用等により迂回路線を形成することで混雑を回避し、鉄道輸送の定時性を上げることができる。さらに年間を通して需要が変動しにくい貨物についてモーダルシフトを推進していくことも重要である。
②貨物の集貨システムの改善
タイの鉄道貨物においては、多くの場合荷主が輸送オペレーターと直接契約し輸送を行っているが、フォワーダーが介在することで複数荷主の貨物の積み合わせ等の効率的な貨物列車の編成が可能となり、小口の荷主にとっても利用しやすい仕組みとなる。
③インランドコンテナデポ(ICD)の機能向上と郊外や地方部におけるICD の整備
貨物の混載や流通加工を行うための機能を付加していくことや、内陸部への貨物輸送能力向上のため輸配送拠点としてのICDを地方都市や物流の結節ポイントに当たる場所に整備していくことが重要である。
(2)ICTの活用
各物流事業者におけるICTの活用が進む一方で、単独社では解決が難しかった物流課題を解決するためのICTプラットフォームの構築が必要である。ただし、開発コストや初期投資が高いこと、情報連携と秘匿がトレードオフであることが課題であり、国が投資して管理することや、物流の中心となる役割を担う者が情報集約を行うことが求められる。またこれにより得られた情報を統計として利活用できる仕組みを作ることも重要である。
(3)物流関係者間の協力の充実及び強化
輸配送における関係者間の連携として、a)物流事業者と荷主による混載輸送、b)物流事業者同士による共同輸配送、c)物流事業者と物流以外の事業者による貨物輸送の三つのパターンが考えられる。a)、b)は積載量の増加やトラックの輸送回数の削減により輸送コストを抑えることができる。c)は地方部等の輸送手段の維持が必要な地域において小ロットの貨物輸送を行うための取組の案として考えられる。また人材育成として、企業努力(自助)では不十分であり、物流業界全体としての人材育成(共助)や、そうした取組への国の支援(公助)が重要である。
以上を踏まえ、三つのテーマに関するタイの物流分野の課題に係る解決策について以下のとおり提言する。
〇内陸輸送の効率化と輸送モード間の結節性向上
・鉄道の複線化や適切なメンテナンス、鉄道駅や港湾における荷役機械の整備など、引き続きのインフラ整備
・鉄道の幹線輸送における貨物の集荷方式の見直し
・バンコクやEEC 周辺部の既存のICD の拡張や機能向上に加え、地方部におけるICDの整備
〇物流分野へのICT の利活用
・港湾や倉庫などの物流ハブにおける複数の物流関係者を結ぶ情報プラットフォームの構築と拡張
・それにより蓄積したビッグデータの統計への活用
〇物流関係者間の連携強化
・政府や物流関係団体の支援による混載や共同輸配送のシステムの構築と、それらについての荷主への理解促進
・政府の支援による物流事業者及び物流関係団体における人材育成の協力
■基調講演
(1)「The Situation of Railway Transportation in Thailand and its Prospective Role in Future Inland Transportation」
Siradol SIRIDHARA Mahidol 大学CLARE 准教授
タイの鉄道輸送システムに関する政策は二つある。
①国家経済社会発展計画
昨年、国家経済社会開発評議会において発表された計画であり、周辺地域の貿易と投資の玄関口としてタイを物流活動の重要な戦略拠点とすることを目指している。タイは周辺地域の中心に位置しており、内陸輸送という観点から見ると、貿易、投資、国際輸送活動が多く、これを活かし経済を発展させようというものである。この中で鉄道は、長距離・重量輸送においてコストが低く、CO2排出量も少ないため、将来の重要な役割を担うものとして政府は鉄道輸送の割合を高めることに注力している。旅客と貨物の両活動をより効率的にするために鉄道網を全国に拡大する方針である。また、国内の地域交通に加えて中国やラオス、ベトナム、マレーシアといった周辺の多くの国と繋ぐことも目指している。一方でコンテナヤードやドライポートの施設面での開発が不十分などといった課題もある。
②輸送開発戦略
2037年までの20年間の開発計画であり、このうち鉄道輸送システムに関する内容は主に二つある。まず、陸送やクロスボーダー輸送を増やすことで鉄道輸送の割合を現在の約1.4% から 10% に引き上げるということ。次に、包括的なネットワークとしての新しい鉄道路線や複線化等のプロジェクトの推進である。併せて、運輸部門における温室効果ガス排出削減も政府の最終目的の一つであり、EV 等の技術導入も促進している。これらを踏まえた鉄道システムへの投資が増えれば、鉄道産業が成長し、鉄道関連の設備についての近隣諸国への市場拡大や一部を自社生産することも目指しているところである。
一方で、これらの計画にはいくつか課題がある。まず、鉄道輸送の割合が低く、トラック輸送の割合が非常に高いことである。鉄道輸送の割合を10% にするという目標を達成するためには、政府と民間の多くの部門が協力してこれを推進する必要がある。また、 GDP 当たりの物流コストが約13~14% と高いことも懸念される。ネットワークの拡充や施設の建設などにより物流コストを削減する必要がある。
Somsiri SIEWWUTTANAGUL Mahidol 大学CLARE 講師
政府によるマスタープランにおける高速鉄道整備の進捗状況としては、フェーズ1:2021年に完了する予定であったが一部遅延が発生、フェーズ2:バンコクの外周部の鉄道網の整備、最終段階:南部や東部地域との接続、となっている。77ある県のうち鉄道が通る県は現在は49県であるが、全て計画通りに整備されれば61県に拡大する。
こうした計画の中で特筆すべきトピックとしては、まずインフラの強度の向上及び鉄道の高速化による物資輸送能力の向上である。高速鉄道の整備についても順次調整を進めている。またタイとラオスで軌間が異なるため、ビエンチャン物流拠点内にゲージを変更する設備を設置した。更に、近年マスタープランに沿って急速に公共交通機関が発展しており、今年はYellow LineとPink Lineが開通すると予想されている。IC の活用としてはTrain tracking と Freight management systemが挙げられ、貨物の輸送と高速鉄道の制御を行うことでトラックステーションの建設や公共交通機関の周辺開発を促進している。
(2)「Measures to improve logistics efficiency in Thailand」
森 隆行 流通科学大学名誉教授
タイの物流の特徴と課題は大きく三つある。まず、GDP に対する物流コストが13.8% と、日本やアメリカ、ヨーロッパと比較し高いこと。次に、物流コストのうち保管費用が非常に高いことである。具体的なデータはないが、これまでの経験や調査の中で、バンコクに物流が集中していることが原因なのではないかと考えられる。三つ目に、国内輸送のトラックに対する依存が約90% 近くと非常に高いことである。日本においてはトン数ベースではトラックが90% を超えるが、距離を考慮すると鉄道や海運が長距離輸送の主軸になっている一方で、タイにおいてはトンキロベースでもトラックが90% を超えており、長距離も含めてトラックが貨物輸送の中心となっている。タイは地理的に見ても海上輸送や河川輸送に大きくは期待できず、また将来的なトラックドライバー不足やCO2削減といった環境対応も踏まえ、鉄道へのモーダルシフトが必要である。
これらの課題を解消するためには、まず鉄道施設を充実させることが必要である。ソフト面においては、ICTの利活用を進めるべきである。現状、個別の企業が別々のやり方をしているので、例えば同じ業界で一つのプラットフォームやシステムを利用するなどの標準化を行うことで共同物流が可能となる。これは環境問題やドライバー不足という課題にも対応するものである。ただし、共同物流については独占禁止法に注意する必要があり、そういった面でも法整備をはじめとする政府の後押しが必要である。
また、物流拠点の分散化も重要である。タイ全体の半分以上の商業マーケットがバンコクに集中しており、これによりリードタイムが非常に長くなってしまう。地方都市でもバンコクから品物を届けなければならないため、在庫をたくさん持つ必要があり、そのために保管費が高くなる。物流拠点を分散化することで物流全体のコスト削減に繋がる。
もう一つ付け加えると、現在タイでは物流に関するデータが整備されていないため正確な分析をすることができない。そのため政府や民間企業を問わず、統計データをしっかり整えていただければ、物流に係る正確な現状分析とそれに対する対策の検討を行うことができるので是非お願いしたい。
■パネルディスカッション
テーマ「タイの物流の効率性向上」と「タイの物流の強みと弱み」
モデレーターのリードにより、講演内容をもとに「タイの物流の 効率性向上」と「タイの物流の強みと弱み」に関する政府、学識経験者、民間事業者それぞれの立場からのパネリストのコメントが示され、タイの物流の現状及び課題に関する意見交換及び議論が行われた。
◎パネリスト・コメント
テーマ:「タイの物流の効率性向上」
Punya CHUPANIT タイ王国運輸省 交通政策計画局長
タイの輸送方法は確実に道路輸送から鉄道輸送へと切り替わってきており、現在運輸省が急いで対応しているのが複線化である。これは管理面でもメリットが多く、納期遵守率も上がるため、定時性の確保は全ての物流関係者にとってとても重要である。複線化以外にも、道路から鉄道へ貨物を載せ替えるエリアの整備が必要であり、すでに計画を進めているところである。また正確に貨物の積載状況を把握できるシステムなど、ITを活用することで利便性の向上が見込まれる。
また、列車の運行本数を増やすことも重要である。現在抱えている問題として、タイ国鉄自体の条件によって運行できる列車に制限がかかっている点があるが、既存の線路にはまだ十分なキャパシティがある。そこで将来的には、運輸省の整備した線路を使用して民間企業に列車の運行を担ってもらうことを検討しており、これにより運行の効率を最大限に上げることができると考えている。
柴崎 隆一 東京大学大学院工学系研究科 レジリエンス工学研究センター 准教授
タイの国土は南北に細長く、北半分は内陸地域となっているため、鉄道が整備されていないと物流上のハンディキャップが非常に大きくなってしまう。日本やベトナムも細長い国土をもつが、海岸線が長く海運でのシェアがかなりある。一方でタイの場合は、世界的にみてもあまり同様の形状の国土をもつ国がなく、見本となる事例がないため、この国の特徴を十分に踏まえて政策を立てていく必要がある。
また日本の協力としては、タイ政府に働きかけて政策を実現していくことや、民間の人材育成システムの導入による協力、統計の整備方法や、統計調査や研究のノウハウの伝達等といった草の根交流のようなことはできるのではないか。
Bhanumas Srisukh タイ商工会議所 物流サプライチェーン委員会 顧問
タイの鉄道はオペレーションや線路の敷設、管理の全てをタイ国鉄が行っているため、競争があまり発生しない。多数の民間オペレーターを携わらせて競争を生み出すことができれば、輸送効率が上がることでコストが下がり、貨物量も更に増えると考えられる。また、法律等の規制も大きく変え、その上で公正で断固とした執行を行う必要がある。
床並 喜代志 盤谷日本人商工会議所 運輸部会長
船会社としての観点からは、レムチャバン港とラッカバンICD間の鉄道輸送における利益率を上げたいところであるが、ある程度まとまった貨物量がないと鉄道輸送には切り替えられず、トラックでの輸送となってしまうのが実状。船会社とフォワーダーの連携をもっと強めることで鉄道輸送が伸びていくのではないか。また、鉄道から港の施設に荷役を行う部分のキャパシティがまだ足りていない。将来的には環境対策という観点からも鉄道へのシフトをしっかり進めていくべき。
和氣 総一朗 JR貨物 執行役員
当社として鉄道貨物輸送を拡大していくにあたり取り組んでいたことは、鉄道輸送の認知度を上げること。そのためにはPR活動を行うことに加え、鉄道を利用することによるメリットを利用者に理解いただくことが重要である。例えば、鉄道を利用した場合はCO2排出量がトラックと比較し11分の1程度であることや、26両の貨車を連結することでトラック65台分の荷物を一度に運ぶことができるといったこと、また鉄道へのモーダルシフトを行うと国土交通省からエコレールマークを取得することができるため環境に優しい輸送手段であるということがインセンティブとなる。
JR貨物の駅構内には倉庫を用意しており、到着した荷物をそのまま保管してお客様のところまで届けるというサービスができるが、倉庫が駅から離れていると積み替え作業が発生してしまう。このような貨物駅の高度利用を行うことで輸送の効率化を図ることもできる。タイにおいても同様の取り組みが可能ではないか。
テーマ:「タイの物流の強みと弱み」
Punya CHUPANIT タイ王国運輸省 交通政策計画局長
運輸省は鉄道輸送の改善のための組織を新たに二つ設立した。一つ目は「鉄道省」で、規制を担うレギュレーターとして機能している。彼らがサービス基準、検査基準を設定し、高水準且つ高質なサービスを提供する。もう一つは、「鉄道研究所」で、鉄道セクターの人材育成のサポートや新しい技術の探索等を行う。まだ立ち上げたばかりであるが、これにより鉄道輸送の効率が大幅に上がると考えている。
タイの物流の強みは、ASEAN10ヵ国との結節性である。タイは道路、鉄道、そして航空輸送の中心地であり、タイに輸送すればそこからASEAN各地に最短距離で輸送することができる。
またASEAN諸国への旅客のほとんどはスワンナプーム空港を経由している。IATAによると、今後10年以内にタイへの訪問者数は年間2億人となる見込みであるが、現在のスワンナプーム空港の処理容量は年間最大4500万人であるため、他の空港の整備を進めているところである。
レムチャバン港やマープタープット港などの大港湾は現在利用率がほぼ100% となっており、より多くの貨物受入れのためレムチャバン港の拡張やランドブリッジの整備プロジェクトを進めているところである。
一方タイ物流の弱みとしては、規制やシステムなどのソフト面における課題が挙げられる。現在National single window の取り組みを進めており、これにより物流の利便性をあげることができる。また、タイを経由してラオスやベトナム、ミャンマーなどに輸送される貨物は、依然としてタイの法律が円滑な輸送の障害となっている。これらの課題が解消されれば、タイがこの地域のハブとなり近隣諸国との貨物輸送の効率が向上することが期待される。
柴崎 隆一 東京大学大学院工学系研究科 レジリエンス工学研究センター 准教授
レムチャバン港とラッカバンICD間の鉄道輸送量は非常に多く、これほどの輸送量をもつ鉄道は世界でも例に見ないほどである。タイにはこのような鉄道を整備したという経験があるため、更なる拡大についても自信を持ってやってほしい。ある程度鉄道が整備されてトラック輸送に対する競争力が出てくると、多少コストが高くても環境意識の高い荷主などが率先して鉄道輸送を利用するということもありうる。
また、ASEAN 諸国との結節性はタイの強みである。周辺国との貨物輸送が増えれば、国内の輸送量と合わせて、よりボリュームメリットが生じてくる。ラッカバンICDは空港とも近く、航空貨物も受け入れることで相乗効果も発揮できる。
Bhanumas Srisukh タイ商工会議所 物流サプライチェーン委員会 顧問
タイの道路はASEAN諸国の中で最も長く、車線数も多いため、道路輸送においてタイは安全でネットワークも広い。
鉄道に関してはカンボジアやラオスとの結節から利便性は高いものの、輸送モードをいかに切り替えるかが課題である。拠点の一つであるバーンパーチー駅から港はさほど遠くなく、鉄道で港まで直接つなげることができればトラック輸送の量を大幅に減らすことができる。
また、中国、カンボジア、ラオス、ミャンマー等の近隣諸国へのゲートウェイを有していることも強みである。これらゲートウェイ機能の効率を高めることで、各地への輸送に要する時間が短縮され、物流コストも下がる。
さらに、タイには多くの日本の会社があるが、同様にカンボジアやラオスなどにタイ企業が会社を設立して協力体制を築き上げれば、より緊密な連携をとれるようになる。
床並 喜代志 盤谷日本人商工会議所 運輸部会長
物流というものは、結局は人が住んでいるがゆえに物を欲し、横に動くということである。マクロ的にみるとアジアは人口が多く大きなポテンシャルを持っている。その観点からみると、タイは海に面し且つASEAN 諸国のほぼ中心にあるため、近隣のカンボジアやラオス、ベトナム、中国への陸上の物流網が構築されれば、非常に大きな存在価値を持つ。その中で鉄道輸送を伸ばすためには、現在のタイにおける鉄道輸送の状況を考慮すると何らかの競争原理が必要なのではないか。
和氣 総一朗 JR貨物 執行役員
多くの日本の企業がタイで工場等を設置しているように、タイの強みは企業がとても進出しやすい場所であるということ。周辺国との結節性が高いため利便性があり、これほどのロケーションを活かさない手はない。
一方、物流の各フェーズでそれぞれの関係者との調整が発生する現在の仕組みでは利用者にとって利便性が低く、仕組みの改定が必要なのではないか。
日本における好事例として、ビールメーカーの共同輸送を紹介したい。主要なビール会社4社において札幌から釧路へ輸送する際、従来それぞれの会社がトラックを調達し輸送していたところ、JR貨物のコンテナに各社の荷物を行き先ごとに積み分け、常にまとめて混載をして輸送している。前提として、本州から消費地である札幌に荷物が届くものの北海道から出ていく荷物は釧路や帯広、旭川から輸送されるため、札幌からその周辺地域まではJR貨物も空のコンテナを輸送していたという固有の物流事情があるが、そこをうまく利用した形である。タイにおいても、このような物流の効率化や共同輸送という事例を取り入れることができるのではないか。
◎質疑応答
●質問①
鉄道輸送への切り替えに関して現実的な問題や障害は何か。
Punya CHUPANIT タイ王国運輸省 交通政策計画局長
既存の単線では、逆方向の列車の通過の待ち時間により生じた遅延が貨物の納期遅れの問題に発展してしまうため、複線化が重要課題である。また、鉄道輸送において競争環境を生み出すための他のオペレーターの参入が必要であり、制度面での対応が求められている。
●質問②
競争を生み出すためにタイ国鉄の民営化や政府が認定する民間企業のみ参入可能とするなどの可能性はあるのか。
Punya CHUPANIT タイ王国運輸省 交通政策計画局長
将来的には複数のオペレーターが必要となるが、政府がサービスを提供し続ける必要がある場面が多々あるため、タイ国鉄も継続してオペレーターとなる。ただし民間企業に参入してもらい競争を生み出すというのは政府も求めているところであり、対応方策として、列車を購入し運行する体力のある民間企業がその運営を問題なく継続できるように法規制の見直しの検討を進めているところである。
●質問③
タイ国鉄が所有している線路を利用した民間企業の運行モデルについて、その実現の可能性はどの程度か。
Punya CHUPANIT タイ王国運輸省 交通政策計画局長
民間企業を参入させ列車の運行を担ってもらうことで競争を促し、サービスの効率を上げるというのが今の運輸省の考えである。そのために支障となる法律の改正に向けて検討しているところで、併せてビジネスモデルの分析や適切な運営方法についても検討を進める必要がある。
◎モデレーターの総括
Chackrit DUANGPRASTRA Chulalongkorn 大学ビジネススクール 准教授
本日の議論より、各関係者それぞれが持ち帰り検討すべき項目として、12点まとめた。
①既存の各種インフラを最大限に活用すること
②輸送サービスにおけるビジネスモデルの改革
③法律・規制の見直しと競争と自由の確保
④コストの最適化
⑤環境への配慮の促進
⑥マーケティングの改善
⑦ NSWをはじめとする政府・企業相互間のシステム構築
⑧インフラの改善
⑨近隣国とのWin-Winの関係の構築や協定の締結
⑩各地ゲートウェイの効率の向上
⑪物流サービス提供者の効率性の向上
⑫共同輸配送の構築とそのために必要なデータ収集
本開催概要は主催者の責任でまとめています。