米国の都市鉄道を取り巻く環境変化とコロナ禍からの回復戦略

  • 運輸政策コロキウム
  • 鉄道・TOD

第150回運輸政策コロキウム ワシントンレポート XIV(オンライン開催)

Supported by 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION

日時 2022/4/14(木)10:00~12:00
開催回 第150回
講師 講  演:岡部 朗人 ワシントン国際問題研究所(JITTI-USA) 研究員
 コメント:加藤 浩徳 東京大学大学院工学系研究科 教授
            運輸総合研究所 研究アドバイザー

 ディスカッション
 コーディネーター:山内 弘隆 運輸総合研究所 所長

 

開催概要

米国の旅客輸送は道路交通に大きく依存しており、鉄道は環境対策やマイノリティを含む経済的弱者層のための交通手段として期待されている。その事業運営は、政府からの補助金を前提に行っているが、コロナ禍による利用者の漸減や政府の財政悪化等を受け、経営環境は厳しい状況であり、米国の交通関係者の間では、都市鉄道のコロナ禍からの回復戦略が重要な課題となっている。 今回のコロキウムにおいては、米国都市鉄道を取り巻く事業環境の変化を説明したうえで、パンデミック回復戦略の考え方や事業者等による具体的な取組事例について報告する。また、昨年12月9日に運輸総合研究所が米国公共交通協会(APTA)と共催した日米鉄道オンラインカンファランスにおいて日本の大手鉄道事業者が紹介した戦略から米国側が得た示唆について、現地の関係者へのインタビュー調査を基に報告する。続いて、これらから得られる日本への示唆について、交通計画・政策、国際プロジェクト学の専門家である東京大学大学院の加藤教授をコメンテーターに迎えて議論を行う。

プログラム

開会挨拶
宿利 正史<br> 運輸総合研究所 会長

宿利 正史
 運輸総合研究所 会長


開会挨拶
講  演
岡部 朗人 <br> ワシントン国際問題研究所(JITTI-USA) 研究員

岡部 朗人 
 ワシントン国際問題研究所(JITTI-USA) 研究員

講演者略歴
講演資料

コメント
加藤 浩徳 東京大学大学院工学系研究科 教授<br> 運輸総合研究所 研究アドバイザー

加藤 浩徳 東京大学大学院工学系研究科 教授
 運輸総合研究所 研究アドバイザー

講演者略歴
講演資料

ディスカッション

<コーディネーター>
山内 弘隆 運輸総合研究所 所長
閉会挨拶
奥田 哲也 <br> 運輸総合研究所 専務理事 <br> ワシントン国際問題研究所長<br> アセアン・インド地域事務所長

奥田 哲也 
 運輸総合研究所 専務理事 
 ワシントン国際問題研究所長
 アセアン・インド地域事務所長


閉会挨拶

当日の結果



ワシントン国際問題研究所の岡部研究員から「米国の都市鉄道を取り巻く環境変化とコロナ禍からの回復戦略」というタイトルで発表がありました。発表のポイントは次のとおりです。

〇米国の都市鉄道の概要
・米国の都市鉄道は、主に環境対策や自動車を保有できない経済的弱者層のための交通手段として期待されており、その運営は州政府及び地方自治体からの補助金に依存している状況である。
・米国では、公共交通の必要性が広く認識されている日本とは異なり、その財政支援方については、党派によって賛成派(民主党)、反対派(共産党)と意見が分かれている。

〇米国の都市鉄道を取り巻く環境変化
①コロナによる利用者減の影響
・米国では、2020年3月に国家非常事態宣言がだされ、各州でロックダウンが実施されたこともあり、都市鉄道の利用者数は、約10%(対2019年同月比)まで減少した。また、その後の回復度合いも鈍く、特に都市圏と郊外を結ぶ通勤鉄道では、テレワークの定着により著しく落ち込んでいる状況である。利用者数の著しい減少を受け、連邦政府はCARES法や経済対策法等の救済措置を実施し、事業者の運営維持に貢献してきた。
・米国の都市鉄道事業者にとって、その運営費を補助するために重要な財源元となっている州政府の財政もコロナによって悪化した。このような状況を受け、最近では州議会において都市鉄道への支援に関する厳しい議論も見受けられる。
・交通政策を専門とするシンクタンクへのインタビューによると、引き続き利用者の低迷が続く場合、公共交通機関への財政支援を反対してきた共和党支持者からの目線がより一層厳しくなり、補助対象としての優先順位が下がる可能性もあることが伺える。
②バイデン政権による財政支援の活用
・2021年11月、米国の交通インフラ政策の歴史の中で、「歴史的な偉業」と表現されるインフラ投資雇用法が成立した。かねてより米国で課題となっていたインフラの改良や整備に対して5年間で総額1.2兆ドル、うち約5,500億ドルを新規分として、支出することとしている。そのうち、公共交通機関に対する新規支出は390億ドルとなっており、過去最大の予算規模である。
・連邦公共交通局(以下「FTA」という。)は、インフラ投資雇用法の重点領域(公共交通関連)を定めており、そのキーワードは「安全性」、「近代化」、「気候」、「公平性」である。
・2022年3月、APTA(米国公共交通協会)主催のLegislative Conferenceが開催された。運輸長官、FTA長官等政府関係者が招待され、インフラ投資雇用法の位置づけや事業者への期待等に関するセッションが行われた。関係者のコメントからは、米国の都市鉄道事業者が、この好機を活用し、鉄道を利用者の支持が得られるような交通手段に変えていけるかどうかの、重要な局面に立たされていることが伺える。

〇今後の回復に向けた戦略
・今後の回復に向けた基本的な考え方として、APTAより、「Planning for Pandemic Travel」が2021年11月に公表された。当計画は、「需要の変動を踏まえた効果的な運行の実施」、「変化するトレンドに対応し、利用促進に向けた新たな取組みを強化」、「公共交通機関へのアクセス公平性を重視した取組みの強化」に関する内容が中心となっている。
・実施されている鉄道事業者等の主な取組みについては、運賃の柔軟なオプションの検討や、都市開発との連携が挙げられる。具体的にはニューヨークの地下鉄でパイロットプログラムが実施されているCapping Fareに関する取組みや、シカゴ市が鉄道事業者等と連携して推進しているETOD(equitable transit-oriented development)計画がある。
・2021年12月に運輸総合研究所とAPTAは「パンデミックからの回復とレジリエンス確保に向けた日米両国の鉄道業界の戦略と取組み」の共催でカンファレンスを開催した。開催後に、米国側の課題認識や今後の戦略について把握するため、特に米国の関係者が、日本側が紹介した取組みのどこに興味関心が高かったかをインタビューを行った。その結果、インフラ投資重点雇用法にも含まれていた「安全対策」に加え、「自然災害対策」に関する内容が、日本側の発表内容において、特に注目された点であった。

〇欧州の鉄道政策の主な方向性
・欧州では、成長戦略として、2050年までに温室効果ガスの排出量実質ゼロを目指す「グリーン・ディール」を2019年12月に掲げており。この長期的な成長戦略の実現に向け、気候変動対策の文脈で様々な施策を推進しているのが特徴的である。
・2021年12月、欧州委員会は持続可能でスマートなモビリティへの転換を加速するべく、新たな交通政策パッケージを公表した。その中心となるのはTEN-T(Trans-European Transport Network)と呼ばれるインフラ整備計画の改定や、国境を超える長距離移動において、鉄道利用を促進することを目的とした長距離国際鉄道計画の公表である。
・英国では、1990年代以降、フランチャイズ制度という鉄道運営方法をとってきたが、2021年5月に「Great British Railways-The Williams-Shapps Plan for Rail」が公表され、コロナ禍後も見据えた持続的な鉄道事業の経営に向けて、従来の鉄道運営方法の抜本的見直しに取り組むこととなった。

〇まとめ
・米国では、通勤鉄道を中心に鉄道利用者は落ち込んでおり、利用者を取り戻せていない状況である。このまま利用者の低迷が続くと反対派の目線も一層厳しくなり、州政府からの補助金が減額される、すなわち公共交通の規模が縮小される可能性もある。
・インフラ投資雇用法の成立に伴い、今後5年間の予算は確保された状況である。米国の都市鉄道事業者の当面の戦略としては、インフラ投資雇用法の重点領域「安全性」、「近代化」、「気候」、「公平性」に沿った施策を進めることにより、鉄道の重要性をアピールしていくことだと考えられる。
・潮目の変化を迎えている米国の都市鉄道業界に加え、欧州における政策動向についても注視し、引き続き欧米横断的に調査してくこととする。

その後、東京大学大学院工学系研究科の加藤教授からは、岡部研究員の発表に対し、以下のコメントと質問がありました。

〇加藤教授からの主なコメント
・米国のコロナによる都市鉄道へのインパクト(仮説)は、「コロナ禍下でホワイトカラー層のリモートワークが普及→一部の裕福層の公共交通離れが、事業者の収益減少に影響→収益減少によるサービス水準低下が、低所得者層のモビリティに影響」と整理できるのではないだろうか。
・米国の都市鉄道への投資で期待されている影響は、「都市鉄道への大規模投資で運行頻度・安全性等の大幅改善→人々の公共交通に対する理解が抜本的に改変→都市鉄道の需要増とともに投資に対する理解が進み、好循環がはじまる」ということだと思われる。

〇加藤教授からの質問
①米国のインフラ投資雇用法では、「安全性」、「近代化」、「気候」、「公平性」の4つがキーワードとのことだった。これらの戦略フレームは、米国の都市鉄道の復権に必要十分だと思われるか。
②今後、日本でも米国と同様に、公共交通支援をめぐるコンフリクトは起こりうるか。
③インフラ投資雇用法の成立を機に、日本の企業が米国の都市鉄道ビジネスに進出できる余地はあるか。

この質問に対し、岡部研究員は以下のとおり回答しました。
〇回答
①当面は4つのキーワードに注力し、都市鉄道の復権に努めていくのが現実路線だと思われる。一方、もう少し長い目線では、公共交通機関を中心に据えた「まちづくり」の推進や都市鉄道の運営方法に関する検討を進めてよいのではないか。

②日本では、特に地方において、公共交通支援をめぐるコンフリクトが起こっていくのではないか。足元でも、国と事業者による検討会が設置され、地域鉄道の抜本的な見直しも視野にいれた議論が始まっている。将来、自動運転車等、新たなモビリティサービスの実装が進めば、さらに公共交通機関の存在意義に関するコンフリクトが拡大していくと思われる。

③車両や運行システムの導入では、日本企業が既に米国の鉄道ビジネスに進出している事例がある。また、メンテナンスやオペレーション分野においても、一部のバスや通勤鉄道では既に外国企業に委託しているところも見受けられるため、進出の余地はあると考えられる。

最後に視聴者からも質問を受け付け、質疑応答・議論を行いました。主な内容は以下のとおりです。

Q ニューヨークのMTAにおいて、今回のコロナ禍で、彼らの主な財源である「公共交通特定財源」がどのように弾力的に運用されたのか教えてほしい。
A 把握している限り、弾力的な運用は実施されていないと思われる。

Q 共和党政権になって、都市鉄道に対する補助金が削減されたことはあるのか。
A トランプ政権(共和党)の際は、公共交通機関に対する資金支援の在り方について、否定的な議論も活性化したが、補助金削減まではされていないと思われる。

Q 米国における安全文化や公共交通の信頼性などについて、どう感じているか。
A 米国においてはかねかねてより公共交通の安全性が課題になっているが、先日ニューヨークの地下鉄で発生した発砲事件により、その課題認識は強まっていくと思われる。日本の鉄道の強みである安全対策等は、米国の課題解決に貢献できるのではないか。

Q アフターコロナにおいて、需要動向はどれくらいまで回復すると見込まれているか。
A 今年の年始時点においては、通勤鉄道各社は、2022年度中にコロナ禍前の75%まで回復するという見込みを発表していたが、その後、オミクロン株の拡大等を踏まえ、各社下方修正を行っている。

Q 米国におけるテレワークの状況はどうか。
A ワシントンD.C.では、最近出社を再び開始させる企業も増えてきたが、この3月までは多くの企業が原則テレワークとしていた。日本よりもテレワークが定着していると思われる。

Q 英国で検討している鉄道運営方法の見直しについて、かねてより課題となっていた「関係者の連携不足」は公的機関GBRを設立することでどう解決されるのか。
A GBRを設立することにより、これまで以上にコミュニケーションの「責任者」が明確になるため、GBRが機能すれば「関係者の連携不足」という課題解決に寄与していくのではないかと思われる。

Q 近年における欧州の交通政策を考える際、コロナ禍に対応したEUの復興基金の設置も見逃せないが、それについてどう考えているか。
A おっしゃるとおり重要だと思われる。特に、当基金はレジリエンスの強化を目的とした施策に多くの予算を配分するとされており、そういった長期的な視点を重視している点は、米国の参考になると考えられる。


(以上)