鉄道事業におけるカーボンニュートラル(脱炭素社会)に向けた取組み

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第73回運輸政策セミナー(会場・オンライン併用開催)

Supported by 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION

日時 2021/6/30(水)15:00~17:30
会場・開催形式 ベルサール御成門タワー
開催回 第73回
テーマ・
プログラム
鉄道事業におけるカーボンニュートラル(脱炭素社会)に向けた取組み
講師 1.基調講演
「カーボンニュートラルを巡る動向~気候変動リスクとサステナビリティ経営~」
 講師:吉高 まり
   三菱UFJリサーチアンドコンサルティング企画管理部門副部長/
   プリンシパル・サステイナビリティ・ストラテジスト

「JR東日本グループ「ゼロカーボンチャレンジ2050」の取組み」
 講師:笠井 浩司   東日本旅客鉄道株式会社 経営企画部次長

「阪急阪神ホールディングスグループにおけるサステナビリティ推進の取組」
 講師:相良 有希子 阪急阪神ホールディングス株式会社
            サステナビリティ推進部課長

「鉄道のカーボンニュートラルを支える基盤技術」
 講師:近藤 圭一郎 早稲田大学理工学術院教授 


3.パネルディスカッション及び質疑
コーディネーター:山内 弘隆  一般財団法人運輸総合研究所所長
パネリスト:講演者

開催概要

  ⽇本政府は昨年 10 ⽉、2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする「2050年カーボンニュートラル」の実現を⽬指すことを表明しました。これまで、鉄道は、地球環境に優しい交通⼿段と⾔われて久しいですが、鉄道事業としても更なる取り組みが必要であると考えられます。
 そこで、本セミナーでは、吉⾼講師より最近の脱炭素の動向と交通事業者を含めた企業にとってのリスクとビジネス機会についての ESG 投資の観点からご講演を、笠井講師、相良講師からは鉄道事業での実際の取り組み事例を、近藤講師からは鉄道のカーボンニュートラルを⽀える基盤の技術をご紹介いただきます。
 これらの講演を踏まえ、今後どのような取組みが期待されるかなど、議論をしました。

 今回のセミナーは大学等研究機関、国交省、交通事業者、コンサルタントなど会場・オンラインあわせて736名の参加者があり、盛会なセミナーとなった。

プログラム

開会挨拶
宿利 正史<br> 運輸総合研究所 会長

宿利 正史
 運輸総合研究所 会長


開会挨拶
基調講演
吉高 まり<br> 三菱UFJリサーチアンドコンサルティング企画管理部門副部長<br>                    プリンシパル・サステイナビリティ・ストラテジスト<br>

吉高 まり
 三菱UFJリサーチアンドコンサルティング企画管理部門副部長
                    プリンシパル・サステイナビリティ・ストラテジスト


講演資料『カーボンニュートラルを巡る動向 ~気候変動リスクとサステナビリティ経営~

講演者略歴

講演1
笠井 浩司<br> 東日本旅客鉄道株式会社 総合企画本部経営企画部次長

笠井 浩司
 東日本旅客鉄道株式会社 総合企画本部経営企画部次長


講演資料『JR東日本グループ「ゼロカーボンチャレンジ2050」の取組み~

講演者略歴

講演2
相良 有希子<br> 阪急阪神ホールディングス株式会社 サステナビリティ推進部兼経営推進部課長<br>

相良 有希子
 阪急阪神ホールディングス株式会社 サステナビリティ推進部兼経営推進部課長


講演資料『阪急阪神ホールディングスグループにおけるサステナビリティ推進の取組~

講演者略歴

講演3
近藤 圭一郎<br> 早稲田大学 早稲田大学理工学術院教授  

近藤 圭一郎
 早稲田大学 早稲田大学理工学術院教授  

『鉄道のカーボンニュートラルを支える基盤技術』

講演者略歴

パネルディスカッション

<コーディネーター>
 山内 弘隆  一般財団法人運輸総合研究所所長
   
<パネリスト>
 吉高 まり  三菱UFJリサーチアンドコンサルティング企画管理部門副部長/
         プリンシパル・サステイナビリティ・ストラテジスト
 笠井 浩司  東日本旅客鉄道株式会社総合企画本部 経営企画部 次長
 相良 有希子 阪急阪神ホールディングス株式会社
          サステナビリティ推進部 兼 経営推進部 課長
 近藤 圭一郎 早稲田大学 早稲田大学理工学術院教授 

閉会挨拶
奥田 哲也<br> 運輸総合研究所 専務理事、ワシントン国際問題研究所長、アセアン・インド地域事務所長

奥田 哲也
 運輸総合研究所 専務理事、ワシントン国際問題研究所長、アセアン・インド地域事務所長


開会挨拶

当日の結果

ご講演・パネルディスカッションの概要は以下の通りです。

  1. 1.基調講演 吉高 まり 三菱UFJリサーチアンドコンサルティング企画管理部門副部長/プリンシパル・サステイナビリティ・ストラテジスト

 2021年は、G7COP26で取り上げられるなどカーボンニュートラルイヤーと言われている。この流れと同じくして、財務情報だけでなく、環境、社会も考慮したESG投資という考え方が世界の投資家の主流となっている。Eは環境(Environment)、Sは社会(Social)、Gはガバナンス(Governance)であり、Eでは気候変動、Sでは人権が注目されている。コロナ禍下、ESG投資に投資マネーが動いており、ESGの情報開示をしている企業の株価が相対的に上昇しているなどの影響も出ている。

 社会的責任投資ではネガティブスクリーニング、規範に基づくスクリーニングが主流であった。その後、ESG投資では、ポジティブスクリーニング、ESGインテグレーション、サステナビリティテーマ投資と変遷している。今資産運用会社は、財務と財務以外の情報を統合して企業価値を判断している。

 日本では、2014年の経済財政諮問会議でESG投資の積極化に言及。2015年にコーポレートガバナンスの強化を明示し、コーポレートガバナンス・コードを策定。20182021年に改訂している。

 TCFDは金融機関および企業等に対し、気候変動関連リスク、及び機会について開示することを推奨しており、世界的に開示義務化が進んでいる。

 菅首相の2050年カーボンニュートラル宣言を受け、日本政府において、新たに気候変動・ファイナンス関連の会合が多く設置されている。また、多種多様な企業が2050年カーボンニュートラルの方針・戦略等を公表している。グリーン成長戦略の中でも、次世代熱エネルギー産業、物流・人流・土木インフラ産業は鉄道事業が関わる分野であり、今後より重要になってくる。

2.講演1 笠井 浩司 東日本旅客鉄道株式会社 経営企画部次長

 当社グループでは、JR東日本グループ経営ビジョン「変革2027」において、ESG経営を位置づけており、2050年度CO₂排出量実質ゼロの目標を「ゼロカーボン・チャレンジ2050」として取り組んでいる。具体的には、省エネの推進、再生可能エネルギーの開発推進、水素エネルギー活用の拡大、自営火力発電所へのCO2フリー水素発電の導入検討等を進めている。鉄道事業では、2030年度で50%削減、2050年度にはグループ全体でCO₂排出量実質ゼロの目標を目指している。

 当社グループでは、「つくる」、「送る・ためる」、「使う」の全てのフェイズでゼロカーボンの実現を目指している。「つくる」は、再生可能エネルギーの開発推進、自営発電所の脱炭素化等である。「ためる」では、回生電力の有効活用のために、電力貯蔵装置、回生インバータ、電力融通装置を設置している。「使う」は、省エネ車両の導入、省エネ・再エネなどの環境保全技術を駅に導入、水素活用等がある。

 水素社会実現のために、水素ステーションの設置(高輪ゲートウェイ駅)、燃料電池バス・燃料電池自動車の導入、ハイブリッド車両の開発を行っている。

 当社においてもTCFDに沿った情報開示を実施しており、財務的影響がより少ないと分析された2℃シナリオの実現を目差し、「ゼロカーボン・チャレンジ2050」達成に向けた取組みを推進する。

3.講演2 相良 有希子 阪急阪神ホールディングス株式会社 サステナビリティ推進部課長

 当社グループでは、これまで推し進めてきた環境・社会・ガバナンスの取組をさらに加速させ、持続可能な社会の実現に向けた方向性を示すべく、20205月に「阪急阪神ホールディングスグループ サステナビリティ宣言」を発表した。基本方針は「~暮らしを支える「安心・快適」、暮らしを彩る「夢・感動」を、未来へ~」とし、それに基づく6つの重要テーマと取組方針を定めている。

 これに先立ち、「未来にわたり住みたいまちづくり」を目指して、グループ横断の社会貢献プロジェクトを2009年から進めてきた。その10周年に、阪急電鉄・阪神電気鉄道で、20195月からSDGsの達成に向けたメッセージを発信する列車「SDGsトレイン 未来のゆめ・まち号」を運行し、昨年9月からは実質的に再生可能エネルギー100%で走行している。

 カーボンニュートラルの実現に向けて、公共交通ネットワークの拡大、省エネの推進、再生可能エネルギーの活用に取り組んでいる。一つ目は、MaaSの活用を含め、公共交通を軸とした環境負荷の低い交通ネットワーク形成、二つ目は、省エネ車両に加えて、日本初のカーボンニュートラルステーションや地下路線の大規模LED化など、三つめは、バイオディーゼル燃料100%バスの運行・発電機の導入などを進めている。

4.講演3 近藤 圭一郎 早稲田大学理工学術院教授

 鉄道が省エネルギーであることは輸送機関の輸送量とエネルギー消費量の比較で、また、CO2排出量で優れていることは単位輸送量あたりのCO2排出量の比較で定量的に示すことができる。例えば鉄道と自動車を比較したとき、鉄道はレールの上を車輪で走行するが、自動車は地面の上をゴムタイヤで走行する。この違いにより、鉄道は自動車と比べた場合,転がり抵抗が少なく空気抵抗が小さいため,エネルギー消費量は少ない。

 新幹線は、アルミによる車体の軽量化、ボルスタレス台車による台車の軽量化、回生ブレーキによるブレーキ抵抗の省略により車両の軽量化が進んだ。また、先頭形状の適正化や車両表面の平滑化により空力性能が向上した。これらの結果として走行抵抗が低減し,省エネルギー化が進んだ。

 在来線の省エネルギー化の取組としては、運転時分を必要以上に短くしないことが効果的である。また特に非電化区間の車両では,蓄電池を搭載し蓄電池電車とすることや、ディーゼルカーに蓄電池を搭載したディーゼルハイブリッド車両にすることでWell-To-Wheelのエネルギー効率の改善が見込める。また、燃料電池車両ではTank-To-WheelCO2排出はないので,水素エネルギーネットワークの構築により,Well-to-Wheelの効率を向上させる余地がある。

 鉄道の省エネルギー化への取組は地道な積み上げと、バッテリーの性能向上や燃料電池といった技術革新を車の両輪として進めていくことが重要である。

5.パネルディスカッション

 運輸総合研究所山内所長をコーディネーターとして、鉄道事業におけるカーボンニュートラルに向けた取組や今後の展開について議論しました。主なやり取りは以下のとおり。

<カーボンニュートラルに向けた新たな取組など>

・鉄道事業者におけるカーボンニュートラルに向けた取組がなかなか知られていないため、もっとPRしていく必要がある。サスティナビリティとSDGsを結びつけて意味合いなど整理して取り組む方がよい。

・鉄道事業は国内で実施しているため、ESG投資やサプライチェーンが見えていなかったが、世界の動きを見て対応する必要がある。電気をつくる側におけるカーボンニュートラルの取組もあるが、電気を使う側の取組として省エネだけではカーボンニュートラルに対応できない部分があり、再エネも考えてエネルギー事業者と協働して取り組むことも重要である。

・鉄道事業者の中でも各分野が連携して対応する必要がある。

ESG投資家はグローバルも含めて業界毎に比較する。鉄道業界は日本国内のものであるが、これが日本の強みだということで世界に発信してほしい。

・サプライチェーンのことも考えて目標をつくっていかないといけない。また、取組の前倒しも進めていく必要があるのではないか。

・事業部門ごとにKPIを設定し、PDCAを回すことを考えている。TCFDへの署名はリスクというよりチャンスとしてみた方がいい。特に不動産部門は競争力と一緒に語られるものであり、オフィス入居者がサプライチェーンと併せてカーボンニュートラルを求めてくるところがある。

・鉄道は公共事業性という観点から省エネの取組を進めてきた経緯があり、鉄道では当たり前であった省エネの取組を見える化し情報発信することは重要である。

・再生エネルギーについて、今あるものは使わず、新たに必要となるものは新しく造った再生エネルギーの範囲で使用すれば社会全体の使用量が抑えられる。

・少子高齢化で利用者が減る中、鉄道施設の維持管理には人手がかかるため、その収支のバランスもみる必要がある。

・省エネ車両を導入し回生エネルギーを利用していくが蓄電池の技術革新にも期待したい。沿線の自治体と一緒になって環境に配慮した豊かで未来にわたり住みたい街を創っていくことが事業の活性化につながる。

・カーボンニュートラルは一者でできるものではなく、社会全体を見て関係者の協力も得ながら取組を行い、鉄道を選んで乗っていただくことで、環境負荷低減につなげ企業価値を高めたい。

・カーボンニュートラルは産業構造を変えるものでありリスクではなくビジネスチャンスと捉えるものである。企業や日本の価値を高めるには、鉄道産業の影響力は大きくその情報発信に期待したい。

視聴者の方々からの質問について議論した。主なやり取りは以下のとおり。

・発電側の電力のカーボンニュートラルが進むとその電力を使用している鉄道側も効果はあるが、それだけでは不十分であり、鉄道側においても再生エネルギーを創り、地域と連携するなど鉄道会社の役割はある。

・燃料電池車両の課題は、短時間に充填できるかなどの充填技術の点、水素燃料そのもののコストの点などがあるが、水素社会になってから進めるのではなく、まずは、水素社会における需要をどう創り出すか、水素技術をどうするのか関係会社とも協力して勉強中である。

・電力以外にもカーボンニュートラルの取組につながるものとしては、例えば、土木技術におけるコンクリートの資材について、その素材がカーボンニュートラルで作られているのかという視点も大事になる。また、石炭などのエネルギーだけでなく、資源が枯渇することに着目し効率性といった視点でも投資家は見ている。

・投資家の関心は経営能力であり、必達できるかどうかではない。例えば、トヨタでは2050ゼロエミッションという目標を掲げ、その後、2030年マイルストーンを出したように、今すぐにすべてを電気自動車に置き換えはできないが、ハイブリッドで実績を積みながらトランジションを行うこととしている。また、世界情勢が変わったときには、それに対応できる強靭な経営であることも示している。コロナ禍においても慌てずに経営は変わっていけるということ、すなわちトランジションをどう見せるかということが重要である。できる、できないではなく、対策を常にもっていることが重要である。

・脱炭素化と関連した気候変動への取組を開示するTCFDについても取組を進めているところであり、その物理的リスクについて財務的な影響も含めて開示できるようにしていきたい。

本開催概要は主催者の責任でまとめています。

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