コロナ禍におけるタイの観光の現状と我が国のインバウンド観光復活に向けた示唆
~コロナ鎖国を打ち破り、国を再び開くということ~

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第144回運輸政策コロキウム バンコクレポート
~スタートアップシリーズその1~(オンライン開催)

Supported by 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION

日時 2021/10/15(金)13:30~15:30
開催回 第144回
テーマ・
プログラム
コロナ禍におけるタイの観光の現状と我が国のインバウンド観光復活に向けた示唆
~コロナ鎖国を打ち破り、国を再び開くということ~
講師 講  師:澤田 孝秋 運輸総合研究所アセアン・インド地域事務所次長 主任研究員
コメンテーター:長谷川 保宏 帝京大学経済学部観光経営学科 教授
<ディスカッション>
コーディネーター:山内 弘隆 運輸総合研究所所長

開催概要

本コロキウムでは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によるタイの観光への影響とタイ政府の対応状況、COVID-19収束を見据えインバウンド観光復活に向けたタイの取組み等を、バンコクにあるアセアン・インド地域事務所の視点から紹介した。
その後、帝京大学経済学部観光経営学科の長谷川保宏教授をコメンテーターに迎え、 タイの観光業の重要性やCOVID-19からの回復に向けたヒントについて紹介するとともに、今後日本がインバウンド観光復活を目指す上での課題や方策について議論を行った。
今回は大学等研究機関、官公庁、旅行・航空関係事業者など265名の参加者があり、盛会なコロキウムとなった。

プログラム

開会挨拶
宿利 正史<br> 運輸総合研究所 会長

宿利 正史
 運輸総合研究所 会長

開会挨拶
講   師
澤田 孝秋 <br> 運輸総合研究所アセアン・インド地域事務所次長 主任研究員

澤田 孝秋 
 運輸総合研究所アセアン・インド地域事務所次長 主任研究員

講演者略歴
講演資料

コメンテーター
長谷川 保宏<br> 帝京大学経済学部観光経営学科 教授

長谷川 保宏
 帝京大学経済学部観光経営学科 教授

講演者略歴
講演資料

ディスカッション

<コーディネーター>
山内 弘隆 運輸総合研究所 所長

当日の結果

アセアン・インド地域事務所の澤田主任研究員兼次長より、「コロナ禍におけるタイの観光の現状と我が国のインバウンド観光復活に向けた示唆~コロナ鎖国を打ち破り、国を再び開くということ~」というテーマで発表があった。発表のポイントは次のとおり。

=タイにおいて観光が果たしている役割=
・タイは年間約4,000万人の外国人旅行者が訪問する東南アジアの一大観光立国であり、国・地域別では中国本土からの訪問者が約3割を占め最も多い。
・タイ国内の外国人訪問先としては、首都バンコクが圧倒的に多く、次いで南部のビーチリゾートであるプーケット県、東部の保養地パタヤがあるチョンブリ県の順となる。
・遠方からの海外旅行者ほど平均滞在日数が長く、経済効果としては大きなものがある。また観光関連収入がタイのGDPに占める割合は近年では20%近くとなっており、タイにおいては観光が主要産業としての地位を占めている。
・観光行政は、観光スポーツ省(MOTS)とタイ国政府観光庁(TAT)が担っている。特にTATの予算規模、国内外の事務所ネットワークは大きなものがあり、MOTSの外局であるTATがタイの観光振興の司令塔的機能を果たしている。

=COVID-19によるタイの観光への影響=
・タイにおけるCOVID-19の感染は、第1波から第3波まで3回の流行があり、2021年10月上旬時点の累計感染者数は約170万人、累計死亡者数は約1.7万人。
・タイにおけるワクチン接種は2021年2月末に開始され、2021年10月上旬時点で1回目接種完了者が約50%、2回目接種完了者が約30%。
・2020年第1四半期からタイ経済の落ち込みが見られるが、バンコクで最初のロックダウンが実施された2020年第2四半期以降、GDP成長率の大幅なマイナス、失業率の急上昇等経済への顕著な悪影響が出てきている。
・2020年第2四半期の外国人の入国の原則禁止措置、その後の入国者の隔離措置等の影響により、観光が壊滅的な打撃を受けており、GDPに占める観光の割合が大幅に縮小している。タイ政府は国内旅行振興策等により観光の下支えを図ってきているが、根本的な解決には至っていない。

=再開国に向けた提言=(タイでの取り組みを参考に)
①簡単な入国手続き
入国書類の簡素化、多言語化、代理申請等の方策を講じるべきであり、非感染証明に代え、ワクチンパスポートの導入も望まれる。
②隔離政策
被隔離者の選択と隔離施設間の競争が生じる仕組みの構築や、特色ある観光資源を活かした隔離施設の導入、ワクチン接種完了者に対する隔離期間の短縮が望まれる。(隔離なしが理想)。加えて隔離期間短縮(免除)を認める接種ワクチンの種類は、自国の承認に拘ることなくWHOの承認を基準とすべきである。
③旅行者への安心の付与
タイで導入されている全国一律で業界横断的な公衆衛生基準(SHA、SHA+)を参考に、統一認証制度の導入と、事業者の側に認証を取得するインセンティヴが働く仕組みを構築すべきである。
④インバウンド観光復活に向けた取り組み
・プーケットサンドボックスなどのように地域を限定してワクチン接種済の外国人旅行者を隔離期間なしで受入れる施策の導入と、段階的に受入地域を拡大していくことを工程表で示すことで、業界・旅行者・自国民へのメッセージを発信するべきである。
・タイ政府はバイオ・循環型・グリーン経済(BCG経済)を国家戦略モデルに据え、強化する4つの産業分野の1つとして観光を位置付ける方針や、持続可能な観光業に向けた改革への助成を目的に新たに外国人旅行者から観光税を徴収する方針を打ち出している。
澤田主任研究員は、タイは観光に自国のブランドイメージの確立、プレゼンスの確保、安全保障等、経済効果以外の価値も見出しているものと考えられ、日本が再開国を目指す上でもインバウンド観光に新たな価値を見出すことの必要性を示唆して講演を終了した。

その後、コメンテーターである帝京大学経済学部観光経営学科の長谷川保宏教授から、以下の説明と質問があった。

【説明】
・タイは2019年実績で外国人受け入れ数が4000万人弱とアジアでは中国に次いで2番目に多く、世界全体でも8番目となっている。
・タイの観光業がGDPに占める割合は約20%で、アジアの国の中では突出している。さらに国際観光収入では日本の4兆8000億円に対し、タイは6兆5000億円と世界4番目の実績であり、タイにおける観光業の重要性が窺える。
・COVID-19の打撃の大きさについては、自身がこれまで経験した過去のテロ(バリ島同時爆弾テロ)、災害(東日本大震災)、疫病(香港SARS)からの回復と比べても、明らかに影響が甚大である。
・2019年にタイを訪問した日本人は約180万人、一方でタイからの訪日者数は約132万人となっており、双方の人数の均衡が比較的取れており、Two-Wayツーリズムの観点からも望ましい関係にある。
・山梨県富士吉田市にある新倉山浅間公園、富士浅間神社は、五重塔、富士山、桜が1枚の写真に納まる名所としてタイからの旅行者がSNSで拡散したことでブームとなり、今やタイはじめ国内外で人気スポットとなっている。日本の観光復興に向け、まだまだこういった埋もれている宝を掘り起こし、SNSなどで安全、安心の取り組みと合わせて発信していくことが重要である。

【質問】
①タイのCOVID-19感染者は高いレベルにとどまっており、出口が見えない状況であるが、タイ政府はこの先どうしていくのか?
②サンドボックス・プロジェクトは長期滞在者を念頭に置いた政策であり、人的ボリュームゾーンである滞在期間が短いアジアンマーケットを意識した施策を別途講じる必要があるのではないか?
③タイはメディカルツーリズムに力を入れているが、COVID-19で外国人旅行者が来ない中で、どうしているのか?そもそもCOVID-19で病床が逼迫している中で、外国人旅行者を受け入れる余地があるのか?
この質問に対し、澤田主任研究員は以下のとおり回答した。
①タイ政府は当面、経済回復のための外国人旅行者を隔離期間なしで受入れる地域の拡大と、感染抑制のためのワクチン接種率の向上の両面の政策をとっていくものと考える。
②サンドボックス・プロジェクトは14泊又は7泊以内の滞在も自国に戻ることを条件に認めてきており、必ずしも長期滞在者のみを念頭に置いた施策とは言い切れない。むしろ、自国に戻った場合の隔離期間の長さが、短期滞在者にサンドボックスの利用を躊躇させる原因となっているのではないかと推測される。
③・ある病院関係者にインタビューしたところ、COVID-19の影響で海外からの患者が激減したため、タイ国内の富裕層及びタイに既に滞在している外国人をターゲットとした取組を強化しているとのことであった。
・タイでメディカルツーリズムを担っているのは、外国人対応を中心に行う株式会社の私立病院であり、現地住民の診察を中心に行う公立病院と比較して、そこまで病床が逼迫しているという声は聞こえてきていない。

【パネルディスカッション】
運輸総合研究所山内所長をコーディネーターとして、タイの取組みで日本の参考になる点や課題点について議論した。主なやり取りは以下のとおり。
<サンドボックスのような取り組みを日本で行う場合の問題点について>
タイの特徴的な取組みであり、仮に日本で実施するとしたら沖縄や北海道が候補になると思われる。他方、特定の地域を特別扱いする取組みであり、国民性の違いもあり、平等を重んじる日本においては難しい面があると思われる。観光の復興のために日本が隔離期間の取扱いをどうするのか注視しているが、他国との競争において、本当にこのまま手をこまねいていていいのかとの率直な思いがある。
<今後の政策としてバイオ・循環型・グリーン経済(BCG経済)の中に観光も位置付けるとのことだが、日本への示唆の観点でもう少し詳しく説明頂きたい>
タイ政府は国をあげて今後10年先、20年先を見据え、観光に限らず自国のどの分野を強化するべきかを真剣に考えている。観光に関しては、COVID-19が観光のスタイルを変えていく可能性があり、これからは少人数で自然を満喫する観光となるのではないかという観点で、特に「グリーン」や「循環型」といったキーワードで環境を前面に打ち出す議論がされているが、具体的に何をやるのかまではまだ見えていない。
観光税については、日本も国際観光旅客税や宿泊税など導入当初は反対する声もあったが、いつの間にか浸透し今では欠かせないものになっており、タイの観光税導入も必要性が理解できるものと思われる。
<タイにおける日本企業などの外国企業の活動状況にどのような変化が見られるか?>
日本企業、外国企業を問わず、COVID-19の影響でタイへの外国人旅行者が激減した結果として、特に旅行会社、ホテル、病院、百貨店といった企業でタイ人のマーケットを重視する流れが出てきている。またリモートワーク向けのビジネスや、衛生関連の新しいビジネスが出てきており、時勢に柔軟に対応するタイのマーケットの逞しさを感じている。
<経済の回復と感染抑制の両立に向け、タイの観光政策で参考になる点は?>
大きくは3つ。隔離政策における隔離施設間での競争が生じる仕組みの導入。全国一律の公衆衛生基準の設定。ワクチン接種完了者に対する隔離期間免除(地域限定、段階的な導入)。

【全体講評】
タイという国が色々な工夫をして観光立国のポジションを守ろうとしている現状がよく理解でき、またタイ政府の政策立案能力の高さを窺い知ることができた。日本にとっても多くの示唆を得ることができた。
                                                                                以上