「世界の工場」ASEANの発展とタイの港湾政策
~世界経済を支えるASEANにおける港湾の役割~

  • 運輸政策コロキウム
  • 海事・港湾

第147回運輸政策コロキウム バンコクレポート ~スタートアップシリーズその3~

Supported by 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION

日時 2021/12/24(金)10:00~12:00
開催回 第147回
テーマ・
プログラム
「世界の工場」ASEANの発展とタイの港湾政策~世界経済を支えるASEANにおける港湾の役割~
講師 講  師:坂井 啓一 アセアン・インド地域事務所(AIRO) 研究員
コメンテーター:松田 琢磨 拓殖大学 商学部 国際ビジネス学科 教授
<ディスカッション>
 コーディネーター:山内 弘隆 一般財団法人運輸総合研究所 所長

開催概要

製造業を中心に生産拠点がASEANに集積し、世界各地へ部品や製品がコンテナ船で供給されており、いまやASEANは「世界の工場」として国際的なサプライチェーンを支える役割を担っている。 こうしたASEANへの生産拠点のシフトや海上物流の変化を踏まえた港湾の役割について、貿易インフラとして世界の海上物流を支える機能と、安全保障も含めた海上物流を取り巻く昨今の環境変化の二つの面から分析するとともに、タイに焦点を当てて、国内産業を支える基盤インフラとしての港湾の役割について、事例を含めて紹介した。また、今後の港湾政策の方向性について分析・示唆を行った。

プログラム

開会挨拶
宿利 正史<br> 運輸総合研究所 会長

宿利 正史
 運輸総合研究所 会長


開会挨拶
講  師
坂井 啓一<br> アセアン・インド地域事務所(AIRO) 研究員

坂井 啓一
 アセアン・インド地域事務所(AIRO) 研究員

講演者略歴
講演資料

コメンテーター
松田 琢磨<br> 拓殖大学 商学部 国際ビジネス学科 教授

松田 琢磨
 拓殖大学 商学部 国際ビジネス学科 教授

講演者略歴
講演資料

ディスカッション

<コーディネーター>
山内 弘隆 運輸総合研究所 所長
閉会挨拶
奥田 哲也 <br> 運輸総合研究所 専務理事 <br> ワシントン国際問題研究所長<br> アセアン・インド地域事務所長

奥田 哲也 
 運輸総合研究所 専務理事 
 ワシントン国際問題研究所長
 アセアン・インド地域事務所長


閉会挨拶

当日の結果

アセアン・インド地域事務所の坂井啓一研究員より「「世界の工場」ASEANの発展とタイの港湾政策~世界経済を支えるASEANにおける港湾の役割~」というテーマで発表を行った。

【第1章 貿易面から見たASEANの「世界の工場」化とASEAN主要国の港湾】
・製造業を中心に、より安価な労働力を活用するため主要国の生産拠点が多極化してきていることに伴い、近年ではサプライチェーンが複雑化してきている。
・こうした動きを受けて、欧州、北米、東アジアに次ぐ貿易における第4極としての東南アジアの存在感が大きくなってきており、それを支えるコンテナ輸送についても過去10年間で50%以上の急速な伸びを示している。
・ASEANにおいては、各国の首都圏や工業団地・経済特区での生産・消費活動を支えるため、大水深の港湾が整備されてきており、諸外国の生産拠点の立地の加速と相まって、6か国の主要港湾において世界 50位以内のコンテナ取扱貨物量を誇る。

【第2章 安全保障面から見た海上物流を取り巻く環境変化】
・世界の海上輸送のリスクについてみると、チョークポイントの閉塞や昨今のCOVID-19に伴う貨物需要の急増、船員交代、港湾処理能力の低下等のリスクが近年浮き彫りとなった。
・COVID-19の影響による巣籠り需要の急増により、海上コンテナ運賃が急騰し、また、米国や中国の港湾混雑や船舶の運航スケジュールの遅延に伴い、更に運賃は高い水準にある。
・また、感染対策のための船員の上陸規制や船員交代に対するリスク、また、各国内の外出規制に伴う港湾サービスの低下に対するリスクも顕在化し、こうしたリスクに対処していく必要があると考える。

【第3章 産業面から見たタイの港湾政策とレムチャバン港の現状と課題】
・ 港湾は各国にとっては輸出入の出入口であり、多くの場合、国内の産業立地と合わせて計画・整備が進めている。タイにおいては、バンコク南東部の「東部経済回廊 (EEC) 開発」に基づき、コンテナ港湾であるレムチャバン港やバルク港湾であるマプタプット港の開発・整備が進められ、今後拡張が予定されている。
・タイ港湾公社(PAT)が管理するレムチャバン港では現在A~Dの4つのふ頭が供用されており、計画取扱容量は1100万TEUのところ、2020年度は764万TEUの取扱量がある。また、沖側のE、Fのふ頭については2021年より埋立事業が開始され、2025年の供用時には700万TEU取扱容量が増強され、全体として1800万TEUの取扱容量となる予定。
・レムチャバン港と首都バンコクとの間ではトレーラーによる貨物輸送の他、バンコク東部のラッカバンインランドデポ(ICD)との間での鉄道輸送や、バンコク港との間での中小型船舶によるフィーダー輸送が行われており、混雑の回避や定時性の確保等に貢献している。一方、貨物の集中する時間帯のレムチャバン港のゲートや、ICD周辺の道路においては、一部混雑がみられる部分もあり、解消に向けた取り組みが必要と思われる。
・レムチャバン港等の主要貿易港5港を運営するタイ港湾公社(PAT)では、港湾整備に加え、陸上輸送との結節性の向上や、ICTによる運営システムの効率性向上等を推進していくこととしており、レムチャバン港のDふ頭においては、荷役の遠隔操作化など自動化技術の導入が進められている。

【第4章 今後の港湾政策に関する考察】
・ 基幹航路の直航寄港をはじめ、国内の荷主の求める港湾サービスを中心に輸出入のパフォーマンス向上が重要であり、昨今の日本国内への半導体製造拠点の回帰や新産業への転換等の輸出のベースカーゴ増大に寄与する産業動向に合わせて、荷主の輸出環境を支える面を伸ばすことが重要。
・港湾を通過する際の輸送効率化のため、道路輸送の負担を下げるための国内輸送網を検討・強化が重要であり、日本においては、基幹航路の寄港地の集約化の動きを踏まえ、貨物を国際戦略港湾に集約するという形を基本としつつ、国際(内航)フィーダー・RORO船を経由して運ぶなどの、陸上側での輸送負荷や混雑の低減、輸送安定性の確保のための国内輸送網を検討・強化していくことも重要。
・港湾施設のICT活用と物流事業者間の情報連携の取組が重要であり、ウィズコロナ時代の港湾サービスの安定化のために、労働者の安全確保や高水準なサービスの維持・確保を前提に、港湾でのICTの活用を検討・推進する岐路にあるのではないか。特に民間事業者間の情報連携により、「待たせない」物流を実現することが重要。

【松田コメンテーターのコメント】
・コメンテーターである拓殖大学商学部国際ビジネス学科の松田琢磨教授から坂井研究員の説明を受けてCOVID-19以降の海上輸送で表面化した課題と、ASEAN各国間の港湾政策について補足説明が行われた。

【COVID-19以降の海上輸送で表面化した課題】
・COVID-19の海上輸送への影響として、港湾労働者の出勤抑制に伴う処理の遅れに加え、荷主によるコンテナの受取の遅れやトラックドライバー不足等の労働力不足が顕在化した。これらの問題と米中貿易摩擦の影響によるコンテナ生産の抑制も相まって、2020年の巣籠需要急増に伴い、コンテナ不足の状態が生じた。
・米国西岸の港湾で混雑が深刻化し、これがサプライチェーンを通じて連鎖し、米国のみならず欧州やシンガポールの港湾などでの混雑につながり、コンテナ回転不足が世界中に波及する一方、貨物需要は増加しているため需給バランスが取れずコンテナ運賃が高騰している。
・世界的な港湾混雑の解消には、コンテナ回転の向上が必要条件となるが、東南アジアではシンガポールでの積替が、かえって船舶のスペース不足や輸送遅延を招いており、インドネシアなどでは遅延の影響が大きいと言われている。
・最終的にはCOVID-19が終息しないと、コンテナへの影響は解消には至らず、2022年の春節以降もCOVID-19の影響に起因するサプライチェーンの混乱が続くという見方が一般的になってきている。

【ASEAN各国間の港湾政策】
・各国港湾の直航・トランシップ比率をもとに、「中継型ハブ港」「併存型ハブ港」「ゲートウェイ港」「中間港」「フィーダー港」の5つに分類すると、こうした違いが生じる要因としては、定期船接続指数の推移に違いが見られ、そうした接続性の格差が港湾の性質の違いを生じていると考えられる。
・フィリピンとインドネシアでは経済成長に比してコンテナ取扱量が増加していない。これら2か国では首都圏の港湾周辺の混雑が深刻化している一方、拡張整備が完了しておらず、そのことがコンテナ取扱量の伸びが見られない一因と考えられる。
・東南アジアのコンテナ輸送は、ハブ港の立地するシンガポールやマレーシアの港湾の動向に影響を受けるため、こうしたネットワークを前提に港湾開発を進めていくことが重要である。港湾と背後圏との輸送混雑の円滑化も重要である。
・ハブ港競争では、ICTの活用や物流施設、荷主労働者の質、ネットワークの充実の面の理由でシンガポールが寄港先として選ばれている。
・港湾開発や日本の港湾への示唆としては、ネットワークはもちろんICTの活用や、高水準のサービス、産業政策との連携による輸出貨物増加の取組が重要である。
・また、東南アジアの港湾政策を進める上では、政治的安定性という観点も重要である。

【パネル・ディスカッション】
○タイの輸出入貨物に関する周辺国港湾を利用した流れについて
・マレーシアについては、高速道路を経由してポートケランまで陸送し、欧州航路に接続するサービスがある。
・ベトナムについても、ホーチミン港まで陸送し、船舶に接続するサービスがある。一方、近年のコンテナ運賃の高騰や抜港等の影響回避のため、航空便の充実しているタイにベトナムから陸送し、タイから航空貨物で輸出するサービスも出てきている。 ・ミャンマーについても、ヤンゴン港などへ陸送し、船舶に接続するサービスあり。今後ダウェー港の供用により、タイから西向きの輸出貨物については越境輸送のニーズが増えると考えられる。
○タイにおける環境政策の概要と港湾・物流分野での取組の方向性について
・タイ政府として2030年までに国内での温室効果ガス排出量を2005年比20~25%削減を目標としており、運輸分野では、鉄道輸送や海上輸送へ輸送割合を増やしていくこととしている。
・具体的には、海上・水上輸送へのシフト促進のためのインフラ整備、省エネ荷役機械の導入、港湾周辺の緑化、航行速度の調整による燃費向上、太陽光発電や風力発電等の活用などの取組が進んでいる。

【質疑応答】
○ラッカバンICDの鉄道利用の促進のための取組について
・鉄道積替事業のサービス向上のために事業者の契約更新手続における審査の徹底や、鉄道の運行を担当しているタイ国鉄(SRT)との調整を進めていると聞いている。
○タイの港湾関係者は、楽観的・悲観的な見方のうちどの観点で政策を進めているのか
・政策関係者からは近隣国、特に外洋に近く、製造拠点の集積が近年進んできているベトナムの港湾政策を気にしているようである。
○日本の港湾政策、特に横浜港や東京港に関する港湾政策への示唆は何かあるか。
・ASEANの港湾を見ていると、やはり外洋側に大水深港湾を整備している傾向であり、横浜港の大水深岸壁に大型船を寄港させ輸出・輸入貨物を取り扱うことを軸に、京浜港全体のバランスを考えて運営していくことが重要と考えている。
○直航・フィーダー比率による港湾分類は興味深かったが、釜山港、高雄港、横浜港、東京港の位置付け、見通しはどうか。
・釜山港、高雄港は輸出入貨物と積替貨物とが半分程度ずつの割合であり、併存型ハブ港という分類で捉えている。一方、京浜港や阪神港はゲートウェイ港としての位置付けと考えている。
○ラッカバンICDの設置や運営に関する基本情報とLCL貨物のバンニング・デバンニングの実施について
・タイ国鉄(SRT)が設置者、港湾運送・船社等の民間事業者が運営者と認識している。また、ICD内ではバンニング・デバンニングも行われている。
○レムチャバン港の既存区画での再編計画はあるか。
・フェーズ1の一部区画で再編の計画が出ているが、詳細な計画についてはPATにおいて検討中である。
○中国が進めている東南アジアへのランドブリッジプロジェクトが完成した場合、どんなインパクトが考えられるか。
・東南アジアの各国の主要貿易相手先は中国であり、こうしたランドブリッジの形成により南シナ海側の海上輸送における天候その他のリスクを回避する形での輸送ルートが形成できるため、そうしたメリットを好意的に捉えている意見も関係者からは聞く。
・ランドブリッジにより港湾混雑を回避した輸送ルートの形成のメリットもある。
○港湾分野は国際動向の影響を強く受けるが、とりわけ地球環境対策の分野で東南アジアの港湾政策ではどのように考えられるか。
・東南アジアでいえば、先進的な取組を行っているのはやはりシンガポールであり、LNGバンカリングの話なども他の先進国と同様に進んでいるが、他の国々は新たな取組についてあまり話を聞かないのが実情であるため、引き続き情報収集に努めていきたい。
○コロナ禍の物流への影響はいつごろ終息すると考えられるか。
・コロナの終息の見通しが前提条件になるが、海上コンテナの話では2022年後半から2022年内までは影響が続くという意見が支配的である。
○タイの港湾の自動化の取組はどの程度の水準と評価されるか。
・現状では、ヤード内の荷役を中心に、場所を絞って自動化を進めている。今後自動化において最も難しいのは本船荷役の部分であると考えているが、技術開発・導入に合わせて自動化技術を導入する部分と作業員が引き続き作業する部分を考えていく必要がある。

                                                                          (以上)