自由で開かれたインド太平洋(FOIP)実現に向けた国際協力の現状と今後
- 運輸政策コロキウム
- 国際活動
第148回運輸政策コロキウム ワシントンレポート XIII(オンライン開催)
日時 | 2022/2/1(火)10:00-12:00 |
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開催回 | 第148回 |
テーマ・ プログラム |
自由で開かれたインド太平洋(FOIP)実現に向けた国際協力の現状と今後 |
講師 | 講 師:岡本 泰宏 ワシントン国際問題研究所(JITTI-USA) 研究員 コメンテーター:兼原 敦子 一般財団法人運輸総合研究所 理事 上智大学法学部 教授 総合海洋政策本部 参与 国際法学会 代表理事 <質疑応答> 司 会:山田 輝希 一般財団法人運輸総合研究所 主席研究員国際部長 |
開催概要
中国が海洋進出を進める中で、我が国は、「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)を外交の重要な基本方針としている。その実現に際し、最近では、「QUAD(クアッド)」とよばれる日米豪印の連携も進んでいる。そうした背景において、東南アジア各国では、経済面での依存が進んでいる中国を過度に刺激することは回避しつつも、中国の海洋進出に適切に対処する必要がある。とりわけ、軍事力とは別に、東南アジア各国の海上保安能力向上が喫緊の課題とされている。
そこで、本コロキウムにおいては、我が国海上保安庁が、海上保安能力の向上やそれ以外の災害防除など多様な事項について、東南アジア諸国との協力強化に係る現状と課題を報告する。とくに、FOIPの3本柱である➀「法の支配、航行の自由」②「経済的繁栄のための連結性確保」③「平和と安定の確保」のうち、主として➀と③に焦点をあてて、国際法や対外政策などの観点から論ずる。
プログラム
開会挨拶 |
宿利 正史 開会挨拶 |
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講 師 | |
コメンテーター | |
質疑応答 |
司 会:山田 輝希 一般財団法人運輸総合研究所 主席研究員国際部長
|
閉会挨拶 |
奥田 哲也 閉会挨拶 |
当日の結果
ワシントン国際問題研究所(JITTI-USA)の岡本泰弘研究員より、「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)実現に向けた国際協力の現状と今後」というテーマで研究発表を行った。
【第1章 自由で開かれたインド太平洋】
● FOIPとは、国際社会の安定と繁栄の鍵を握るのは、「2つの大陸」:成長著しい「アジア」、そして、潜在力溢(あふ)れる「アフリカ」と、「2つの大洋」すなわち、自由で開かれた「太平洋」及び「インド洋」の交わりによって生まれるダイナミズムであるとして、これらを一体として捉えた外交を進めていくとしている。
【第2章 海上保安庁のミッションと組織概要】
● 海上保安庁の任務として、密輸・密航、違法操業、テロ対策など、治安の確保に加え、我が国の領海、EEZの警備、そして海難救助、海洋環境の保全に取り組んでいる。また、船舶の火災、衝突、乗揚げや沈没等の事故や地震、台風、豪雨、火山などの自然災害が発生した場合には、人命・財産を保護するために災害応急活動を実施し、加えて海洋情報の収集・管理・提供や海上交通の安全確保、海難防止活動等を行っている。
【第3章 海上保安庁の国際業務と支援活動】
● 海に関する問題は、一つの国で解決するには困難なものが多く、海でつながる諸外国と連携、協力して対処することが重要。そのため多国間及び二国間における連携と協力に海上保安庁は取組んでいる。
● 日本は自由で開かれたインド太平洋の実現にむけた取り組みとして、東南アジア各国海上保安機関に対する巡視船の供与を進めている。例としてフィリピンやベトナムに対する巡視船供与を紹介しており、これらの機材供与に加え、海上保安庁が中心となって実施している各国海上保安機関への支援策として、海上保安庁内における能力向上支援の専従部門「海上保安庁モバイルコーポレーションチーム」の立ち上げや、JICA、日本財団の協力の下、海上保安庁と政策研究大学院大学が実施している連携プログラムである海上保安政策プログラムを紹介する。
【第4章 ASEANにおける中国の経済的プレゼンス】
● 中国と南シナ海においてフィリピン、ベトナム、マレーシア、インドネシアなどの国は中国との間で海洋権益を巡る対立を抱える一方で、中国は各国における最大の貿易相手国となっている。
● ASEANの国々は、南シナ海における海洋権益の主張において中国と対立してはいるものの、各国の経済成長に中国の一帯一路マネーはとても魅力的であるとともに、各国にとって最大の貿易相手国という事実を抱えており、南シナ海での問題を抱えつつも、経済的には中国が極めて重要な国であるという難しい状況におかれているということを理解する必要がある。
【第5章 米国による支援活動】
● 複数の国が東南アジアの海上保安機関への支援を行っており、各国の支援効果を最大化するため、重複など無駄の排除をすすめ、より効果的、効率的な支援を協調しておこなっていく必要がある。
● ODAについて、2020年の暫定値では、米国の援助額はドルベースでは357億ドルと日本の203億ドルの約1.8倍。
● 安全保障支援予算は国務省と国防総省の二つの省が管理をしており、その規模は国防総省が国務省を上回る。
● 現地において支援活動を行っている海上保安庁は、支援対象国において活動を行っている米国の機関として、国務省や国防総省などを始め、複数の機関が援助活動に関わっている状況を把握したうえで、USコーストガード以外の組織とも連携を進めていく必要がある。
【第6章 まとめ(提言)】
● 中国は各国にとって最大の貿易相手国であると同時にASEAN各国の経済的発展に大きく利益のある一帯一路による巨大な資金提供国でもある。ASEAN各国が、中国を不用意に刺激することは避け、経済については中国との関係をより強化したいと考えてもなんら疑問ではない。
● 日本による支援も、被支援国との十分な意思疎通の上で、どのような支援であれば歓迎され、なおかつ効果があるのかという点を検討することがまずは大事ではないか。
● 米国などと連携しつつ、支援の効果を高めていく、同時に被支援国が受け入れやすい支援の在り方を模索していく必要があり、米国等との連携あり方や、多国間の枠組みを通じた支援を模索することもできるのではないか。
● 米国では海上保安分野の支援に関して、対外支援予算を管理する国務省及び国防総省との連携は当然のことながら、支援実施機関であるUSコーストガードを含む他機関とも連携を図っていく必要がある。
● USコーストガード以外の組織との連携の必要性がある中で、日本国内において、外務省・防衛省・JICA等と一層の連携に取り組み、米国の複数の関係機関とより支援の協調について追及していく必要がある。
【兼原教授コメント】
コメンテーターである上智大学法学部の兼原敦子教授(運輸総合研究所理事)から、岡本研究員の報告に即しながら以下について説明が行われた。
第一部
【1.外交政策(FOIP)と海洋政策(第3期海洋基本計画)】
●FOIPという日本の外交政策と、第3期海洋基本計画(基本計画)の示す日本の海洋政策は、相互に共通しており、様々な施策を講ずることによって同時に実現される。
● 基本計画の理念では、自由、民主主義、人権保障、法の支配といった価値の共有を通じて、世界の平和、安定、繁栄を図ることを宣言している。また基本計画ではFOIPを法の支配と海洋の自由に基づいて、海洋秩序を維持し評価する手段と位置づけると同時に、総合的な海洋の安全保障の実現のために、諸外国との協力が必要であるとしている。
● FOIPは、基本計画の理念および多様な施策において一致し、こうした共通性があるがゆえに、同時に実現されることも明らかである。
【2.海上保安庁の機能・任務:国内業務から国際業務への発展】
● 海上保安庁は、第二次大戦後の設立以来、海上保安庁法の2条や5条が示す機能や任務を果たしてきている。昨今の特徴は、海上保安庁の国際業務が発展していることである。
● 海は国際性、対外性を持っている。それにはプラスの面とマイナスの面がある。プラスの面としては、海を通じて、国際的に諸外国に繋がることができ、国際協力を実施することができる。マイナス面としては、海を通じ、国外からの脅威がもたらされ、有害行為が行われる。
●日本は周囲のすべてを海に囲まれており、海上保安庁は海という国際的な窓口で業務を展開している。つまり、海上保安庁は日本の外交の一環を担っているということであり、海上保安庁がFOIPの実現の一角を担うことは必然である。そうした海上保安庁の活動は、海が持つ国際性、対外性のプラスの面を存分に活用するものと言える。
●海が持つ国際性、対外性がもつマイナスの面には、次がある。昨今の、尖閣周辺の領海における、領海警備をめぐる日中間の緊張関係の著しい高まりはこのマイナスの面の典型的な例と言えるだろう。また、東南アジア諸国がそれぞれ中国と密接な経済関係を構築しているが、「日本にとっての中国」は、このマイナスの面に現れる。
第二部
【1.領海警備に見る日中関係】
● 2021年2月1日に、中国は海警法、Chinese Coast Guard Lawを施行。ここで最も重要なことは、机上で同法の国際法違反を指摘するにとどめず、海警法の適用によって、実際に、かつ、具体的に、中国がどのように我が国の国益を侵害するかを認識することである。「尖閣諸島周辺の日本の領海で、中国の船が、海上保安庁船舶や海上自衛隊船舶に対して、武力を行使する」ということを最も深刻な事態として、念頭に置いている。
● 海上保安庁の公開する資料によれば、中国の公船(政府に所属する船舶)・軍艦などが、一月間にのべにして、恒常的に尖閣諸島周辺の接続水域(距岸24カイリ)に100隻近くとどまり、領海(距岸12カイリ)に4隻から10隻前後が侵入するという事態が、10年間を超えて長期間継続している。
● 岸田総理大臣の令和4(2022)年1月17日施政方針演説でも、「海上保安庁と自衛隊の連携を含め、海上保安体制を強化するとともに、島嶼防衛力向上などを進め、南西諸島への備えを強化」とされている。
● 今ほど中国との関係で、実効的な領海警備が、重大で、深刻で、喫緊の課題となったことはない。もちろん、海洋環境の保護や海難救助などの点で中国と協力できる側面があることは否定できない、また中国とことを構えることも最大限回避しなければならない。しかしながら、現実を見据える必要がある。
【2.FOIP(国際支援)を通じた海洋の安全保障の実現】
● 一方で、東南アジア諸国と中国との密接な経済関係を尊重すれば、中国を刺激しないという考慮が必要となる。他方で、日本が東南アジア諸国の協力を獲得するためには、国際支援において中国に優位しなければならない。そのための方策としては、多国間枠組みを利用することに加えて、例えば、次の二つがある。
● 第一に、海洋基本計画もFOIPも、自由民主主義、人権保障、法の支配、そして海洋の自由などを理念としており、これらの普遍的価値を日本が東南アジアと共有していることこそが日本の国際支援の根本にあることを訴えることであり、第二に、FOIPに基づく日本の支援は、相互利益を実現するウィンウィンであることを、東南アジア諸国に強くアピールすべきことである。
【第4期海洋基本計画の展望】
● 昨今、頻繁に経済安全保障が論じられていることから考えれば、第4期海洋基本計画においても、経済安全保障が一つの重要な政策目標になることは十分に予測できる。
● 海上保安庁の国際支援は海上法執行能力の構築、人道支援災害救援などであり、同盟・友好国との連携の強化として、シーレーンの安定的利用の確保、国際的な海洋秩序の強化に必ず貢献するのであって、国際貿易・投資の促進、ビジネス環境の整備を促す。経済安全保障にも資することになる。
● 海上保安庁の国際支援は、経済安全保障の重みが増すであろう将来の第4期海洋基本計画を見据えて、基本計画の展望を開く大きな可能性と使命を担っている。
【質疑応答】
Q FOIPに如何に中国を取り込んでいくべきか。
A 支援される側と支援する側の両者 にとって利益を生ずるウィンウィのものとして実施していく。そうした日本のスタンスを常に明らかにし、東南アジア諸国の安心感を持たせる、かつ、国際社会の普遍的価値を喧伝することで、中国が反対できないように追い詰め、そして中国が何がしか歩調を合わせようとするのであれば、それはウェルカムにあるというスタンスをとることになるのではないか。
Q 北太平洋海上保安フォーラムにおける中国の海警法などに関する議論内容如何。
A あくまで海上保安の協力枠組みの場においては、今、各国が直面している実務的な問題に対してどのような協力、解決ができるかという点について議論を行っている。 この問題は、少し広げて東シナ海において中国の危機にどう対処するかという喫緊の課題となり、より直接的に言うと、実効的な領海警備の確保ということ。
Q 国際的に通用する法の支配の同志国を増やしていく上での取り組みとして、何が一番効果的か。
A 南シナ海の沿岸国ではなくても、日米豪欧の諸国が南シナ海に関心を持ち、利害関係を持つことを明らかにし、だからこそ平和的な意味での力を背景にし、力強く粘り強く、中国に対して法に従うことを訴え続けることである。
Q 太平洋やインド洋の島嶼国との間でFOIPを実施する上で、海上保安庁が果たす役割や中国との関係の留意点如何。
A 常にFOIPの足腰を支えているのは、個別具体的な国の実情に応じた支援をきめ細やかに実施している外務省や海上保安庁の尽力によるところが大きい。それに従って、インド洋諸国や太平洋島嶼国についても、いわばテーラーメイドで支援を行うことになるのではないか。太平洋島嶼国では、中国が影響力を伸長してきており、これに対抗するためにも、こうした方針による支援が肝要である。
海上保安庁はまさに現場において連携をしていく、個別の技術的な話について他国の実施機関の方々と方策支援策を考えていく。
Q ASEAN諸国との関係構築にあたり、民主主義や法の支配など普遍的価値を如何に共有していくべきか。また、日米協力によるASEAN諸国のキャパビルの可能性は。
A 日本の信ずる価値は、国際社会が普遍的に信じてきているもの。普遍的価値を否定する主張は考えにくい。むしろ、達成度や手段の相違があるのであって、それらは調整できるものとして、相手国と交渉する。
中国に対する外交政策、方針が国により異なっているのでケースバイケース。
Q 中国が南シナ海での広域な領海を主張している根拠はどこにあるのか。
A 中国は歴史的に認められた権利であると主張。古い海域図なども根拠にしているが、それらの証拠価値は疑問。南シナ海紛争に関する仲裁裁判では、UNCLOSの当事国となった以上、それに背反する歴史的権利を主張する法的な余地はないと判示している。
(以上)
【第1章 自由で開かれたインド太平洋】
● FOIPとは、国際社会の安定と繁栄の鍵を握るのは、「2つの大陸」:成長著しい「アジア」、そして、潜在力溢(あふ)れる「アフリカ」と、「2つの大洋」すなわち、自由で開かれた「太平洋」及び「インド洋」の交わりによって生まれるダイナミズムであるとして、これらを一体として捉えた外交を進めていくとしている。
【第2章 海上保安庁のミッションと組織概要】
● 海上保安庁の任務として、密輸・密航、違法操業、テロ対策など、治安の確保に加え、我が国の領海、EEZの警備、そして海難救助、海洋環境の保全に取り組んでいる。また、船舶の火災、衝突、乗揚げや沈没等の事故や地震、台風、豪雨、火山などの自然災害が発生した場合には、人命・財産を保護するために災害応急活動を実施し、加えて海洋情報の収集・管理・提供や海上交通の安全確保、海難防止活動等を行っている。
【第3章 海上保安庁の国際業務と支援活動】
● 海に関する問題は、一つの国で解決するには困難なものが多く、海でつながる諸外国と連携、協力して対処することが重要。そのため多国間及び二国間における連携と協力に海上保安庁は取組んでいる。
● 日本は自由で開かれたインド太平洋の実現にむけた取り組みとして、東南アジア各国海上保安機関に対する巡視船の供与を進めている。例としてフィリピンやベトナムに対する巡視船供与を紹介しており、これらの機材供与に加え、海上保安庁が中心となって実施している各国海上保安機関への支援策として、海上保安庁内における能力向上支援の専従部門「海上保安庁モバイルコーポレーションチーム」の立ち上げや、JICA、日本財団の協力の下、海上保安庁と政策研究大学院大学が実施している連携プログラムである海上保安政策プログラムを紹介する。
【第4章 ASEANにおける中国の経済的プレゼンス】
● 中国と南シナ海においてフィリピン、ベトナム、マレーシア、インドネシアなどの国は中国との間で海洋権益を巡る対立を抱える一方で、中国は各国における最大の貿易相手国となっている。
● ASEANの国々は、南シナ海における海洋権益の主張において中国と対立してはいるものの、各国の経済成長に中国の一帯一路マネーはとても魅力的であるとともに、各国にとって最大の貿易相手国という事実を抱えており、南シナ海での問題を抱えつつも、経済的には中国が極めて重要な国であるという難しい状況におかれているということを理解する必要がある。
【第5章 米国による支援活動】
● 複数の国が東南アジアの海上保安機関への支援を行っており、各国の支援効果を最大化するため、重複など無駄の排除をすすめ、より効果的、効率的な支援を協調しておこなっていく必要がある。
● ODAについて、2020年の暫定値では、米国の援助額はドルベースでは357億ドルと日本の203億ドルの約1.8倍。
● 安全保障支援予算は国務省と国防総省の二つの省が管理をしており、その規模は国防総省が国務省を上回る。
● 現地において支援活動を行っている海上保安庁は、支援対象国において活動を行っている米国の機関として、国務省や国防総省などを始め、複数の機関が援助活動に関わっている状況を把握したうえで、USコーストガード以外の組織とも連携を進めていく必要がある。
【第6章 まとめ(提言)】
● 中国は各国にとって最大の貿易相手国であると同時にASEAN各国の経済的発展に大きく利益のある一帯一路による巨大な資金提供国でもある。ASEAN各国が、中国を不用意に刺激することは避け、経済については中国との関係をより強化したいと考えてもなんら疑問ではない。
● 日本による支援も、被支援国との十分な意思疎通の上で、どのような支援であれば歓迎され、なおかつ効果があるのかという点を検討することがまずは大事ではないか。
● 米国などと連携しつつ、支援の効果を高めていく、同時に被支援国が受け入れやすい支援の在り方を模索していく必要があり、米国等との連携あり方や、多国間の枠組みを通じた支援を模索することもできるのではないか。
● 米国では海上保安分野の支援に関して、対外支援予算を管理する国務省及び国防総省との連携は当然のことながら、支援実施機関であるUSコーストガードを含む他機関とも連携を図っていく必要がある。
● USコーストガード以外の組織との連携の必要性がある中で、日本国内において、外務省・防衛省・JICA等と一層の連携に取り組み、米国の複数の関係機関とより支援の協調について追及していく必要がある。
【兼原教授コメント】
コメンテーターである上智大学法学部の兼原敦子教授(運輸総合研究所理事)から、岡本研究員の報告に即しながら以下について説明が行われた。
第一部
【1.外交政策(FOIP)と海洋政策(第3期海洋基本計画)】
●FOIPという日本の外交政策と、第3期海洋基本計画(基本計画)の示す日本の海洋政策は、相互に共通しており、様々な施策を講ずることによって同時に実現される。
● 基本計画の理念では、自由、民主主義、人権保障、法の支配といった価値の共有を通じて、世界の平和、安定、繁栄を図ることを宣言している。また基本計画ではFOIPを法の支配と海洋の自由に基づいて、海洋秩序を維持し評価する手段と位置づけると同時に、総合的な海洋の安全保障の実現のために、諸外国との協力が必要であるとしている。
● FOIPは、基本計画の理念および多様な施策において一致し、こうした共通性があるがゆえに、同時に実現されることも明らかである。
【2.海上保安庁の機能・任務:国内業務から国際業務への発展】
● 海上保安庁は、第二次大戦後の設立以来、海上保安庁法の2条や5条が示す機能や任務を果たしてきている。昨今の特徴は、海上保安庁の国際業務が発展していることである。
● 海は国際性、対外性を持っている。それにはプラスの面とマイナスの面がある。プラスの面としては、海を通じて、国際的に諸外国に繋がることができ、国際協力を実施することができる。マイナス面としては、海を通じ、国外からの脅威がもたらされ、有害行為が行われる。
●日本は周囲のすべてを海に囲まれており、海上保安庁は海という国際的な窓口で業務を展開している。つまり、海上保安庁は日本の外交の一環を担っているということであり、海上保安庁がFOIPの実現の一角を担うことは必然である。そうした海上保安庁の活動は、海が持つ国際性、対外性のプラスの面を存分に活用するものと言える。
●海が持つ国際性、対外性がもつマイナスの面には、次がある。昨今の、尖閣周辺の領海における、領海警備をめぐる日中間の緊張関係の著しい高まりはこのマイナスの面の典型的な例と言えるだろう。また、東南アジア諸国がそれぞれ中国と密接な経済関係を構築しているが、「日本にとっての中国」は、このマイナスの面に現れる。
第二部
【1.領海警備に見る日中関係】
● 2021年2月1日に、中国は海警法、Chinese Coast Guard Lawを施行。ここで最も重要なことは、机上で同法の国際法違反を指摘するにとどめず、海警法の適用によって、実際に、かつ、具体的に、中国がどのように我が国の国益を侵害するかを認識することである。「尖閣諸島周辺の日本の領海で、中国の船が、海上保安庁船舶や海上自衛隊船舶に対して、武力を行使する」ということを最も深刻な事態として、念頭に置いている。
● 海上保安庁の公開する資料によれば、中国の公船(政府に所属する船舶)・軍艦などが、一月間にのべにして、恒常的に尖閣諸島周辺の接続水域(距岸24カイリ)に100隻近くとどまり、領海(距岸12カイリ)に4隻から10隻前後が侵入するという事態が、10年間を超えて長期間継続している。
● 岸田総理大臣の令和4(2022)年1月17日施政方針演説でも、「海上保安庁と自衛隊の連携を含め、海上保安体制を強化するとともに、島嶼防衛力向上などを進め、南西諸島への備えを強化」とされている。
● 今ほど中国との関係で、実効的な領海警備が、重大で、深刻で、喫緊の課題となったことはない。もちろん、海洋環境の保護や海難救助などの点で中国と協力できる側面があることは否定できない、また中国とことを構えることも最大限回避しなければならない。しかしながら、現実を見据える必要がある。
【2.FOIP(国際支援)を通じた海洋の安全保障の実現】
● 一方で、東南アジア諸国と中国との密接な経済関係を尊重すれば、中国を刺激しないという考慮が必要となる。他方で、日本が東南アジア諸国の協力を獲得するためには、国際支援において中国に優位しなければならない。そのための方策としては、多国間枠組みを利用することに加えて、例えば、次の二つがある。
● 第一に、海洋基本計画もFOIPも、自由民主主義、人権保障、法の支配、そして海洋の自由などを理念としており、これらの普遍的価値を日本が東南アジアと共有していることこそが日本の国際支援の根本にあることを訴えることであり、第二に、FOIPに基づく日本の支援は、相互利益を実現するウィンウィンであることを、東南アジア諸国に強くアピールすべきことである。
【第4期海洋基本計画の展望】
● 昨今、頻繁に経済安全保障が論じられていることから考えれば、第4期海洋基本計画においても、経済安全保障が一つの重要な政策目標になることは十分に予測できる。
● 海上保安庁の国際支援は海上法執行能力の構築、人道支援災害救援などであり、同盟・友好国との連携の強化として、シーレーンの安定的利用の確保、国際的な海洋秩序の強化に必ず貢献するのであって、国際貿易・投資の促進、ビジネス環境の整備を促す。経済安全保障にも資することになる。
● 海上保安庁の国際支援は、経済安全保障の重みが増すであろう将来の第4期海洋基本計画を見据えて、基本計画の展望を開く大きな可能性と使命を担っている。
【質疑応答】
Q FOIPに如何に中国を取り込んでいくべきか。
A 支援される側と支援する側の両者 にとって利益を生ずるウィンウィのものとして実施していく。そうした日本のスタンスを常に明らかにし、東南アジア諸国の安心感を持たせる、かつ、国際社会の普遍的価値を喧伝することで、中国が反対できないように追い詰め、そして中国が何がしか歩調を合わせようとするのであれば、それはウェルカムにあるというスタンスをとることになるのではないか。
Q 北太平洋海上保安フォーラムにおける中国の海警法などに関する議論内容如何。
A あくまで海上保安の協力枠組みの場においては、今、各国が直面している実務的な問題に対してどのような協力、解決ができるかという点について議論を行っている。 この問題は、少し広げて東シナ海において中国の危機にどう対処するかという喫緊の課題となり、より直接的に言うと、実効的な領海警備の確保ということ。
Q 国際的に通用する法の支配の同志国を増やしていく上での取り組みとして、何が一番効果的か。
A 南シナ海の沿岸国ではなくても、日米豪欧の諸国が南シナ海に関心を持ち、利害関係を持つことを明らかにし、だからこそ平和的な意味での力を背景にし、力強く粘り強く、中国に対して法に従うことを訴え続けることである。
Q 太平洋やインド洋の島嶼国との間でFOIPを実施する上で、海上保安庁が果たす役割や中国との関係の留意点如何。
A 常にFOIPの足腰を支えているのは、個別具体的な国の実情に応じた支援をきめ細やかに実施している外務省や海上保安庁の尽力によるところが大きい。それに従って、インド洋諸国や太平洋島嶼国についても、いわばテーラーメイドで支援を行うことになるのではないか。太平洋島嶼国では、中国が影響力を伸長してきており、これに対抗するためにも、こうした方針による支援が肝要である。
海上保安庁はまさに現場において連携をしていく、個別の技術的な話について他国の実施機関の方々と方策支援策を考えていく。
Q ASEAN諸国との関係構築にあたり、民主主義や法の支配など普遍的価値を如何に共有していくべきか。また、日米協力によるASEAN諸国のキャパビルの可能性は。
A 日本の信ずる価値は、国際社会が普遍的に信じてきているもの。普遍的価値を否定する主張は考えにくい。むしろ、達成度や手段の相違があるのであって、それらは調整できるものとして、相手国と交渉する。
中国に対する外交政策、方針が国により異なっているのでケースバイケース。
Q 中国が南シナ海での広域な領海を主張している根拠はどこにあるのか。
A 中国は歴史的に認められた権利であると主張。古い海域図なども根拠にしているが、それらの証拠価値は疑問。南シナ海紛争に関する仲裁裁判では、UNCLOSの当事国となった以上、それに背反する歴史的権利を主張する法的な余地はないと判示している。
(以上)