タクシー運賃割引の影響分析に関するセミナー
~Uber Japanによる実証事業データを踏まえて~
- 運輸政策セミナー
- 自動車、バス、タクシー、道路
第85回運輸政策セミナー(オンライン開催及び会場参加)
日時 | 2022/7/15(金)10:00~12:00 |
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会場・開催形式 | 運輸総合研究所2階会議室 (及びオンライン開催(Zoomウェビナー)) |
開催回 | 第85回 |
テーマ・ プログラム |
謝辞: 山中志郎 Uber Japan株式会社 モビリティ事業ゼネラルマネージャー 実証事業の概要:Uber Japan株式会社による実証事業の概要 研究成果報告①:「タクシー運賃割引が利用者に与える影響分析」 加藤浩徳 東京大学大学院工学系研究科 教授 運輸総合研究所 研究アドバイザー 森川 想 東京大学大学院工学系研究科 講師 研究成果報告②:「タクシー運賃割引に対する利用者反応の詳細分析」 福田大輔 東京大学大学院工学系研究科 教授 運輸総合研究所 研究アドバイザー 研究成果に関する質疑応答: コーディネータ‐: 山内弘隆 運輸総合研究所 所長 回答者: 講演者 |
開催概要
昨今、COVID-19の影響等によりタクシー業界が厳しい経営環境に直面していることを踏まえ、官民を挙げてタクシー運賃のあり方に関する議論が行われているところである。
このような状況を踏まえ、Uber Japan(株)においては、広島、名古屋、京都において、タクシー運賃の割引を行った場合の影響についての実証事業を行ったところである。
一般財団法人運輸総合研究所においては、Uber Japan(株)から、当該実証事業のデータを活⽤したタクシー運賃割引の影響分析について委託を受け、当研究所の研究アドバイザーである東京大学大学院工学系研究科の加藤浩徳教授、福田大輔教授及び森川想講師を中心とするチームで分析を行った。
本セミナーでは、Uber Japan(株)による実証事業データを活用したタクシー運賃割引の影響分析結果についての報告及び質疑応答を行った。
プログラム
開会挨拶 |
宿利正史 開会挨拶 |
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謝辞 |
山中志郎 |
研究成果報告① |
加藤浩徳 森川 想 |
研究成果報告② |
福田大輔 |
研究成果に関する質疑応答 |
<コーディネーター>
山内弘隆 運輸総合研究所 所長 <回答者> 山中 志郎 Uber Japan株式会社 モビリティ事業ゼネラルマネージャー 加藤 浩徳 東京大学大学院工学系研究科 教授 運輸総合研究所 研究アドバイザー 森川 想 東京大学大学院工学系研究科 講師 福田 大輔 東京大学大学院工学系研究科 教授 運輸総合研究所 研究アドバイザー |
当日の結果
第85回運輸政策セミナー
タクシー運賃割引の影響分析に関するセミナー
~Uber Japanによる実証事業データを踏まえて~
Uber Japan(株)による実証事業の概要
山中志郎 Uber Japan株式会社 モビリティ事業ゼネラルマネージャー
Uberは2009年に創業。人や物の移動をテクノロジーで支えるという会社ミッションで、現在世界71カ国、1万を超える都市でサービスを展開している。近年はタクシーの配車事業に力を入れており、現在32カ国で展開している。
今回の実証実験は、運賃を割引いた際の利用者の行動変化やこれに伴う利用額の変化を把握することを目的とし、広島、京都、名古屋の3都市で行った。広島の結果では運賃を20%引き下げたところ、1人当たりの乗車回数と乗車距離が増加し、総利用額は逆に15%程度増えた。同様の結果は京都、名古屋でも見られ、運賃が変動することによって、利用者の行動の変化を確認できた。より精緻な学術的分析として、タクシー割引運賃が利用者に与える影響分析や、運賃割引に対する利用者反応の詳細分析を今般運輸総合研究所に委託した。
研究成果報告①:「タクシー運賃割引が利用者に与える影響分析」
加藤浩徳 東京大学大学院工学系研究科 教授、運輸総合研究所 研究アドバイザー
森川 想 東京大学大学院工学系研究科 講師
タクシーの運賃割引が利用者に与える影響について、3つの仮説を立てて分析を行った。
仮説1:割引がある(大きい)ほど、サービスを多く利用するようになる(利用頻度)
仮説2:割引がある(大きい)ほど、長い距離/時間の乗車が増える(利用距離/時間)
仮説3:割引がある(大きい)ほど、タクシーの探索時間や待ち時間が多少長くても許容するようになる(探索/待機)
Uberのサービスは、アプリを利用した配車サービスであることから、その記録を利用することができる。
今回は割引の有無や割引率ごとに群に分けて分析し、その行動を比較することで、割引の効果を正しく推定できることが非常に重要である。
分析した結果、以下の効果があることが確認された。
1.利用頻度に対する効果
・割引がある(大きい)ほど、サービスを多く利用するようになっている。
・利用のなかった人が利用するようになる他、利用回数も増加する。
2.移動距離/時間に対する効果
・割引がある(大きい)ほど、長い距離/時間の乗車が増えている。中央値での割引の効果は、20%で約100m/15秒、40%で約250m/25秒。
3.探索・待機行動に対する効果
・割引の有無や大きさにかかわらず、探索を開始すると依頼、乗車までつながる場合が多い。
研究成果報告②:「タクシー運賃割引に対する利用者反応の詳細分析」
福田大輔 東京大学大学院工学系研究科 教授
運輸総合研究所 研究アドバイザー
本研究の目的は、個々の顧客単位での運賃への反応の詳細分析を行うことである。
実験介入(料金割引プロモーション)の元で得られた詳細データを用い、「そもそも利用者の運賃への感度はどの程度なのか?」、「環境条件やトリップ条件は、利用意向や価格感度にどのような影響を及ぼすのか?」、などを明らかにする。また、運賃弾力性に基づく包括的な利用者の価格感度評価も行う。運賃弾力性とは、運賃が1%変化したときに需要は何%変化するのかを示す指標のことを指す。
現時点での暫定的な結果は、以下のとおりである。
・運賃が1%下がると、需要[≒ 配車依頼] が0.185% (広島)、0.101 % (京都)、0.101 % (名古屋) 増加するとの試算
・これらは、タクシー運賃の需要弾力性を推計した従来研究のうち、今回と同様な非集計分析を行っているものから得られた結果と概ね同程度の水準となっている。
個別に見たときに運賃弾力性(感度) の大小を規定する主要因子は以下の通りである。
・広島: 統制群> 実験群、平日> 週末や祝日、午後> 午前
・京都: 統制群> 実験群、午後> 午前
・名古屋: 夜間>午前や午後、郊外方向移動>都心方向移動
・所要時間の影響は概ね共通(所要時間が1%増→ 運賃感度が1%弱減)
・降雨は配車選択傾向を下げる傾向があり(京都、 名古屋)、直感とは逆の結果
今後の課題は3つある。
・個人間の異質性を考慮した、より精緻な運賃弾力性の推計(パネル分析等)
・配車依頼選択の意思決定メカニズムの精査
・運賃割引プロモーションによる需要押し上げの因果効果の推論
山内弘隆運輸総合研究所所長をコーディネーターに、研究成果に関する質疑応答を行った。主なやりとりは以下のとおり。
Q 需要の価格弾力性がマイナス1以下だと増収、-1から0だと減収と理解してよいか?
A ご指摘のとおり。絶対値が1より小さいということは、運賃が仮に1%安くなって0.1であれば減収という理解で合っている。逆に絶対値が1より多ければ増収という解釈になる。過去の事例研究をみると、例えばアメリカの事例で運賃の弾力性が-0.6、-0.8、日本の事例では-0.7、非集計データを用いているメルボルンの事例が-0.1で概ねオーダー感的には今回の分析結果と同じであった。また、いずれも絶対値は1以下でいずれも減収であった。
A 弾力性の分析については、全体の値がどの程度かという議論だけでなく、個別のセグメントでみたらどのような差異があるのかや、こういう条件のもとでは弾力性はどの程度になるのかといった分析も重要。本来は、そのような詳細なセグメンテーションを行い、価格の感度が高い層をどうターゲットとして考えていけばいいのかといった検討等にこの結果を生かすべきだと考える。
Q 尤度比が0.5から0.6ということでの配車依頼選択モデルの結果については?
A 所要時間とか運賃とか、説明変数の設定値の分解能が非常に細かい点が、尤度比の高さと連動していると捉えている。なお、配車依頼ありとなしの選択比率の偏りが大きい不均衡データであることから、必然的に尤度比が高いという結果になっている可能性もあり、さらなる精査が必要である。
Q 研究結果、分析結果からダイナミックプライシングへの効果についてどんな示唆が得られるのか?政策的意義は?
A 今回は運賃の割引をしたときにどういう変化が得られたかということであり、運賃が動的に変化する仕組みを想定した実験や分析はしていないため、直接的な示唆は得られていない。特に、配車リクエストが集中したタイミングでの価格上昇といったデマンドレスポンシブなプライシングの分析には、今回の実証実験がタクシー利用者全体のマーケットデータを対象としていないことから、何らかの知見を与えることは難しい。一方で、曜日や週末に価格の感度が変わるといった検討に対しては、データ分析の精度を向上させることでベースとなる指標として使える可能性は今回の研究成果にはあると考える。
A タクシーについては価格、所要時間、配車の有無など情報が限定的(情報の非対称性)であることから、何曜日とか時間帯とかそういう形でのダイナミックプライシングのほうが利用者にとってわかりやすい。またタクシーの場合は幅運賃制になっているため、その中でダイナミックプライシングをどう整合させるかといった議論も必要になってくると思われる。
Q 今後運賃低下の可能性がある中、運賃割引率の設定が10%から40%までという今回の変化の中で価格弾力性の非線形性や特異点などは見られるのか?
A モデルの推定結果からは特異点の存在は確認できなかった。週当たり利用頻度別の分析結果を見ると、1回以上の利用者の利用回数の増加という観点では比較的直線的な関係となっている。
Q 割引により増加した需要はどこからの転移からか仮説はあるか?
A トリップ数の増減に関してどこから転移してきたのかは残念ながらこのデータではわからない。
Q 割引があるなら、短距離でも使ってしまえというような需要喚起は考えられないか?
A おっしゃるとおりで、新しいユーザーが、試しにちょっと乗ってみようというようなケースも含まれる。
Q ダイナミック運賃という点では、金曜や祝日前日の晩は高く、雨雪が降り出したら高く、時間帯に応じて主方向と逆方向は安くとすべきではないか?
A 需要と供給の両方を見ないと分からないが、こうした細かいデータを分析することで価格弾力性を状況ごとに細かく推計しそれを応用することで検討に資することができる可能性は見えてきた。
Q 例えば週に2日以上使うユーザーのトリップの起点と終点、あるいは乗車距離についての分析結果はあるのか?
A どこからどこまでといった詳細なデータはないが、都心からどのぐらいの距離の地点で乗降したのかというデータはある。
Q 利用者属性、会社員や専業主婦などのデータ分析はなされているか?どの層に割引をアプローチするのが効果的かという議論も考えられるか?
A この手のビッグデータの限界の一つにプライバシーの問題がある。個人的な情報は含まれていないためそういった分析はできなかった。なお、同一個人が繰り返しで選択を行っている結果が長期に渡って得られているパネルデータであることから、明示的な利用者属性を考慮せずとも、一人一人の選択パターンの違いから、そうした差異を明らかにできる可能性もあると考えられる。