「公共交通とソーシャルキャピタル」

  • 運輸政策コロキウム
  • 総合交通、幹線交通、都市交通

第153回運輸政策コロキウム

Supported by 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION

日時 2023/3/13(月)15:00~17:20
会場・開催形式 運輸総合研究所2階会議室 (及びオンライン配信(Zoomウェビナー))
開催回 第153回
テーマ・
プログラム
【講演】
 埴淵 知哉  東北大学大学院環境科学研究科准教授
 テーマ:「ソーシャルキャピタルの概念とその意義」

【発表】
 覃 子懿   運輸総合研究所研究員
 テーマ:「公共交通利用とソーシャルキャピタルの醸成」

【コメント】 
 宇都宮 浄人  関西大学経済学部教授

【パネルディスカッション及び質疑応答】
 コーディネーター:山内 弘隆 運輸総合研究所所長
 参加者 :講演者及びコメンテータ

【総括・講評】 
 コーディネーター

開催概要

 地方の公共交通事業規模の縮小やサービス停止による住民のモビリティの低減や、地域コミュニティー・住民間の社会ネットワークの衰退が懸念されている。従来、公共交通事業の存続を検討する際には、経済的利益を重視した費用便益分析的な観点が中心であった。
 本コロキウムでは、ソーシャルキャピタル(社会関係資本)というアプローチに基づいて、公共交通からもたらす社会的な利益も考慮すべきとの立場から、公共交通とソーシャルキャピタル醸成の関係性を検証し、地方公共交通政策に関する新たな示唆を探る。

プログラム

開会挨拶
宿利正史<br> 運輸総合研究所 会長

宿利正史
 運輸総合研究所 会長


開会挨拶
講演
埴淵知哉<br> 東北大学大学院環境科学研究科 准教授

埴淵知哉
 東北大学大学院環境科学研究科 准教授

講演資料

発表
覃 子懿<br> 運輸総合研究所 研究員

覃 子懿
 運輸総合研究所 研究員

講演資料

コメント
宇都宮浄人<br> 関西大学経済学部 教授

宇都宮浄人
 関西大学経済学部 教授

講演資料

パネルディスカッション及び質疑応答

<コーディネーター>
 山内 弘隆 運輸総合研究所 所長



<パネリスト>
 埴淵 知哉 東北大学大学院環境科学研究科 准教授
 覃  子懿 運輸総合研究所 研究員
 宇都宮浄人 関西大学経済学部 教授
閉会挨拶
城福健陽<br> 運輸総合研究所 主席研究員 会長特別補佐

城福健陽
 運輸総合研究所 主席研究員 会長特別補佐


閉会挨拶

当日の結果

1.講演

テーマ:「ソーシャルキャピタルの概念とその意義」
講師:埴淵 知哉  所属 東北大学大学院環境科学研究科准教授


 ソーシャルキャピタル(Social Capital)は近年注目されている概念であり、その重要性が研究者や政策担当者の間で共有されつつある。ソーシャルキャピタルには様々の定義があるものの、最もよく知られているのは、それが「信頼、規範、ネットワーク」からなるとのパットナム(アメリカの政治学者)による定義である。ソーシャルキャピタルは協調的な行動を促進し、それが社会的に良い結果をもたらすとされる。ソーシャルキャピタルが実際に経済成長、犯罪防止、健康促進や行政の効率化などに寄与するかどうかをめぐって、様々な先行研究が議論を積み重ねてきた。

2.発表

テーマ:公共交通利用とソーシャルキャピタルの醸成
覃 子懿  所属 運輸総合研究所


研究背景:
地方圏において、少子高齢化により、利用者が減少し、公共交通事業の規模縮小やサービス停止などが進んでいる。地方圏における公共交通サービスの低減により、住民のモビリティが低下する傾向となり、交通難民のような問題も出てきた。住民の外出利便性が減ると、外出頻度も低下し、社会的ネットワークが希薄化していくことが懸念されている。社会的ネットワークとは、人々の間の絆のようなもので、学術上では、ソーシャルキャピタルとの概念で表現されている。ソーシャルキャピタルが衰退になると、さまざまな悪影響が出てくる恐れがある。したがって、ソーシャルキャピタルの視点から公共交通の存在意義を検証する必要があると考える。本研究は公共交通利用とソーシャルキャピタルの醸成の関係性を検証し、地方公共交通政策に関する新たな示唆を得ることを研究目的としている。

研究課題:
 本研究は下記の3つの課題について検証を行う:
① 公共交通利用とソーシャルキャピタルの相関関係
② 公共交通からソーシャルキャピタルに与える二種類の影響
③ ボンディング型とブリッジング型ソーシャルキャピタルにおける公共交通の影響

データと分析方法:
 上記の3つの課題の検証に利用するデータは国土交通省が2015年に実施した「全国都市交通特性調査」の意識調査のデータである。調査の回答者は全国70都市の5歳以上の住民となり、回答者数は71,877人である。
 調査項目から、「1人で外出するよりも、友人や 家族など、誰かを誘って(または誘われて)一緒に外出することが多い」と「友人や近所付き合いは多い方である」この2つの質問をソーシャルキャピタルの代理指数、「年間バスと電車の利用回数」を公共交通利用の代理指数として選定した。ボンディング型とブリッジング型ソーシャルキャピタルの代理指数について、2種類の代理変数で分析を試した。指標一は中心市街地への買い物頻度をボンディング型、郊外ショッピングセンターへの買い物頻度をブリッジング型の指標で、指標二は中心市街地の店員とのコミュニケーションが好きをボンディング型、郊外ショッピングセンターの店員とのコミュニケーションが好きをブリッジング型ソーシャルキャピタルの指標にした。

分析結果:
分析結果①:公共交通利用とソーシャルキャピタルの相関関係
質問項目の回答は5段階のリッカートスケールのため、順序プロビットモデルによって分析を行う。分析結果は公共交通を利用する人は利用していない人よりソーシャルキャピタルが高いことが示され、公共交通利用とソーシャルキャピタルの正の相関関係が実証された。
分析結果②:公共交通からソーシャルキャピタルに与える二種類の影響
本研究は公共交通が主に「モビリティ提供による影響」と「共有との特徴による影響」に通じて、ソーシャルキャピタルの醸成に影響すると想定し、公共交通に依存度が高いグループに着目し、「モビリティ提供による影響」を、公共交通に依存度が低いグループに着目し、「共有との特徴による影響」をそれぞれ検証する。公共交通に依存度が高いグループは高齢者グループ、自家用車非保有者グループ、移動困難者グループと定義しており、公共交通に依存度が低いグループは自家用車保有者グループと定義している。 分析結果について、高齢者グループと自家用車非保有者グループにおいて、公共交通利用とソーシャルキャピタル醸成の正の相関関係が示されたため、公共交通のモビリティ提供による影響が確認できた。自家用車保有者グループも同じ結果になり、公共交通の共有との特徴による影響も確認できた。移動困難者グループにおいて、公共交通利用とソーシャルキャピタルの関連性が確認できていない結果から、体の原因で移動不自由な方は、通常のバスと電車の利用も困難でおり、他の移動手段の提供が必要とのことも示唆された。
分析結果③:ボンディング型とブリッジング型ソーシャルキャピタルにおける公共交通の影響
2種類の代理指標を用いて分析した結果は同じく、公共交通を多く利用する人はボンディング型ソーシャルキャピタルが比較的に高い、自動車を多く利用する人はブリッジング型ソーシャルキャピタルが比較的高いことが明らかになった。また、バスの利用とボンディング型ソーシャルキャピタルの関連性が特に高いことも分かった。

結論
まず、公共交通利用とソーシャルキャピタルの正の相関関係が示され、公共交通利用がソーシャルキャピタルを高める可能性が示唆された。また、公共交通利用による二種類の影響(公共交通が移動手段としてモビリティ提供による影響と人々のふれあいを促進する共有との特徴による影響)が実証され、公共交通サービスの提供が重要とする一方、利用の促進も必要とのことが示唆された。最後、ボンディング型ソーシャルキャピタルと公共交通特にバスとの関連性が高いとの結果から、地方圏における公共交通の存在意義、特にバスの重要性が示され、できるだけ、路線バスの維持、或いは、バスに似たような形式でのサービスの提供が重要であることが示唆された。

3.コメント

コメンテーター:宇都宮 浄人  所属 関西大学経済学部教授

 先行研究が少ない分野について、豊富なサンプルを用いて分析し、政策課題へのインプリケーションを提示した点を評価しつつも、①公共交通利用とソーシャルキャピタルの醸成における因果関係への検証、②ボンディング型とブリッジング型SCの指標選択の妥当性、③ソーシャルキャピタルにおける個人と集団の因果関係、3点の指摘があった。

4.パネルディスカッション&質疑応答

コーディネーター:山内 弘隆 運輸総合研究所
パネリスト:
宇都宮 浄人  関西大学経済学部
埴淵  知哉  東北大学大学院環境科学研究科
覃    子懿   運輸総合研究所

・覃研究員から宇都宮先生のコメントに対する返答:
① 今回の分析では、データの性質で相関分析しかできていない。これは本研究の限界のひとつである。学術上には因果関係の証明は重要であり、今後の課題として、分析を深めたいと考える。
② ボンディング型とブリッジング型ソーシャルキャピタルの指標について、今回は「中心市街地」と「郊外ショッピングセンター」との二つの地理的な要素を使って区分しているが、宇都宮先生のご指摘通り、距離は唯一の測り方ではなく、郊外ショッピングセンターに行くかどうかをブリッジング型ソーシャルキャピタルの指標として利用するのは限界があることが承知しており、今後の研究で相応しいデータで丁寧にこの二種類のソーシャルキャピタルを定量化し、考察したい。

・因果関係の証明についての議論
宇都宮先生:政策策定上には因果関係の証明が極めて需要で、例としては、ビフォーとアフターの比較を聞くことによるその矢印を見つけることは一つの方法である。
埴淵先生:社会科学は実験できないため、因果関係の証明は難しいのが現実で、宇都宮先生が指摘されたように時間的な前後関係を把握するのがとても大事。継続的にデータを集めて、それを分析していくということは重要。また、データの整備には産官学連携も必要。

・普遍性と特有性について
埴淵先生:郊外型ショッピングセンターやスプロールなどの議論について、パットナムが想定したのはアメリカの状況であるが、日本の状況を考えてみると同じではないと思う。 宇都宮先生:公共交通による人の行動変化に関しては、一定の普遍性も見られる。ヨーロッパで日本と同じアンケート調査をとった結果、日本と非常に似通ったことが分かった。

Q:今回の分析では中山間地域のデータが少ない
覃研究員:今回のデータは70都市を対象とした調査票なので、農村地域などは含まれていない。また中山間地域を含め、農村部における公共交通に関するデータが少ないのは現状。公共交通水準が低下している地域を対する分析は本当に重要。

Q:コロナが公共交通に与える影響について
宇都宮先生:コロナからの影響があると思うが、データによる検証が必要と考える。例えば今回使った都市交通特性調査は5年毎の調査で、前後の比較によるコロナの影響を観察できると思う。
埴淵先生:デジタル/ビッグデータの活用によって、今までと違う形で、ソーシャルキャピタルへの影響を観察できると思う。

Q:リアルコミュニケーションとバーチャルコミュニケーションの効果の区別について 覃研究員:バーチャルコミュニケーションの重要性が徐々に上がっていく中、特にコロナの影響で、インターネット経由のコミュニケーションが増加し、その影響を考察するのが一つ重要な課題。
埴淵先生:バーチャルコミュニケーションとリアルコミュニケーションによる効果の差を観察するのは極めて難しい。リアルとバーチャルをはっきり分けられないと思う。
宇都宮先生:バーチャルコミュニケーションが増加したものの、リアルコミュニケーションの価値がなくなったというわけではない。バーチャルが増えても、公共交通の役割は変わらないと思う。

本開催概要は主催者の責任でまとめています。


〈当日の様子〉

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