自然災害に対応する計画運休の意義と課題~利用者の理解に向けて~

  • 運輸政策セミナー
  • 鉄道・TOD
  • 安全・セキュリティ・防災・環境

第70回運輸政策セミナー(オンライン開催)

Supported by 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION

日時 2021/4/8(木)15:00~17:30
開催回 第70回
テーマ・
プログラム
自然災害に対応する計画運休の意義と課題~利用者の理解に向けて~
講師 1.講演
講 師:奥村 誠  東北大学災害科学国際研究所/大学院工学研究科教授
    内田 俊一 東日本旅客鉄道株式会社鉄道事業本部サービス品質改革部次長
    小林 立樹 東武鉄道株式会社鉄道事業本部運輸部運転計画課課長
    山口 裕通 金沢大学理工研究域地球社会基盤学系助教

2.パネルディスカッションおよび質疑応答
コーディネータ:奥村 誠  東北大学災害科学国際研究所/大学院工学研究科教授
パネリスト  :金子雄一郎 日本大学理工学部土木工学科教授
        各講演者

3.全体講評
    山内 弘隆 運輸総合研究所所長

開催概要

近年猛威が意識される自然災害について、鉄道等公共交通事業者は、気象情報等を基に早期に運休等を計画することが考えられる一方で、利用者へのサービス提供を中断しないようなるべく運行継続を図るというジレンマに直面しがちである。一方、その円滑な実施に際しては、利用者側から計画運休の意義についての理解を得ることが大事であるとともに、利用者の行動には、実施時期、駅の滞留状況、運転再開等の情報提供や勤務先企業からの指示が影響を与え、その最適な行動選択を可能にするための情報提供も大事である。 このため、公共交通事業者と利用者の両方の視点で、首都圏等の鉄道を例に、議論を行い、今後必要とされるデータや分析の課題についての示唆を試みた。


今回のセミナーは鉄道をはじめ、大学・研究機関、行政機関など約411名の参加者があり、盛会なセミナーとなりました。

プログラム

開会挨拶
宿利 正史<br> 運輸総合研究所 会長

宿利 正史
 運輸総合研究所 会長


開会挨拶
講  師
奥村 誠<br> 東北大学災害科学国際研究所/大学院工学研究科教授

奥村 誠
 東北大学災害科学国際研究所/大学院工学研究科教授


講演資料『鉄道事業者の被害軽減のための計画運休

講演者略歴

講  師
内田 俊一<br> 東日本旅客鉄道株式会社鉄道事業本部サービス品質改革部次長

内田 俊一
 東日本旅客鉄道株式会社鉄道事業本部サービス品質改革部次長


講演資料「JR東日本の「計画運休」の取組みについて

講演者略歴

講  師
小林 立樹<br> 東武鉄道株式会社鉄道事業本部運輸部運転計画課課長

小林 立樹
 東武鉄道株式会社鉄道事業本部運輸部運転計画課課長


講演資料「東武鉄道の計画運休について

講演者略歴

講  師
山口 裕通<br> 金沢大学理工研究域地球社会基盤学系助教

山口 裕通
 金沢大学理工研究域地球社会基盤学系助教


講演資料「携帯電話位置情報が示す災害時の人々の移動行動変容

講演者略歴

パネルディスカッション

<コーディネーター>
 奥村 誠  東北大学災害科学国際研究所/大学院工学研究科教授
 パネルディスカッション論点

<パネリスト>
 金子雄一郎 日本大学理工学部土木工学科教授 略歴
  講演資料「東京圏における鉄道の計画運休に関する分析

 内田 俊一 東日本旅客鉄道株式会社鉄道事業本部サービス品質改革部次長

 小林 立樹 東武鉄道株式会社鉄道事業本部運輸部運転計画課課長


 山口 裕通 金沢大学理工研究域地球社会基盤学系助教

全体講評
山内 弘隆<br> 運輸総合研究所 所長

山内 弘隆
 運輸総合研究所 所長

閉会挨拶
小瀬 達之<br> 運輸総合研究所 理事長補佐

小瀬 達之
 運輸総合研究所 理事長補佐


閉会挨拶
※録画配信は終了いたしました。

当日のプログラム

当日の結果

ご講演・パネルディスカッションの概要は以下の通りです。

1.講演(1)奥村 誠:東北大学災害科学国際研究所/大学院工学研究科教授
 公共交通機関は、自然空間の中の交通路で交通具(乗り物)を運行し、旅客や貨物を運ぶ役割を果たしているため、自然災害の影響を直接受ける。鉄道は勾配や曲線の制限が厳しく、河川や斜面に接して設置せざるを得ないため、特にその影響を受けやすい。万一交通路が被害を受けた場合は、復旧に時間がかかるだけでなく、それが営業運行中である場合には、旅客や貨物も危険にさらされる可能性もある。旅客や貨物を主体におく以上、危険よりもメリットが大きければ極力運行を継続させたほうが良い。しかし、近年注目を集めつつある計画運休が利用者に理解され適切に実施されれば、旅客や貨物の安全を守るだけでなく、早めの車両退避等による資産の被害軽減にも効果的である。

2.講演(2)内田俊一:東日本旅客鉄道株式会社鉄道事業本部サービス品質改革部次長
 長年の間、台風対応は「動かせるところは動かす」を基本としてきたが、2018年に「計画運休」を初めて実施した。2018年台風24号、2019年台風15号・19号の経験と教訓を踏まえ、2020年3月に「計画運休」の基本方針を策定した。この方針では、お客さまに余裕を持って行動していただける「計画運休」の公表、運転再開見込み時間の判断等について定めている。また、浸水対策として、設備の重要度に応じたハード・ソフト対策を検討しているほか、車両避難の判断のために車両疎開判断支援システムを開発し順次導入を進めている。ただし、避難しても浸水しないケースの発生や、車両移動時間の確保から運休時間が長くなる点について、社会的な理解を要する。今後は、可能な限り早期の運転再開を目指しつつも、お客さまが余裕を持って行動できるよう発表のタイミングや表現方法に留意し情報提供を行っていく。

3.講演(3)小林立樹:東武鉄道株式会社鉄道事業本部運輸部運転計画課課長
 2018年台風24号では、所定の運行を継続し、安全確認を始発列車の徐行運転で行った結果、運転規制・支障物等による運休や駅間停車等が発生した。そこで、計画運休や利用者への情報提供方法等に関する「東武鉄道 計画運休タイムライン」と、台風通過後の試運転列車の運行を定めた。2019年台風15号ではこれに則って計画運休を実施したが、直前の情報提供や、運転再開見込み変更によるお客様集中という課題も残り、タイムラインの更新を行った。同年の台風19号では、これに則り情報発信し、十分に輸送力を確保した上で運転再開したこと等から大きな混乱なく計画運休を実施できた。一方、道床流出など長期にわたる施設被害も受け、台風接近時の大型河川氾濫に備えた浸水対策の検討が急務となった。そこで、東武鉄道ハザードマップを作成し、現在は高架駅等への車両避難の検討や現場への浸水深のマーキングの計画を行っている。

4.講演(4)山口裕通:金沢大学理工研究域地球社会基盤学助教
 NTTドコモの携帯電話運用データである「モバイル空間統計」で2018年4~9月の1時間単位の大阪市域の滞在人口推移を把握し、「時系列混合ガウスモデル」により異常変動を検出した結果、大幅な減少が観測された日と、鉄道が広範囲で運休した日が一致した。異常変動のあった4事象の深夜→昼間の増加量を通常時と比較すると、6月18日の大阪北部地震では地震発災時に流入が当然停止し-50%で頭打ちとなり、7月6日の西日本豪雨では多くの路線が運休し-20%となった。一方、「計画運休」を実施した場合、9月4日の台風21号では運休直前が流入量ピークで-70%、9月30日の台風24号に至っては-100%であった。これらを踏まえると、計画運休には大阪市内への流入行動を止める効果があると考えられる。ただし、比較した事象間では曜日や時点の違いなど条件の差異が大きいため、サンプル数を増やすことによる知見の蓄積が必要である。

5.講演(5)金子雄一郎:日本大学理工学部土木工学科教授
 モバイル空間統計を用いて、2019年台風15号・19号の運転再開時の駅を含む500mメッシュ内の人口をそれぞれ平常時(前週の同曜日)と比較した。その結果、運転再開時に幅をもたせた案内を行うなど情報提供を工夫することで駅への集中を抑制することが可能であること(台風15号と19号の比較)、運転再開の見込み時刻の公表の有無に加えて、運転再開時刻についても、メッシュ内人口の増加に一定の影響を及ぼしていること(JR東日本と大手民鉄の比較)が示唆された。一方、台風15号に伴う計画運休の通勤行動への影響を把握するために実施したWebアンケート結果によると、勤務先からの指示内容と計画運休の状況が出勤行動に大きく影響しているほか、当日出勤しなかった人の内訳を見ると、日頃からテレワークを実施している情報通信業の割合が高いことがわかった。このことから、コロナ禍でテレワークの定着が進んだことにより運転再開時の需要の抑制が期待できる。ただし、点検の状況や再開後の駅の混雑状況など情報提供の改善や運転再開見込みの予測精度の向上は、引き続き求められる。

6.パネルディスカッション・質疑応答
奥村教授をモデレーターとして、現在の計画運休の実態・課題、今後の対応の考え方や、発展の重要性について議論しました。主なやり取りは以下の通りです。

<計画運休の実態・課題について>
・運休範囲を設定するため、気象庁のデータを全体的に参考としながら、民間の気象会社から線区・時間帯毎に予報を出してもらい、必要な情報を得ている。時間帯で車両や乗務員の動きが異なり、パターンを事前に用意するのは難しい。お客様の多い線区は動かすような社会的影響の大きさで止める、止めないという判断は基本的していない。相互直通運転をしている他社への影響もあり、情報発信のタイミングを各社と共有している。
・災害はいつどこで何が起こるかを事前に予測できず、空間と時間の情報を組み合わせるとパターンが無限大に存在してしまう。ただ、運行が止まった時の人の行動に関するデータベースを作っておくことで、過去の経験における課題等を振り返ることが可能となるので、その教訓を共有できるようにしておくことがよい。
・鉄道事業者として台風に限らず、日頃から、運行再開の在り方等を共有している。お客様の利用状況も情報交換している。計画運休については発展途上であり、ノウハウの蓄積が少ないので他社と連携をとって、より良い対応ができるようになればと考える。
・自社の乗換駅まで運転を再開させても、その先の事業者が運行していないとそこで滞留が起きてしまう。事業者間の連携が重要だと感じた。

<迂回路線や振替輸送等について>
・計画運休では、他社も運転を取りやめているケースが多いので、振替輸送そのものが成り立たない。計画運休時には、報道に頼りながらも自社HPやSNSで広くお知らせして、不要不急の利用を避けていただくことを呼びかけていきたい。2日前にその可能性を前広にお知らせすることでリスクを軽減できると考えているが、2日前以上だと精度の問題もある。
・計画運休を実施するほどの台風が接近した場合、面レベルでの影響が想定される。仮に振替輸送の依頼をしてもお客様が他社線に集中して、かえって混乱を招く。計画運休時には振替輸送の依頼を原則行わない。
・台風15号時のモバイル統計データからは、並行路線のうち、先に運行を開始した路線の駅に人が集まる傾向が見られる。輸送力の問題から代替は難しく、余力がない場合には利用者の行動を抑制しないとならない。アンケート調査では、計画運休の確定を一日前に、という回答がかなり多い結果で、事業者の施策と合致している。

<今後の対応、発展の重要性について>
・事前周知のタイミングなどは悩ましい。バランスよく人の行動を減らすことは難しく、ボリュームを減らしてもらうメッセージを出さなくてはいけない。新型コロナウィルスの対応で、人の行動をどう抑制するかという知見がある程度出てきており、そのような成果が生きてくるのではないか。

視聴者の方々からの質問についても議論しました。主なやり取りは以下の通りです。
・計画運休時の情報提供について:計画運休時にはタクシー、バスでは代替が困難であり、二次交通との連携をとっていない部分はある。企業個々には伝えていないが、沿線の自治体や学校には情報を伝えるようにしている。
・災害が繰り返されると人の行動パターンも変わってくるが、共通点を見つけることが大事で、共通点を見定めながら一般的な知見をできるだけ取り出す取り組みが必要である。
・天気予報のように確率を使って、時間帯別に運休するか再開するのかを%で出すことは根拠が難しい。まずは細かい時間での案内はせずに、大まかな目安で運転再開の見込みを伝えて、徐々にめどがたってから高い精度の見込みを伝えることを考えている。

最後に奥村先生から以下のコメントがありました。
・今まで事業者は,可能な限り通常時に近いサービスを提供するべきと考え、運休は最小限にするという傾向があった。しかし,コロナ禍等で公共交通の利用者が減っている時には、このような実行可能な最高のレベルのサービスを提供することが正解とは言えなくなってきており,見方の転換が必要と感じた。様々な不確実性がある中で、被災リスクを下げながらどのように地域の公共交通を維持していくのが地域として賢いのか、その時に住民側も行動が制約され一部我慢していただかねばならない場面が出てくるのではないか。計画運休は、みんなで少しずつ我慢しながら,持続可能な形で鉄道サービスを支えるのか、という大きな問題の,一つの例ではないかと感じた。

7.全体講評 山内弘隆:運輸総合研究所所長
 皆さまのご講演、議論から3点の学びを得た。1つ目に、計画運休に対する理論的な考えを奥村先生のご講演から学んだ。2つ目に、事業者が現場でどのように計画運休に対応しているかが理解できた。経験を有効に活用して対応自体が進歩しており、それらは企業の知、リスク対応のナレッジである。災害のような公共的なリスクの場合、固有の知は共有することによってより有効になると思う。3つ目に、先生方から計画運休によってどのように行動変容するのか、それを分析する手法を学んだ。このような形で分析することによって、計画運休による社会的影響を計測する可能性が開ける。鉄道会社は運休の社会的影響の大きさをもっと認識すべきだと考える。計画運休の意思決定の時に、社会的な損失をいかに抑えるべきか、そのような見方は今後さらに重要になってくる。全体として、計画運休ではどのような問題が提起され、どういう対応をすべきかを改めて認識させられた。

本開催報告は主催者の責任でまとめています。

semi70-11.jpg

写真左から、奥村誠(モニター投影)、内田俊一、小林立樹、山口裕通、金子雄一郎(敬称略)