「日本の製造業におけるロジスティクスとサプライチェーンの強靭化戦略を実施する利点」

  • 運輸政策コロキウム
  • 物流・ロジスティックス

第155回運輸政策コロキウム

Supported by 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION

日時 2023/6/20(火)13:00~15:20
会場・開催形式 運輸総合研究所2階会議室 (及びオンライン配信(Zoomウェビナー)※日英同時通訳)
開催回 第155回
テーマ・
プログラム
【発表】
 開沼 泰隆  公益社団法人日本経営工学会 会長
        前・東京都立大学システムデザイン学部 教授
 テーマ:「日本企業におけるサプライチェーンの強靭化の意義」

【報告】
 マハルジャン ラジャリ  運輸総合研究所 研究員
 テーマ:「日本の製造業におけるロジスティクスとサプライチェーンの強靭化戦略を実施する利点の調査」
 
【コメント】
 鈴木 定省 横浜国立大学 大学院国際社会科学研究院 教授

【パネルディスカッション及び質疑応答】
 コーディネーター:山内 弘隆 運輸総合研究所 所長
 参加者 :講演者、発表者及びコメンテーター

【総括・講評】 
 山内 弘隆 運輸総合研究所 所長

開催概要

 コロナ・パンデミックによる物流等へのグローバルで広範な影響により、ロジスティクスとサプライチェーンにおける強靭化(レジリエンス)が課題である状況を経験した。そこで、この研究では、4産業分野における日本の製造企業を対象に、強靭化戦略の実施状況とパンデミックが企業の業績並びロジスティクス及びサプライチェーンの活動に与える影響について調査した。このコロキウムでは、その調査結果を踏まえて、パンデミックの前又は最中に強靭化戦略を実施することが企業に利益を齎すかどうかについて分析を行い、企業におけるサプライチェーンの強靭化戦略の意義とその促進方策を含め、議論を行った。

主なSDGs関連項目

プログラム

開会挨拶
佐藤 善信<br> 運輸総合研究所 理事長

佐藤 善信
 運輸総合研究所 理事長

開会挨拶
開会挨拶資料

発表
開沼 泰隆<br> 公益社団法人日本経営工学会 会長<br> 前・東京都立大学システムデザイン学部 教授

開沼 泰隆
 公益社団法人日本経営工学会 会長
 前・東京都立大学システムデザイン学部 教授

講演者略歴
講演資料

報告
マハルジャン ラジャリ<br> 運輸総合研究所 研究員

マハルジャン ラジャリ
 運輸総合研究所 研究員

講演者略歴
講演資料

コメント
鈴木 定省<br> 横浜国立大学 大学院国際社会科学研究院 教授

鈴木 定省
 横浜国立大学 大学院国際社会科学研究院 教授

講演者略歴
講演資料

パネルディスカッション
及び質疑応答

<モデレータ>
 山内 弘隆  一般財団法人運輸総合研究所 所長
 

<パネリスト>
 開沼 泰隆        公益社団法人日本経営工学会 会長
              前・東京都立大学システムデザイン学部 教授
 マハルジャン ラジャリ  運輸総合研究所 研究員
 鈴木 定省        横浜国立大学 大学院国際社会科学研究院 教授
閉会挨拶

山内 弘隆
 運輸総合研究所 所長

当日の結果

1.講演 「日本企業におけるサプライチェーンの強靭化の意義」
(公社)日本経営工学会会長、前東京都立大学教授 開沼 泰隆  

 ニューヨーク連邦準備銀行が発表しているグローバル・サプライチェーンの圧力(混乱度)をみると新型コロナやウクライナ侵攻がサプライチェーンに及ぼした影響が大きくなっていることがわかる。一方、国内の製造業稼働率指数*1)の推移やトヨタ自動車の性能指標曲線*2)をみると新型コロナ、ウクライナ侵攻、半導体不足などにより国内生産拠点の稼働率が大きく低下しており、グローバル・サプライチェーンの途絶が発生したことを表している。こうした状況を踏まえ、経済産業省では昨年から災害に対するレジリエンス社会の実現に向けて、災害被害の最小化と回復の迅速化などについて議論している。
 自動車関連業界に対するレジリエンス(リスク)に関する調査(2017)において、サプライチェーンへの潜在的なリスクを十分認識している一方で、サプライチェーンの途絶は発生しないと楽観的に考えていることが分かった。現時点でもこの様に認識している企業が多いと考えられる。
 一方で、新型コロナによるサプライヤーの稼働率低下に伴い、原材料や部材の調達などが困難になっていることから、自社だけではサプライチェーンの強靭化は難しいと考えている企業が多くなっている。こうしたことから経団連においてレジリエントな経済社会の構築に向けたオールハザード型BCPへの転換、多元化、可視化、一体化によるサプライチェーンの強靭化に関する提言がなされた。
 図1に提案するレジリエンス曲線の概要と応用例としてトヨタ自動車のレジリエンス曲線を導出したものを示す。レジリエンス指標を定量化することにより、災害の発生前に被害のインパクトや回復時期を予測することが可能となり、これを踏まえた復旧計画を策定することにより被害の最小化や回復の迅速化が可能となる。



図1 レジリエンス曲線の定量化
出所:池津、開沼、サプライ・チェーン・レジリエンスの定量化に関する研究、日本経営工学会2023年春季大会

*1)海上輸送や航空便などの輸送コストに加え各国の購買担当者景気指数(PMI)やISM,在庫指数などを基に算出。
*2)国内月別生産台数及び営業日数から1営業日当たりの平均生産台数


2.報告 日本の製造業におけるロジスティクスとサプライチェーンの強靭化戦略を実施する利点についての調査
運輸総合研究所研究員 マハルジャン ラジャリ

 ロジスティクスとサプライチェーンの強靭化は、近年高い注目を浴びてきたし、COVID-19パンデミックの高範囲な影響に伴い、ますます関心が高まっている。ロジスティクスとサプライチェーンの強靭化戦略の採用は、企業が、途絶を防止し、対応し、またその影響から回復することを確保するためにかなり重要であることを既存研究は発見している。強靭化戦略の実施は望ましく、途絶に対処する上で実際に決定的であるが、強靭化への投資からの利益を金銭評価することは難しい。このため、サプライチェーンの強靭化の財政的利点を調査することの重要性に既存研究は着目してきた。この研究は、「ロジスティクスとサプライチェーンの強靭化戦略」(英語発表資料中ではSCRESTと略して表記)がCOVID-19パンデミックの事例を用いて、企業の業績並びにロジスティクス及びサプライチェーンの活動に途絶が及ぼすマイナスの影響を低減することができるかどうかを調査する。筆者の知る限り、日本の製造業の一次データを使って、「ロジスティクスとサプライチェーンの強靭化戦略」の実施の利点を例証する最初の研究である。更に、このテーマに関する実証研究は一般に不足している。
 この研究では、日本の製造企業の調査を通じて、異なる種類の「ロジスティクスとサプライチェーンの強靭化戦略」の実施に関する第一次データを集め、企業の業績並びにロジスティクスとサプライチェーンの評価基準の観点でのCOVID-19の影響を測定した。ロジスティクスとサプライチェーンの業績は、供給者からの輸送の容易さ、リードタイム及び在庫レベル並びに顧客満足度を用いて測定した。企業がCOVID-19のマイナスの影響を低減させる上で、「ロジスティクスとサプライチェーンの強靭化戦略」から利点を得たかどうかについて間接的又は直接的な方法で例証するために、これらのデータを用いた。構造化して自由コメントを付け加えることのできるアンケート用紙を、選定基準に合致する日本中の8000企業に、メールとweb基盤媒体を組合わせて送った。回答者は、ロジスティクスとサプライチェーンの専門家である。データ分析と解釈には直接的・間接的な手法を用いる質的分析を行った。



図2 「ロジスティクスとサプライチェーンの強靭化戦略」(SCREST)を持つ企業と持たない企業の業績に対するCOVID-19の影響



図3 「ロジスティクスとサプライチェーンの強靭化戦略」(SCREST)を持つ企業と持たない企業の輸送の容易さに対するCOVID-19の影響

 図2及び図3は、「ロジスティクスとサプライチェーンの強靭化戦略」を持つ企業と持たない企業が観測した、業績並びにロジスティクス及びサプライチェーンの活動に対するパンデミックの各影響の比較結果を示している。日本の文脈の中で行った研究の結果、「ロジスティクスとサプライチェーンの強靭化戦略」の実施は、直接的・間接的な手法により、企業の業績に対するCOVID-19のマイナスの影響を低減させる上で利点があることがわかった。ロジスティックスとサプライチェーンの評価基準に関する結果は異なった。間接的な方法による結果からは、「ロジスティクスとサプライチェーンの強靭化戦略」の実施は、リードタイムへのマイナスの影響を低減する上で利点があることがわかった一方で、直接的な方法による結果からは、「ロジスティクスとサプライチェーンの強靭化戦略」の実施は、全ての評価基準の観点で利点があることがわかった。さらに、COVID-19の期間中に選好される「ロジスティクスとサプライチェーンの強靭化戦略」に変化があったことがわかった。「ロジスティクスとサプライチェーンの強靭化戦略」の実施には利点があることがわかったが、4産業分野における大半の企業は当該戦略を依然として実施していない。このことには幾つかの背景事情がある。今後の作業は、ロジスティクスとサプライチェーンの観点で、日本の企業の強靭化を促進するために、背景事情を特定することに焦点を当てる予定である。


3.コメント
“Investigating the benefits of implementing logistics and supply chain resilience strategies”に関して
横浜国立大学 大学院国際社会科学研究院 教授 鈴木定省

 サプライチェーンの複雑さが増加していくに伴い、リスクも様々なものに増えてきている。また、リスクの発生により、生産供給活動がバラツキ、そしてサプライチェーン上を伝播して行く。この生産のバラツキに関してはHopp等による”Factory Physics”という文献において伝播・バラツキが伝わっていく様相が定量的に示されている。”Factory Physics”においてはこの工場間のバラツキの関係性を、サプライチェーンの観点から工程の段階と読み替えて議論することができる。サプライチェーン上の上流である前段階のバラツキ(変動係数の二乗値)が自分自身である次工程のバラツキを経て、下流の後段階のバラツキへ影響を及ぼす正式が導出され、近似式として導かれる。
 日本的生産方式の強みの一つに強力な現場力がある。そこには絶え間ない改善活動がある。この改善によるあらゆる変化・変動を抑え込む。徹底的に自分自身のバラツキを低く抑え込む取組みが行われてきた。自分自身の能力を最大限活用し、バラツキを徹底的に小さくすることで、後段階に伝わるバラツキを抑え込む。このような改善活動による高負荷率、いわゆる高い稼働率が求められるような少ない在庫でまわしていくような体制下においても生産共有活動が高い効率性を保持されていた。そのような取組みが外部からの影響、外からの変動の影響を抑え込むことに成功していたと考えることができる。
 ところが東日本大震災やコロナパンデミックに代表されるように、外部変動の影響が非常に大きくなってくると、外部変動の大きさを吸収することができない。そこで重要になって来るのが、自分自身だけではなく他者と共同でレジリエンス(強靭化)を進めることである。日々の競争環境に打ち勝つ体制と災害に対する備えの両立といった考え方になる。求められるのは匠の技や暗黙知といったヒューマンウェア、いわゆる人力に依存したビジネスからの脱却。これらの継承的プロセスの構築が考えられる。物理的な代替案の確保は元より、可視性や代替可能性といった可搬性を高める方策が重要になっていくと考えられる。


4.パネルディスカッション

(山内所長)
サプライチェーンの強靭化を考えるときに、どのようなリスクマネージメントの原則があるだろうか。

(ラジャリ研究員)
例えば原材料やサービスなど様々な費用が含まれることと同様に、リスク管理の費用もそこに含まれるべきだと考えている。製品の中に含まれることになれば、企業も様々な戦略が実施できる。結果的に、サプライチェーンのリスクに対する強靭化に繋がる。

(開沼会長)
冗長性をもって対処することが重要。冗長性を持たせることは費用が上がるので、メーカーはあまり実施してこなかったが、震災などである企業が困難な状況になった時には、競合他社が助けるなども、これまでやってきた経緯がある。競合会社だからできないのではなく、協力できることはお互い協力関係になることでリスクに対する対処ができるのではないか。

(鈴木教授)
プロスペクト理論によると人間は損失を回避しようとする。とりわけ日本人はホフステードの文化比較において不確実性回避性向が非常に強いと言われている。目に見える不確実なものに対して非常に嫌う特質をもっている。一方で目に見ない思想やイデオロギーといったものに関しては、途端に無頓着、寛容になってしまうという指摘をされている。損失を正しく把握するよりも、むしろ嫌っていく性向が日本では強いという指摘に繋がる。しかし、本日の発表にもあったように、費用の損失を含めながら、冗長性も含めてリスクに対応する必要がある。如何にリスクを収益に結び付けるかという視点の重要性も指摘されている。そういう意味で強靭化はますます重要になっていく。

(山内所長)
最近物流でよく言われる共同輸配送で効率化することも一つの方法で、リスクを回避することができる。協業については、リスクのあるものに対しみんなで保険を掛けるという考え方ができると言える。
ロジスティクスやサプライチェーンの強靭性を高めるための利点をどう考えるか。

(ラジャリ研究員)
この研究の中で明らかになったのは、このような戦略を実施することには実際に利点があるということである。50%以上の企業が大企業や中小企業の規模に関係なく、強靭化戦略を実施することは利点があると答えた。今後さらに深く調査をすることで、具体的にどういう利点があったのか、もっと明らかになっていくだろう。

(開沼会長)
ある程度コロナが収束した後で振り返って分析することも、次の災害やパンデミックなどの対策をする上で非常に重要になっていくと考えられる。

(鈴木教授)
例えばフィジカルインターネットの概念でも非常に細かい配送網などのノウハウがすでに蓄積されている一方で、ノウハウがオープンな形式知として活用されていない。フィジカルインターネットは、欧米では一つの枠組みとして標準化が進んでいる。その枠組みに日本がこれまで蓄積してきたノウハウを国や業界を挙げて形式知化して活用していくことでメリットを強靭性の観点からも明確にすることが重要である。

(山内所長)
政府の役割はどのようなものがあるか

(開沼会長)
国土交通省や経済産業省などが、様々なことを取組んでいるが、そこに省間の隔たりがあってはならない。上部で監督する組織があっても良いのではないか。サプライチェーン強靭化のためには細部まで精通した人も重要になってくる。是非協力して進めてもらいたい。

(鈴木教授)
新たな標準的な枠組みを作る際は強力なリーダーシップが必要になってくる。さらに連携という観点も重要である。また、他人事ではなく自分事として参画していくことも重要である。

(ラジャリ研究員)
政府の補助金も含めたサポート体制も重要である。しかし、強靭化戦略を行うためには、金銭的なサポートだけが有効なのではない。補助金には政府の意図が当然あるが、サポートの形態は補助金に限定されすぎてはならない。大小関わらず様々な業種の企業が、それぞれに適したサポートを活用していくべきと考えている。

本開催概要は主催者の責任でまとめています。


関連情報

本研究成果は、当研究所の発行する機関誌「運輸政策研究」に「研究報告」として掲載しています。


機関誌「運輸政策研究」 Vol.26 2024 (通巻082号)

日本の製造業におけるロジスティクスとサプライチェーンの強靭化戦略を実施する利点
(第155回運輸政策コロキウム)